もう限界だ
「私たちのチームのリーダーはベテランだったから、そんなことは無かったよ。ただ何度も助け合って、庇い合って、自然にお互いが魅かれて結ばれたの。あの時の幸せな気持ち、ふふ、教えてあげたい。今までの敬一君との関係なんて、結局幼馴染の延長線でしかなかったんだって。剛様に求められた時、初めてを捧げた時、私は生きている本当の喜びを知ったんだよ」
聞きたくなかった。知らなければよかった。
ひたちさんが言っていた言葉を思い出し、心に刺さる。
『確かに無事で、大切にされておられます』
『たとえ言っても、決して信じないでしょう。それどころか、話す事で今の関係が崩れてしまう気がするのです』
ああ、確かにそうだよ。あそこでこんな事を説明されたって、絶対に信じないし受け入れないよ!
むしろひたちさんを敵視して、袂を別っていただろうよ!
「その日以来ね、毎晩何度も何度も愛し合っているの。理由は分かる?」
「わ、分からないな」
「それはね、互いに忘れないためだよ。現実世界に帰ってしまったら、私達の記憶は失われてしまうでしょう? また敬一くんとの退屈な日々に逆戻り。いつか初めてを捧げて、偽りの幸せの中で生きる事になる」
……酷い言われようだな。
「だから毎日毎朝毎晩愛し合うの。この体に互いの匂いと形を染み込ませるの。お互いの記憶が忘れても、体はきっと忘れない。向こうに戻っても必ず私たちはまた出会う。そして結ばれるの。だからさ、敬一くんはもう、帰ってくれないかな」
帰る……か。龍平とは違う。奈々はまだ、騙されたままだ。
「気が付かないかな? もう剛様が扉の外にいるの。他の人たちもね。でも待ってくれているんだ。最後の挨拶をさせてくれようって。でも剛様の嫉妬はもう限界。ああ、今日はきっとすごく激しいわ。きっと今までにないくらい。もう楽しみで仕方が無いの。それじゃあね、さようなら」
それは一瞬の光。遅れて響く爆音。そして毎度のアナウンス。
《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》
俺が理解したのは、無数の雷撃が俺を飲み込むように打ち据えたという事くらいだ。
今まで立っていた床は黒焦げだ。威力の程が伺える。
というよりも、俺だって奈々のスキルの強さは知っている。そう説明されていたからな。
だから当然対策はしていた。ちゃんと外していたんだ。
それにも関わらず全身が痛い。内側の肉や骨の一部が焼けている。痛みを外しても外しきれない。もう激痛で叫びながら転げまわりそうだ。
これはスキルが発動していなかったら確実に死んでいたな。本気も本気。ここまでの話が何かの冗談であったらという希望も一瞬で打ち砕かれたよ。
だけど、驚いたのは奈々も同じだったようだ。
「何をしたの?」
「さてね、立っていただけだよ。それよりももう一度言う。いや、何度だって言う。俺と来てくれ。全部きちんと説明する。だから!」
「うるさい!」
再び襲う雷撃。見て間に合うものじゃない。スキルは全開。体を吹き飛ばされたって死にはしない。なのに――、
《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》
これは話にならない。スキルの力の差か?
確かにきちんとアイテムを使って修練すれば強力なのかもしれないが、今の段階ではほんのちょっと違う位相に俺を移しているだけだ。
場合によってはテレポートのように位置も動いたりもするが、それは副産物のようなものに過ぎない。
だが奈々のスキルは、そんなものを突き破って攻撃してくる。
下手をすると時空さえ越えてきかねないぞ、こいつは。天罰とはよくいったものだ。
「これ以上、奈々様の御心を踏み荒らすな! このスキルなしのクズめが!」
そう言って飛び込んできた男には、俺は見覚えがあった。
初めてこの世界に来た時にいた男。確か野球部の人間で、プロ級と言われていたやつだ。
最初にスキルを得た事も、奈々の苦手なタイプだった事も昨日の事の様に覚えている。
多分、歳を取らないのと関係しているんだろうな。あの日の事は、ついさっきのような感覚だ。
そうか……よりによってこいつか。
そいつの左手の薬指には、奈々と同じ指輪がシャンデリアの光を反射してこれ見よがしに輝いていた。
意識の中に、急激に殺意が芽生えていくのを感じる。
それは瞬く間に醜悪な花へと成長し、俺の心も奴の命も、全てを飲み込むかに思えた。
だが――、
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