長い旅路の終わり
「じゃあ、いよいよ最後の支度だ」
「手はずは全て整えてあります。それにしても……」
「尊重するとか言いながら、しっかりと時計は残しておくんですね」
「針は一本貰っていくがな。これが無いと、次に誰が呼び出されるか分かったものじゃない」
「その点をずっと心配していたんですが、そこまで考えていらしたのですね」
「龍平さんも、薄々感づいていたようでした。でもちゃんと帰る事を決めていてくれて安心しました」
「そうだな……」
全ての責任を取って、俺はここに残る。
そう考えていた事は嘘じゃない。実際に、死者を日本へ帰すことが出来なければ、俺は俺なりのけじめとしてこちらの世界で死ぬ予定だった。
たとえ日本に帰れば全てを忘れるとしても、今までの俺はそんな俺を許せなかったのだから。
だけど二人のおかげで状況はまるで変った。
少なくとも俺の召喚は無かった事になり、先代の俺や宮、それにジオーオ・ソバデによって召喚された多くの人間を帰還させることが出来た。
それでも食われてしまった人間はかなりいるだろうが、さすがにそれは悔やむ事しか出来ない。
あの世というものがあるのなら、仇を討ったという事を報告して慰みにしてもらうさ。
「時計は秘匿だったからな。他国は知らん。まあこの位の保険は残しておいても良いだろう」
この国の人たちの意見を尊重すると言っても、やはり完全に切り捨てていくのは目覚めが悪い。
とは言っても、今度は友好的に召喚されるとも限らない。世の中は、時と共に変わっていくものなのだから。
だけど、それでもこの世界を完全に捨てる事はやっぱり俺には出来ない。
かつての大昔、初めてこの世界に召喚された召喚者は3回も往復して色々とやらかしたそうだ。
最初は酷い話だと思ったが、それだけ呼び出されてもしっかりと働いていたんだ。
やっぱりこの絆を完全に切る事なんて出来ないよな。
「じゃあ帰るか。時計は代々の大神官が保管するが、使われないのが一番だ。やがて歴史の遺物となって機能を失った時、本当の意味でこの世界は安泰になっているだろう」
「塔は私たちが消えた事を確認したら、全て爆破する事になっています」
「大々的な儀式となるようですね」
「まあ好きにさせるさ。どうせそんな事も全部忘れる。さあ帰ろう。今まで通りの日常へ」
最後は一人ずつではなく、二人を抱きしめて三人で一緒に帰る。実際そうしないと納得してくれないからな。
「あ、あの……」
「どうした、フランソワ。忘れものか?」
「いえ、そのですね。今まで一つ黙っていた事があるんです」
フランソワが俺に隠し事とは珍しいな。しかも今このタイミング。召喚絡みか?
「実は黒瀬川さんから絶対の命令がありまして」
「この塔、記憶が残るんです」
「……ちょっと待て」
帰るのタンマ。
「いつからだ? というか、殺された人間は戻ったら大事になるぞ。数千万人が他の世界に召喚されて怪物に殺されたなんて言い出したら、さすがに大騒ぎだ。証拠も何も見つからないにしても、“本当にある”となったら人類は本気で行く方法を研究しかねん」
「その点は大丈夫です。死者は記憶を保持しません。だから蘇生させずに帰した人たちは全部忘れています」
その点はセーフだな。
「ですが、生きて帰った方々は全員覚えています」
そっちはパーフェクトにアウトだ。
黒瀬川め!
最後の最後まで残った時は殊勝な奴だと思っていたが、ちゃんと塔が指定したものかを見張っていやがったな!
「悪いが、俺はこの世界に骨をうずめる事にした」
「ダメです」
「絶対に離しません。敬一様が残られるのでしたら、私も絶対に帰りません。例え塔を壊してでも残ります!」
ぐ……確かに可能だ。
自分だけが帰ると気が付いた時点で、射出された武器が塔を粉々に砕くだろう。
そしてスキルだけで帰そうとしても受け入れない。
「しかしだな……」
また召喚して始末してから記憶の残らない塔で送還――なんてしたら、一悶着どころじゃない。大騒ぎになるだろう。
出戻り組は直ぐに目覚めるからな。というかさ、始末しようにも戦闘になったら確実に俺が負けるんですけど。
大体……ダメだ。もし本人にその気が無ければ、黒瀬川の命令を無視してでも記憶の残らない塔を使ったはずだ。
本気で誤魔化せば黒瀬川に塔の見分けは付かないし、向こうに帰れば命令した事すら覚えちゃいない。
それなのにやったという事は、これは命令にかこつけた二人の意思だ。
「なあ、本当に帰らなきゃダメ」
「当然です」
「向こうには法律と言うものがあってだな」
「そんな事はみんな知っています。でも、忘れたくなかったんです。この世界の事も、みんなとの思い出も」
「大丈夫です。世界中の人間が知っているわけじゃないんです。それに生きて帰ったのは、みんな信用できる人たちです。もし仮に何人かが話したとしても、それは都市伝説に留まる程度でしょう」
まあそうなんだけどね。実際話してしまうとしても数人。それも関係がある人間同士だ。
ただの妄想……それで片が付くだろう。異世界へ渡る研究なんて、まともにやる事はあり得ない。
いや重要なのはそんな事じゃないんだ。
「浮気とか犯罪なんですけど」
「向こうでは奈々さん一筋なんでしょ? なら問題は無いないのでは?」
「まあそうなんだけど」
「一筋とか、私が曲げて見せますけどね。大丈夫です。4号でも5号でも、私は平気です」
さらりと怖い事を結わないで欲しい。というか、今間に誰を入れた。
いやそんな事よりマジで先輩どうするんだ?
