守備組の戦い
敬一たち主力が出発して9日目。
いよいよ同類や雑魚とも呼称される感染体が壁を登り始めていた。
姿は狼や熊、猪などにも見えるが、それぞれ足が6本だったりヘラジカのような角があったりと、明らかに怪物だ。
通常のモンスターは壁を登る事など出来ないが、彼らは違う。
吸盤などを持たなくとも、ゼリーの体を吸いつけて着実に登って来る。
雪を防げる壁も、彼らには無力だ。
そんな中、兵士たちは懸命に石を落として応戦していたが、その程度では僅かも怯まない。
その様子を見ながら、壁の上の木谷敬はサングラスをクイッと上げる。
同時に同類たちの周囲に現れる無数のダガー。
幸い材料は無数にある。ただの雪として固まった水分だが。
それでも、彼ら対しては十分だ。
次々と貫かれては、力無く落ちていく。
しかし全体の数からすれば焼け石に水でしかない。
「分かってはいたが、全く倒している実感が分かんよ」
雑魚とはいえ、既に千は葬っただろう。
しかしスキルは無限ではない。そろそろ休息してケアをしなければならない頃だ。
「まったく、これを撃退したクロノス……いや、今は成瀬敬一であったか。そいつもまた、奴等を越える化け物という訳かね」
他の箇所でも、それぞれ召喚者が戦っている。
主な主戦場は壁の上であるが、さすがに途中で落とせるスキル持ちはそう多くはない。
最大限の力を発揮するためにも登る前に倒すべきだという主張もあったが、すべて木谷の権限で却下した。
地上で戦ったら、いざという時の逃げ場がない。
まさか敵の群れの前で門を開けるわけにもゆくまい。
制限がある以上、スキルが使えなくなった時点であのゼリーの群れに飲み込まれるだけだ。
「さて、自分たち全ての力を結集して何日もつか。賭けとしては悪くはない」
ハスマタンへは既に援軍要請が出ているという。
だが向こうの動きは予想以上に早かった。
軍部の予想では、北が終わってから動き出すだろうという話だったのだ。
それは南も同じ。それなりの援軍は来るだろうが、早くても2か月後とか言う話だろう。
実に悠長な話だ。
ただ成瀬敬一はこの状態を正しく予測していた。
その上で、全ての計画を立て出発したのだ。
「それでは私は食事に行くとしよう。これもまた、大切な任務だからね」
〇 □ 〇
「でりゃあ!」
龍平の咆哮と共に、壁を登り切った10メートル級のクマムシの様な眷属が上半身を潰され落ちていく。
既に壁の上にまで戦場だ。
「えい!」
一緒にいる水城瑞樹がハルバードで同類を叩き潰す。
しかし何とも弱々しい。
さすがに普通の人間よりは強靭な召喚者。武器の扱いも、ここまでずっと修練して来た。
本来なら、1週間ほど研修をしたら普通に迷宮に入るという。
だが1年生き残るのは1割にも満たない。
そんな訳で地上でひたすら鍛錬したが、それはそれで実戦経験が足りない。
もう少し強力な同類が来たら、かなりの苦戦になるだろう。
「先輩は下がっていてください」
「だめよ! 戦えるうちはちゃんと戦わなきゃ。そうじゃないと、この街が」
それに何より、敬一くんの期待を裏切ってしまう。
「分かりました、では無茶はしないでください。他の二人もな」
「うん、分かった」
「それにしても、西山って強かったんだな」
当然ながら、須田亜美や岸根百合も一緒に戦っている。
他の壁の上でも召喚者や一般兵が奮戦中だ。
ある意味当然だが、国庫を開いて一般の兵士にも十分な装備を与えてある。
それでも人間は脆い。同類ならともかく、眷属クラスが来ると歯が立たない。
それらの対処をするのが召喚者の主な役目。
今も別の場所で、棘付きの甲羅を持つ巨大なカタツムリの姿をした眷属が落ちていった。
「ほお、やるじゃないか。腕を上げたな、美和」
