こんなのをどうするよ
ガスとはいっても、煙が噴き出されたというようなものではない。
それは勢いだけでセーフゾーンの床を軽々と削り、巻き上げながら襲い来る。
まるでレーザーのようだが、当たるとガスとして広がるから厄介この上ない。
何とか全員避けたと思ったが、苅沢が巻き込まれた瞬間、真っ黒い墨のようになって崩れ去った。
一応、最期は光って消えたから存在を消すわけでは無さそうなのでセーフ――ってセーフじゃねーよ。
仕方がない。色々な危険があったからやりたくは無かったが――、
「緑川、夢路!」
「あいよ!」
「はーい」
全員を巻き込む上に緑川が無防備になる。
しかし結局はこの広範囲攻撃に賭けるしかないか。
味方を巻き込みそうだが、奈々たちが退避している最初の入り口に行った分はハズレで消す。
後は各自に対処してもらって、出来ない奴の周囲だけ外せばいいだろう。
そう考えていたのだが、夢路が最初の火花を起こした瞬間、そこをめがけて黒いガスが撃ち込まれる。
上がった炎は一瞬。それも火の粉程度で搔き消されてしまった。
何が知能は無いだと言いたくなるが、本能だろうな。
確かにジオーオ・ソバデの操り人形ではあるが、それぞれを実際にアイツが動かしている訳ではない。
簡単な命令だけで、後はそれぞれが独自に動いている。なのにあの反応だ。
いったいどうしてくれようかね。クロノス時代に戦わなくて良かったよ。
「どうする、このままでは対処できないぞ」
空中から宮の声が飛んで来る。
上空から変幻自在の動きで攻撃を試みているが、その度に鎌の攻撃で追い返されている。
宮の動きは本当に稲妻のように速く不規則で捉えようがない。
それをあそこまで軽々とあしらわれては、本気で困る。
今の奴は動けないが、ガスと鎌、両方ともに厄介だ。
回転攻撃が無いだけマシではあるが、近づけないのでは勝負にもならない。
となれば、やはりここは俺の出番か。
奴までの距離を外し、背中に乗る。やる事はさっきと同じだ。
だが少し違う。これは北でジオーオ・ソバデと戦った時と同じ手段。
当然のように見切れないほどの速度で鎌が来るが、それより先にさっき作った奴の傷口に入る。
これで今度こそ、上半身と下半身を切断する――と思った瞬間、半分千切れていた上半身と下半身の双方から、無数の針が出て俺を貫いた。
「あぶねえ」
刹那に外し、転がりながら体の外に出る。
攻撃だったのか、元より上半身と下半身を繋ぐ手段だったのかは知らないが、奴は再び傷口を埋めて動き出している。
そして当然のごとく、倒れている俺に振り下ろされる鎌。ですよねー。もう何度あのアナウンスを聞いたやら。
分かってはいるが、こんな所でスキルを使いまくったらいざという時に持たなくなる。
この戦いが終わったら、奈々とのご休憩タイムを作ってもらうか?
いや、どう考えてもそんな暇はない。
とにかく地面に串刺しになった体と共に再び鎌を外すが、さっき外した鎌もまた再生している。本当にきりがない。
今戦力になるのは――、
宮と東雲は空中で戦闘中。
しかし宮は近づけず、東雲の重力はまるで効いている様子が無い。
大和は様々な武器と盾を使い捨てながら突破口を開こうとし、上半身を露出したままの藤井もそれに続く。
だが二人とも鎌の攻撃に苦戦し、更には空中にも地上にもガスを吹く。
他は退避してもらったが、入り口に張った緑川の空気の壁を、奴のガスが貫いた。
幸い奈々たちは奥にいたが、最前線に居た緑川の右腕は真っ黒になって崩れていた――が、見る間に再生していく。かなり良い薬を使ったな。
というより全員がそれなりにガスを被ってしまい、服や鎧に穴が開いている。なのに不自然なくらい体には影響がない。
あれは黒瀬川のスキルだな。
あちらは安心だが、こちらは問題だ。
即死でなければどうにかなりそうだがどうするよ。持久戦はスキルの限界という問題と、ジオーオ・ソバデを追っている以上却下するしかない。
ここで神罰を使ってしまうか?
