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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

虫網閃 

掲載日:2020/12/05

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おっしゃー、つぶらやゲットー!

 

 ――何をしているかって? 新品の虫取り網の捕まえ具合を確かめていたのさ。

 

 お前みたいな本の虫、文章の虫は、こうして捕まえてくれるわ。ガハハハ! とまあ、少しは息を抜いたらどうだって話よ。

 根を詰めたところで、その根っこが腐っちまったら回復に時間もかかる。お前にとっちゃ、その回復の時間こそ、惜しいものなんだろ? ちっとくらい分割したって、バチは当たらねえと思うがねえ。


 ――ん? そうやって止まったら、やり続けたときにたどり着けたかもしれない境地に、たどり着けなくなるんじゃないか?


 それだよ、それ。俺が心配してんのは。人生スコアアタックかっての。

 点の高さばかり求めて、それっきりじゃもったいないだろ? 他のことに手を出したからこそ、見つけられること、触ることのできるものだって捨てたもんじゃ……いや、それも無粋な説教か。

 セーブポイントのない人生に、たらればの話を持ち込んでも、むなしいしな。

 つぶらやもつぶらやで、やりたいことがあるなら、それでいいのかね。ただお前をおもんぱかる声もあるってこと、頭の片隅に入れといてくれや。

 

 ――ん? 一休みするから、なにか面白いネタはないのかって?

 

 それ一休みになんのか……ま、手を止めてくれるだけでもマシかねえ。

 んじゃまあ、この虫取り網に関する、俺の昔話でもすっか。正直、気味悪い話なんだが。



 俺が子供のころ、虫取りが流行っていてな。理科の授業だかでちょうちょを捕まえたことがきっかけで、ごく短い間だが網を持つクラスメートの姿が、ちらほら見られるようになった。男だけじゃなく、女もな。

 たまたまうちのクラスに、虫が苦手な奴があまりいなかったのも大きいだろう。学校内の花壇や畑で見られる虫たち相手に、網が振るわれた。それが学外の虫たちを対象とし始めるのに、さほど時間はかからなかったよ。

 あのさっきの、虫取り網でお前を捕まえたのも、その遊びの延長にあるおふざけだ。虫を捕まえるなら、捕まえられる側の気持ちもしっておくべき。それなら、どうやって網をかぶせるべきか、どうやったら気づかれないかとか、研究しとけって具合にな。


 で、俺たちの中でとにかく熱心だった女子がひとり。

 休みの日はもちろん、放課後も学区のそこらで姿を見かけたからな。虫取り網を片手に。

 当時の女子の趣味からしたら、珍しいものだったし、それなりに気にはしていたさ。もっとも手伝ったりとかは考えなかった。おせっかい焼かれるの、当時から嫌いな奴だったからな、俺は。相手に対しても同じで、頼まれない限りは手を出さないさ。

 ただな、たまたま近くの公園で彼女が虫を取っているのを見ていたとき、それに気づいたんだ。



 普通さ、網を振るうときって、虫が木とか花とかに止まって、羽を休めているときだろ? それが彼女は、飛び回っている虫たちにも、網を振るっていた。

 わざと声を出したり、石を虫の近くへ放り投げたりして脅してさ。あえて飛び立たせて、その一瞬をとらえようとしていたんだ。

 何をバカなことを……って、最初はあきれ顔で眺めていたんだが、3匹目の標的あたりから少しずつ気づいたんだ。


 まず、彼女が振るう網の音が、いやに重い。多少、竿が長く思えるが、それだけでこんなブオン、ブオンと空気を切ることができるだろうか。

 次に彼女の網だ。全体的に灰色がかっている。そのような色の網もないわけじゃないが、他のみんなが使うのが白ってだけに、目立った。しかも、網のどん詰まりに当たる先っちょは、やけに緑や茶色が集中している。

 そして最後。彼女が3匹目の獲物を逃がし、4匹目にうつったときだ。ターゲットは、公園中央の大樹の幹にとまったセミだ。また彼女は手近な地面の砂を手ですくうと、ばっとセミめがけて投げつけたのさ。

 当然、セミは逃げた。彼女から向かって2時の方向だったが、今回はそこに構えた、彼女の網が待ち受けている。存分にタメを作り、力強く網の中へセミは飛び込んでいったのさ。


 ――そう、確かに飛び込んで見えたのさ。

 だが、セミの姿は網の中へとどまらなかった。振りぬいた彼女の網に、もがくべきセミの姿はない。代わりに「メリメリ」と強い力で何かが引きちぎれる音が聞こえたんだ。


「……あと、ひとつ」


 そうつぶやいて、彼女が空っぽの網を顔の近くへ寄せたとき、俺はおぞけが走ったよ。キスするかと思うくらい、口元へ近づいた網の先端。あの緑と茶に染まった部分には、真新しい黒々とした液体がこびりついていたんだからな。ぬらぬらと光るその網の真下には、同じ色の小さい水たまりが、二つ、三つ……。


 そっと顔を上げた彼女と、目線があった。

 口の端を持ち上げて立ち上がると、一瞬ふらつくような足取りでこちらをむくや、一目散に走ってきたのさ。網をかかげて。

 逃げようと思ったけど、背中を向けようとは思えなかった。学校で見た時よりもずっと、彼女の走りは速かったからだ。ひと目で、鈍足の俺じゃ逃げきれないと分かるくらいに。

 これがクラスでいつもやる、網の掛け合いだったらまだよかった。でもよ、笑顔をいっさい崩さないまま迫ってくる奴、しかもさっきの様子を見て、網を素直に受けられるか?


 かわせたのは、ほぼ奇跡だった。

 半ば転げるようにして地面へ伏せた俺と、彼女の網が俺のすぐ背後にあった鉄棒の支柱を網の中へおさめるのは、ほぼ同時のことだったんだ。

 俺は今でも、あの光景を忘れられない。支柱は彼女の網のどん詰まりに当たった先から、どんどん消えていった。その網に触れた部分に、支柱が成す灰色をわずかににじませながら、彼女の網がとまった柱の半ばまで、消されてしまった。


「――これで、十分」


 また彼女は、網へ顔を寄せる。猫がするように、チロチロと何度か変色した網をなめるその眼は、もう俺の方を向かなかったよ。そして俺に声をかけるどころか、まるで存在すらしていないかのように、彼女は網をなめながら公園を後にしたのさ。



 次の日からはもう、彼女に近寄ることさえしなかった。

 向こうから話しかけてきたときに、最低限のやりとりはしたものの、いつ探りを入れられるんじゃないかと、怖くて仕方なかった。不意打ちで網をかぶせられるんじゃないか、とも。

 でも、あの日以来彼女が虫を取ることも、網を手にすることもなくなってさ。やぶへびをつつきたくなくって、いまでもあのときの彼女の目的はわからずじまいなのさ。


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