お久しぶりです
こうして完全な状態になった俺は、二人ともう一度濃厚な時間を済ませてからフランソワの工房へ向かった。
もう全員一ツ橋の工房で作業をしている訳だし、とっくにフランソワも呼ばれている可能性の方が高い。
でもまあ、一応保険のためだ。
もしこっちに残っているのに一ツ橋の工房に行ったら、絶対にむくれるし。
◆ ★ ◆
……ではあったのだが、フランソワは自分の工房にいた。しかもぶんむくれて。
「やあ、フランソワ。今はちょっとお邪魔だったかな?」
「い、いえ、敬一様がお邪魔なんてとんでもございません。それにしても……なんだか見違えました。まるで別人の様。神々しさが凄いです」
両手を祈るように合わせて目をキラキラしているが、さすがにくすぐったいので止めて欲しい。
と言うかそうなった理由が理由だけに、死んでもどうやったかは話せないな。
後ろめたさの方が大きいわ。
「まあ色々あったんだよ。それで先ずは様子を見に来たんだが――」
「嬉しいです! 今お茶を入れますね。あの腐りきった生ゴミの汁でなくちゃんとした物を」
あー、やっぱり和解は遠いなー。
というか、龍平は教官組として働いていたフランソワと面識はあったが、一ツ橋に関しては名前しか知らなかったそうだ。
何か接点が欲しくて塔の改良を二人に依頼したが、このありさまである。
しかし待てよ? 記憶の保持に関しては二人の協力で出来たんだよな。
この様子だと、絶対に出来そうにない。だけど実際には出来ている。
とはれば、二人を繋いだ人物がいるという事だ。
消去法で考えれば、接着剤になったのは黒瀬川しかいない。
とはいえ、彼女は趣味的にもスキル的にも性格的にも、技術者二人とあまり接点があるとは思えない。
それに最古の4人はいつも全員認識阻害祖をしていて、教官組に対してもそれは変わらないと聞く。
だが実際の所、黒瀬川とフランソワは仲が良さそうだった。
それに夜を共にした時、ごく普通に先輩も加えている。当然ながら、認識疎外もなしだ。
完全に隔絶していたとは思えないな。
というかまあ、面倒見の良さを考えると黒瀬川しかいないんだよな。
ちょっと性格に怪しい所はあるが、基本的には善人のようだし容姿も良い。
日本では、さぞモテたんじゃないかな。
とりあえず龍平の情報に間違いがあったというよりも、アイツにも秘密にされていた事がまだまだあったという事だろう。
召喚されたばかりの下っ端に全部話すほど警戒心は低くはないしな。
「う、お邪魔虫が来た」
ん? ああ、センサーに誰か引っ掛かったのか。
一ツ橋もそうだが、フランソワの工房もセキュリティは万全だ。
俺が素直に入れるのも、彼女が歓迎してくれているからなんだよね。
まあ様子的に、今回も敵と言う訳では無さそうだが。
「よお、玉子。ちゃんといたか。実は三浦凪のコートが調子悪くってな。お前に修理を――」
そこまで言った時点で、侵入者――加藤甚内の額に鉄球が撃ち込まれた。
本来なら人間の頭なんぞスイカの様に飛び散る威力だが、さすがは教官組の戦闘担当。
痛そうにうずくまっただけで、怪我はなさそうだ。
手加減した……は無いな。いつもの威力だ。だが刃物を使わなかったのだから、やはり手加減はしたのかもしれない。
彼はかつて龍平の師匠であり恩人であった人で、俺にとっても因縁浅からぬ間であった。
というか勝負にもならずに殺されているし。ガチで。
咲江ちゃんがいなければ、あそこで全てが終了だった。
が、まあそちらはもう気にしてはいない。大事なのは別の件だ。
もし彼と会話する機会が無かったら、クロノスとしてこの世界に召喚された時に、何を考えるべきかすら思い浮かばなかっただろう。
ラーセットという船をどう舵取りするか?
その為に、犠牲をどこまで容認するか?
人々の生活と生存と幸せの何処にどう線を引けばいいのか?
政治に携わる人間からすれば――しかもここは死がすぐそこにあるんだ。それこそ毎日トロッコ問題をやっているようなものだよ。
国家の運営なんて、それこそ考える機会すらなかったんだ。
日本の常識と大きく違う別世界。それでもやって来れたのは、それらを考える事と覚悟を意識の中に入れてもらえたからと言って良い。
ある意味、俺の始まりの行動原理を決めた人でもあるな。
少し余談になってしまったが、とにかく攻撃と防御の両面をこなすという。
龍平は甚内さんと呼んでいたそうだが、俺にとってはアルバトロスさんと言う印象の方が強い。
まあ色々聞いた話では、どうもあの時限りの偽名だったようだが。
「てめえいきなり何をしやがる!」
あ、もう立ち上がった。
それにしても本当に頑丈だな。
俺だったら、間違いなく死亡のアナウンスを聞いているぞ。
「この鳥頭はいつになったら人の名前を覚える」
「なかなか慣れねえんだよ。文句はいつも本名の方で言っている三浦に言え。あいつがそう呼ぶから、自然と身に付いちまったんだよ。習慣みたいなもんだ」
「呆れる。凪さんがわたしを本名で呼ぶのは、相当に酔っている時だけ。いったいいつもどのくらい飲んでるの」
「あいつは樽で飲むからな。付き合わされる身にもなってみろ」
そういや、前も二人で行動していたな。
重要な任務の時は二人で組むことが多いと聞いたが、その度に飲んでいるのか?
俺と彼女との付き合いは敬一としては無く、クロノスとしても短かった。
だから詳しくは知らなかったが、そんなに大酒飲みだったのか。
もしくは、こちらでの生活でそうなったかだな。
「それでも毎回攻撃されてよく懲りない。実はマゾ?」
「そんな訳あるか! 俺は元々、横文字の名前は苦手なんだよ」
頭を金髪に染めている人間の言うセリフじゃない。
というか、頭の中で漢字に変換しておけば良いじゃないか。“腐乱姐輪”とか。
……いや、今の考えは危険な香りがする。忘れよう。
「それで用件は?」
「さっき言った通り、凪のコートの修理だが……ああ、最古の4人からの厳命があったわ。さっさと一ツ橋の工房に来いとよ。それと成瀬敬一がいるだろうから、一緒に連れてくるようにとのお達しだ」
やっぱりお見通しだな。命令の出所は……どっちの可能性もあるところが怖い。
「本当はどうせ交尾しているだろうから、簀巻きにして連れて来いって言われていたんだけどな」
内容から察するに、出元は風見の方だった。
と言うよりも、フランソワから殺気があふれ出している。
実際に邪魔なんてしたら、本気で攻撃されるぞ。
「どうせそっちの用件だと思ってた。内容は分かっているから、支度してから行く」
「ああ、まだだってんなら2時間くらいは待つ――」
甚内さんの腹部に、さっきより巨大な鉄球が直撃した。
あー、見事にくの地に曲がって外まで飛んでいったな。
しかし彼女の性格くらい把握しているだろうに、よくもあんな台詞が言えたものだ。
天然なのか、分かっていてからかっているのか……考えるまでも無く前者だろうな。
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