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別れの邂逅

 ブラッディ・オブ・ザ・ダークネスがジオーオ・ソバデの真意に気が付いたのは19日も前の事だった。


「クク……有り得ない事をやる。さすがは我が仇敵だと言っておこう」


「居場所が分かるのですか?」


「先ほど探知は出来なかったと見受けられましたが」


「奴の真意はただ一つ。ラーセットの破壊である。奴は互いの強みも弱みも熟知しているのだからな。だがそれはこちらも承知している。故に、今まではやれなかった。しかしそれも終わりとなる。ここまでの行動は全てその為の布石。そうであるな……あと数日――いや、数刻の内に大変動が起きるであろう。地下の分身は既に気付いているだろうな」


「確認いたします」


「はい、やはりもう数刻の内に」


「ある程度はセーフゾーンに潜り込みましたが」


「相当数は巻き込まれると予想されます」


「全く、たいしたものよ」


 セーフゾーンの主はもちろん、迷宮の怪物(モンスター)たちも大変動の発生は敏感に探知する。

 道具を使わらないと分からないのは異物くらいなものだ。


 放浪の主や怪物(モンスター)は巻き込まれても気にしない。一瞬だけ消えるが、再び蘇る。ある意味永遠の命を持つ存在。それが迷宮に住む者たちだ。

 しかし双子たちは違う。

 これは大元の主が世界中の様子を知るために迷宮に放った探知装置。

 当然魂などは無く、大変動に巻き込まれたら単純に消えてしまう存在でしかない。

 だから大変動は極力避ける。分裂できると言っても、一方面が全滅したらまたそこまで派遣しなければいけないからだ。

 そんな理由から、基本的に大変動に巻き込まれる事は無い。それが相当に巻き込まれるという事は、不自然に引き起こされた意図的なもの。

 そしてそれを考えるのも、実行できるのも、今はただ1体しかいない。


「しかし大変動を起こしてどうするのでしょう」


「これでもう、他のセーフゾーンの主たちも黙ってはおられません」


「だからこそよ。奴はラーセットを破壊し、そのまま地上へと移動する。大昔に滅ぼした都市には、再建出来ていない場所が多数あると聞く。大方、その内の一つだろう。もっとも、若き我が巻き込まれるような愚か者であれば、奴が行く場所は分かっているがな」


「確かに地上であれば手は出せません」


「普通の主であればですが」


「ですが中には外に出ることをいとわない者も居れば」


「わたくしたちの様な分身体を派遣できる者も居ます」


「で、あろうな。奴自身が幾ら強くとも、所詮はこの広い世界から見ればちっぽけな存在よ。眷族の多くを失えば、もはや先はないであろう」


「では」


「だがそれは奴も知っておろう。今頃若き我の奴は、距離を外して逃げるたびに、そこで自分を守っていた眷族を捨てて逃亡していると思っているのであろう」


「そうではないのですか?」


「まるで違うな……ククク。さて、我らも行こう。此度(こたび)は我だけでは荷が重い。手伝ってくれるか?」


「最初から我らも行くと決まっておりましょうに」


「お人が悪い」


「そうだな。では行こう。ラーセットまでは7日と言った所か」


 この周囲には、まだまだラーセットを襲うために続々と同類が群れを成して移動中。

 その群れに絶える兆しは欠片も無い。大変動を起こす程に感染させまくったのだ。当然ともいえる。

 当然、ダークネスらを見かければ襲い掛かるが、眷族がいないのでは足止めにもならない。

 一騎と二人は、まるで無人の野を進むがごとく、ラーセットへと向う。

 その途中、ブラッディ・オブ・ザ・ダークネスは心の中で会話していた。





樋室(ひむろ)先生、聞こえますか?』


「そりゃ魂レベルで繋がっているのだし聞こえるけど、改まってどうしたの?」


『あと7日ほどでラーセットに到着します。おそらく奴との最後の戦いとなるでしょう』


「それはきついわね。でもまあ、良いわ。その為に、ここまで頑張って来たのだものね」


『その件なのですが、戦闘が始まったら伝えます。そうしたら、俺の維持を解除してください』


「……正気なの? 今あなたがブラッディ・オブ・ザ・ダークネスとしていられるのは、私が引き留めているからよ。それを解除したら――」


『すみません。ですが、他人が使ったスキルの負担を肩代わりする辛さは知っているつもりです。そして、これから相手をする奴はスキル無しでどうにか出来る相手ではないんです』