「甚内教官!」
一瞬だけ安堵の表情を見せるが、
「この程度の相手なら雑作もありません。まだまだ戦えます!」
「期待しとくわ」
そう言った時には甚内はずっと先で兵士に襲い掛かっていた眷属を秒殺していた。
それにしても、ぼっちになってから直々に指導する事が多かった美和咲江だが、なかなかに成長が早い。責任感も強く、もし生き残れたのならきっと良い召喚者になるだろう。
しかしやはりまだまだあの事件を引きずっている様だ。素直に他人に頼ろうとしない。
あのお堅い性格も加味すれば、おそらく恋人などいないだろう。
というか、今の美和が誰かとデートする姿とか想像もつかない。
――それでもいつか、いい男に出会ったりするもんなのかねえ。
そんならしくもない事を考えながらも、次の眷属を倒していた。
そしてもう遥か彼方で戦っている甚内教官を見ながら、美和は自分はまだまだだなと思い知らされていたのだった。
「凄い……でも、まだまだ頑張ります。いつか、その背中に追いつくまで」
★ △ ★
敬一たちが出発して10日目ともなると、さすがに全体的に疲労の色が濃くなってきた。
特に兵士達は休息をとっているとはいえ、戦っている場所が場所だ。
犠牲者も出ているし、近接戦ともなるとどうしても感染者が出てしまう。
いきなりゾンビの様に豹変して襲い掛かってくるわけではないが、それでも次第に内側から蝕まれてくる。
幸いなのはこの世界の人間は、地球人より耐性がある。覚悟も出来ている。だがそれは、治るという事ではない。
自身の感染に気が付いたものは、皆に別れを告げて壁から飛び降りて行った。
その頃になると、セーフゾーンにも敵は迫ってきていた。
最初から分かっていただけに、しっかりとしたバリケードは設置済み。
素材も壁と同じ強固なもので、敵の侵入も感染も寄せ付けはしない。
ここは石造りの四角いセーフゾーンで、地上への道は階段の一か所のみ。
残りの3方向が迷宮への入り口となっている。
普通にバリケードを作っても軽々と押し切られる。
そこで対面になっている入り口部分のバリケードは長大な柱で反対側と連結させ、中央からもう一か所のバリケードと同じ素材で連結させた。
これで通常の入り口が破られる事は無い。
そして全方向の壁にもラーセットの巨壁と同じ素材を積み、こちらも当分は安泰だ。
この場を担当していた木谷が壁方面へ移動できたのも、ここがそれだけ強固だったからだ。
しかし、それも無限に続くわけではない。
入口のバリケードはさすがに安泰だが、壁に張った素材をガンガンと叩く音がする。
地下を掘り進むタイプの眷族が叩く音だ。
普通の怪物はセーフゾーンに入る事は無い。あるとしたらヌシくらいだ。
しかし、そんな常識はこいつらには通用しない。
「ちんたらやってんじゃねえ!」
慌てて補強しようとする現地兵をどけ、覆面レスラー姿の荒木が自分よりはるかに大きな素材を担いで持ってくる。
これでしばらくはまたもつが、しっかりと留めた入り口と違い、こちらは押され続ければゆっくりとだが動いてしまう。
今の所は荒木一人の補強でどうにかなっているが、一度突破されてしまえばもはや打つ手はない。
階段を塞いだところで、途中から自由に穴を掘って出てくるだろう。
ラーセットに入られた時点で事実上は負けだ。
それは壁の上で戦っている人間も同じ事を感じていた。
とにかく数が多い。あれだけの数に入られてしまったら、ラーセットはまた炎に包まれるだろう。
――いつまでもつかは分からんが、最後の最後まで戦ってやるさ。
その覚悟は、荒木だけでなく全員が持っていた。
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