龍平がどうなるか考えただけでも怖い。
それに必ず夢路が狙って来る。
黒瀬川も面白がって見に来るだろう。
「帰りたくない……」
「恋人と別れるんですか? それなら私と――」
「いや、そうはいかない」
結局は、この塔を使って帰さなければいけない事も、俺も一緒に帰らなければいけない事も決定事項だ。
そもそも現状でフランソワを魂にして無理やり帰すのは、今の俺の技量では絶対に不可能。
一ツ橋を見ると、素知らぬ顔をしている。完全にフランソワ側の人間だ。くそー。
全員を故郷へ帰す。特に彼女は必ず親元に帰してあげたい。
というか、今までの恩義を考えたら絶対に帰さなきゃいけない。
「分かった。全員で帰ろう」
そうだ、帰ってから考えよう。
皆で話し合えば、きっといい解決方法が見つかるさ。
「それじゃあ、さようなら、ラーセット。ここでの事は忘れないよというか、忘れられなくなってしまった様だ。もう戻って来る事は無いと思うけど、この世界のみんな、達者でな」
こうして、俺たちは日本へと戻る。
多くの出来事があった。日本では絶対に体験できない事も体験したくない事も、体験しちゃいけない事もあった。
果たしてこの記憶に向こうの脳が耐えられるのかが気になるが、フランソワと一ツ橋がやったんだ。問題は解消されているんだろうな。
ふう、それにしても全てが懐かしいな。
――懐かしい? そうか……もう、心は本当に帰路にいるんだ。
やがてこのまま日本に……。
• ★ ★
ピーコピコピコピコピコピー。
ピーコピコピコピコピコピー。
……携帯が鳴っている。この呼び出し音は龍平か。
ピンポーン。
ピンピーン。
呼び鈴も鳴っている。みんな早起きだなチクショウ。
今日は親父も残業で帰っていない。
ふう……。
ピンポンピンポンピポピポピポピポ!
これ以上待たせるわけにもいかないな。
さて、改めて話したい事や話すべきことは沢山ある。
沢山の問題に決着も付けなくてはいけないだろう。
でもまあ、先ずはドアを開ける前に、死なない為の言い訳を考えよう。
「ちょっと待ってくれー。今出るよー」
~ 完 ~
あとがきでございます。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
いきなりここに来た方は、是非1話からお読みくださいませ。
かなりハードな物語でありましたが、最初のプロットはもっと緩い物でした。
因みに最初に決めたタイトルは「ハズレスキルだったので追放されましたが実はチートスキルだったので奴隷ハーレム作りながら復讐してのんびりスローライフを送りたいのですが周りがそれを許してくれません」です。
全く想像もつかないであろうタイトルですね。
因みに小説を書いている時のフォルダのタイトルは最後までこのままでした。
内容も追放されるところまでは同じ。でもハズレスキルはチート無敵でさっさと最強になって小さな町へ行き、チートで暴れる間に奴隷を買ったり悪人の奴隷を開放したりしながらハーレムを増やし、小さな村へ移動してムフフな生活を送るのだけど、追放した国がピンチになって救援を求めて来たり、それを元恋人(奈々はマジモノのNTR予定)、先輩(龍平の女になっているけど秘かに主人公を想っている)なんかが邪魔をしてくるのを無敵にはねのけてざまあするお話でした。
一度プロットもラストまで書きましたが、結構ぶつぶつと途中で切れる作品で、いつでも終わらせられるって所は魅力でしたね。
ただ個人的に面白いかなという所がやはりひっかかるところで、個人的にはアレだと思ったので再構築。
当初は無かった時間の概念を入れ、普通の巻き戻しは今さら感があったので色々な理論を組み合わせて再構築。
出来あがってみたら、最初の物語とは根本的に違うものが出来上がっていました。
でも物語の完成度としては、最初のよりも良いなという事で今の物語で強行。
ラストシーンから物語を組んでいくのは私の毎度のスタイルですが、その関係で伏線もかなり張れたと思います。
お気に召して頂ければこれ以上ない程の喜びです。
因みに余談ですが、よく完結ボーナスがあると聞きますが、この作品はありません。
というか、あった事自体が無いのですけど。
それはともかく、実は第1部のバッドエンドの時点で、ちょっとした冗談で完結にしました。
まあすぐに再開したのですが、うん、完全に失敗でしたね。
あそこで切った人が結構いたのではないでしょうか。
そことNTR部分でぐええな評価をたくさん頂いた感じです。
ですがこうして、最後はめでたく完結いたしました。
腹を切りそうなエンディングですが、ちゃーんとハッピーエンドです。
奈々は何だかんだで甘い子なのです。納得いかなければ躊躇なく腹を斬らせて自分で介錯も出来る子ですが、優しい娘なのです。
でもその内容に関しては、冗長すぎるので秘匿とさせていただきます。
様々な人間ドラマはあるのですが、まったく話の流れが変わる第4部スタートになってしまいますので。
そんな訳で、その後の物語は皆様の想像にお任せします。
改めて書きますが、ハッピーエンドですよ。
本当ですよ?
敬一もまた、沢山の子供や孫に囲まれての大往生です。
かつてケーシュやロフレに願い、そして彼女たちもまたクロノスにそんな生活を過ごしてもらいたかったという夢は果たされました。
子供って誰の? 誰たちの? それは秘密です。
それでは、最後までお読みいただき誠にありがとうございました。
よろしければ次回作も楽しみにして頂ければ幸いです。
追記
次回作は「復讐のために大都会静岡へと旅立ったのだが、確かにそこには俺が想像すらしていなかった世界が広がっていたよ」です。
https://ncode.syosetu.com/n5706ii/
ジャンルは全く違いますが、よろしければ是非覗いて見てくださいませ(*´▽`*)