「私では肩代わりできないと?」


『すみません……』


 樋室(ひむろ)は一つ溜息をつくと――、


「分かっているのね……もうその記憶も無いと思っていたわ」


『この辺りはまだちゃんと覚えています。ですが、どちらにしても時間はあまり残されていません』


「それも私の力不足ね」


『とっくに消え去った俺を、こうして現世に呼び戻して留めてくれた。力不足なんてとんでもないですよ。この感謝の気持ちは、最後まで忘れません』


「……もう、お別れなのね」


『まだ早いですが、今までありがとうございました』


「貴方と過ごした日々、楽しかったわ。初めて殻に封じた時は、本気で後悔したけど」


『あの時はスキルの負担が全部先生に行くとは思っていませんでしたから。でも、こちらも今まで楽しかったです。若い俺が、蘇生も帰る力も身に付けました。もう思い残す事はありません。それでは』


「ええ、その時が来たら言ってね。武運を祈るわ」


 返事が無い事を確認すると、ゆっくりと樋室紗耶華(ひむろさやか)はベッドから起き上がった。

 まだまだけだるさもあり、体も思うようには動かない。

 それでも、やる事がまだあるのだ。





 △     ★     △





 そして敬一(けいいち)たちがまだ追いかけっこをしている時、騎上のダークネスと追随する双子は、壁を登る同類を踏み潰しながら垂直に壁を駆けあがっていた。

 そして登りきると――、


「ふむ、玉子(たまこ)か。他の者はそれぞれの持ち場と言った所であるな」


 そこは丁度、フランソワの持ち場だった。


「クロノス様……」


 氷の強風の中、フランソワの体が震える。

 決して寒いわけではないのは今更だろう。


「なんだ、もう知っているのか。ある意味当然かもしれないが俺の野郎……まあ良いさ。現状はどうなっている?」


「全員それぞれの持ち場で戦闘中です。甚内(じんない)だけは手薄な所を回って殲滅していますが、不自然なほど眷属がいません。何かご存知ですか?」


「眷属は殆どいないと思って良い。それよりも地下から来るぞ、奴がな」


「では」


「いや、玉子(たまこ)はここに残れ。見たところ、現地兵もいないようだしな。一人で守ってくれていたんだろ?」


「ロンダピアザの外壁は、召喚者だけで守るには広すぎます。ですが、現地人はもう限界で……」


「なら、お前はここに残らなければいけない。それが、皆を守る事になる」


「ですが――」


 ポーカーフェースを崩さなかったフランソワだが、ついつい拳を握りしめ心配そうな顔をしてしまう。


「皆を守れと言われても、わたしが守りたいのはクロノス様だけです! 共に生きたいのも、共に逝きたいのも、全部クロノス様だけなんです!」


「君はもう立派な教官組だ。そんな顔をするなよ」


「クロノス様……」


 フランソワは本能的に察していた。

 ここで離れたら、もう二度と会えないのだと。


「名目上、俺はラーセットに馴染めず外に出た変わり者の平八(へいはち)だ。自分をブラッディ・オブ・ザ・ダークネスと呼ぶ変人だ。そして、微妙に中立寄りの敵でもある」


「その様に決めたのは(みや)です!」


「半分は自分で決めたんだ、そう言ってやるな。それにあいつにもちゃんとした考えがあったんだ」


「クロノス様を殺しておいてですか……」


 その目には殺気がこもり、全身から殺意が溢れ出す。

 今まで貯めに貯めていたのだろうが、いま(みや)と出会ったら本当に殺し合いを始めそうな程だ。


 状況的に、誰も目撃はしていない。

 同じ自分である敬一(けいいち)は直ぐに察すると思っていたが、玉子(たまこ)も同じ結論に達しているとは思わなかった。

 だが考えてみれば、察している人間は他にもいるだろう。

 それでも、当時はそうしなければならないほどに皆疲れていたのだ。

 もういつ暴走してもおかしくはない状況。だからこそ、使える限りの全てを駆使して挑んだのだ。

 その上で敗れた。あの最後の時、むしろ奴に消されるよりはマシとまで思えたくらいだ。


「互いに理解していたのだ。長い時を過ごし、真実を知る者が多すぎた。もうクロノスでは状況を纏められないと。あの時、確かに奴を倒す為に全ての力を投入した。だがもしそれでも果たせない時は、(みや)の為に状況を整えておく意味もあったのだ」


「ならどうして、わたしも他の人たちと一緒に逝かせてくださらなかったのですか! 貴方がいなくなって……わたしは……わたしは!」


玉子(たまこ)には大切な役目があった。もう分かっているだろう? それに今は成瀬敬一(なるせけいいち)がいる。まだ若いが、あれもまた俺だ。これからは、あちらの俺と共に生きてくれ。愛しているよ、玉子(たまこ)。多くの女性と関係を持った身ではあるが、君ほど俺の乾いた心を癒してくれる人はいなかった。もう一度言うよ、心から愛している。達者でな」


「私も愛しています。クロノス様……」


 流れた涙は直ぐに氷となって風に舞う。

 その時には、既にブラッディ・オブ・ザ・ダークネスはセーフゾーンへと向かっていた。

 余計な一言を残して。





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