いや、ダメだ。これは最後の最後で使う切り札だ。
壬生と岩瀬……いや、ダメだ。負担が大きすぎる。
使うなら確定でどうにかなる状況だ。特に壬生の攻撃は完全に見切られている。
そうや龍平は!?
と思ったら、いつの間にか背後に回り込んでいた。
速さでは甚内さんには及ばないが、龍平にはそれを補うパワーがある。
だが、奴は立てた槍の様な足を射出した。
目標はもちろん龍平だ。
直進しながらもいつものナックルガードで直撃を逸らすが、3発目でナックルが砕かれた。
やはり近づくほどに威力を増すか。当たり前だな。
さすがに素手で捌ききれる攻撃ではない。しかも足もまたゆっくりと生えてきている。
これだけの戦力を揃えているのに攻撃の糸口がつかめない。何て化け物だ。
だがその巨体が、唐突に何かに弾かれるかのように数メートルは移動させられた。
弾力のある鉄を叩いた様な鈍い音と共に、奴の全身を波紋が走るかのように震えている。
同時に鎌も下半身も動きを止め、痛みなどないだろうに、本能なのか苦しんでいるように天井に向けて勢いよくガスを吐く。
さすがにこの好機を逃すほど、全員甘くはない。
電光石火の動きで宮が後頭部に直刀を突き刺すと、大和が長剣で正面から腹を大きく切り裂く。
更には藤井も走りながら芋虫状の体を突きまくるが、これでは死なない。
生物ならやがて失血により死亡するだろうが、こいつにそんなもので動く器官は無い。
全身がゼリーであり筋肉であり脳だ。
しかし無駄ではないはずだ。再生も無限ではあるまい。
それに、ダメージの蓄積は必ずどこかに隙を生む……と思ったら、宮が突き刺した直刀になぜか付いている導火線が煙を上げている。
なんかもう嫌な予感しかしない。そもそも、戦闘中にあんな剣は持ってなかったよな。
この機会に取り出したという事は……。
もう声掛けする余裕もない。
世界が真っ白い光に包まれた瞬間、とにかく最初の出入り口へ向かう爆風だけは外す。
少し遅れてやって来た熱風は、俺の肉どころか骨まで焼き尽くしていった。
不発の可能性もあったが、こういう時には必ず俺が派手に巻き込まれるように出来ているんだよな。このハズレってスキルは。
本当にとんだハズレくじだ。もしかして、宮の奴はそこまで見越して使ったのか?
当たり前のようにこっちは体を外すが、中に入っていた全員はどうなったんだ?
正直、宮の自爆になってしまった様な気がしないでもない。
しかし空中の二人は東雲が重力を逆転する事で自分から逸らし、地上では大和が取り出した四角い大盾の後ろに藤井も隠れている。
龍平は咄嗟に他の出入り口に飛び込んだ様だ。
壬生もまたしっかりと自分が避難する穴を開けて地面に潜り込んでいる。
全員こうなる事を理解していたような感じでなんか悔しい。
まあ実際の所は、フランソワが作る火薬の不安定さは全員が知るところなのだろう。
最悪に備えるのはある意味当然か。
だがそれよりも、今の爆発でも吹き飛ばしたのは頭部だけ。
口は無くなったが、他は健在だ。
ここまでやって武器を一つ奪っただけというのは厳しい。
しかも足は既に新しいのが生えていて、背中の鎌も新たに作られ始めている。
このままでは、口が作られるのも時間の問題だ。
そんな時、再び先ほどと同じような鈍い音がして、奴の全身に波紋のような衝撃が広がった。
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