表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

592/685

黒瀬川の計画

 覚悟と言われて、それなりに心当たりはある。

 だが予想で決断できる問題ではない。


「ハッキリと言って欲しい所ですね。どんな覚悟を求めているのです?」


 龍平(りゅうへい)は確認しているが、奈々(なな)は大方の予想は付いていた。

 それに自覚もしていた。

 後は時期ではあったが、もうそこまで期限が迫っているとは思ってもいなかったのだ。


敬一(けいいち)さんがスキルの悪影響を解消する手段、今更説明する必要なないと思います。もしあるんであれば、そんなボンクラに用はありません。今日はもう帰っていいですわ」


「今更よね。でもまだ足りないの?」


「全く足りませんわ。瑞樹(みずき)さんとウチやフランソワだけでは、もう維持が限界であります。現地人を買うという事も考えましたが、有象無象では彼の体力の方が尽きますな。やはり成瀬敬一(なるせけいいち)という人間が、この世界に留まりたいと強く思わせる人間でなければいないわけですわ」


「……」


龍平(りゅうへい)さんのその沈黙は、瑞樹(みずき)さんの事は知っていたという事で良いのですわなあ」


「人が悪いですね。そんな事、知らない訳がないでしょう」


 ――え、そうなんだ!?


 奈々(なな)としては知らないと思っていたが、思ったよりも事情通だと感心した。

 だけど考えてみれば、同期と言う名目ではあるが、召喚者としては遥かに先輩だ。甘く見ていた事をちょっと反省するしかない。


「分かっていて、よく黙っておりましたなあ」


敬一(けいいち)の状況は察しがついていた。それに瑞樹(みずき)が望み、今のあいつしか奴の悪影響を解消できないとなれば、ここは耐えるしかないだろう。どうせ地球に戻れば全て失われる記憶だ。所詮は夢にすぎん。お前は恋人が夢の中で穢されたからといって、その相手を嫌いになるのか?」


 ……そうよね。だからこそ、私もお姉ちゃんとの関係を認めたんだ。


「大局を見据えた見事な決断ですなあ。確かに、成瀬敬一(なるせけいいち)が倒れた時点で全てが終わり。今はそんな状況です。彼が鎖となってここに本体を留めておりますからこそ、倒す手段を考えられるわけです。敬一(けいいち)さんが消えてしまった時点で、実質的にはもう全てが終了ですわ。次の敬一(けいいち)さんも呼び出せず、本体は自分を縛った鎖から解き放たれるわけですからなあ。結局は神罰で本体と誰かが消え一時的に……そうですなあ、今回ですと龍平(りゅうへい)さんが次のクロノスですねえ。まあ向こうで死なないようにしてくださいな」


「そんな事態はごめんですね。それで、そろそろ本題を聞かせて欲しい所ですが」


西山龍平(にしやまりゅうへい)さんは、しっかりと割り切っておられるようで安心いたしましたわ。4人の関係に関して、ウチは命令する気はありません。ただ状況を説明し、判断して頂くだけですわ」


「それで良いんですか? その……敬一(けいいち)君がいれば、黒瀬川(くろせがわ)さんはもう帰れるんですよね?」


「親友が全員死んだ世界に一人でですか?」


 そう言いながらキセルを吹かす。

 さすがにそんな事を言われたら、“帰れる”なんて軽々しく言えるはずもない。

 二人とも成瀬敬一(なるせけいいち)が……或いは水城瑞樹(みなしろみずき)がいない世界に帰してやると言われても、何も嬉しくはないだろう。


「……それでどうしろと言うんです?」


「それを決めるのは奈々(なな)さんですなあ。ウチが出来る事は、今の状況を”正しく”伝える事だけですわ」


 龍平(りゅうへい)は状況を受け入れた。

 となれば、目の前の彼女は自分に問うているのだ。その覚悟のほどを。

 自分にだって、大事な人生設計がある。だけど大した力を与えられなかった大勢の人間にとって、この問題は人生設計どころか命そのものがかかっている。

 それが分かっていてなお、自分の描いた未来図に固執するのかと聞いている。(おごそ)かに。ただし強い意志を持って。

 もう、奈々(なな)の返答は決まっていた。


「言いたい事は分かりました。敬一(けいいち)君が戦える体になるためには、私が必要だという事ですね」


「ウチが確認した限りですと、セポナさんでもある程度は良さそうなんですが。彼女に交渉するという手段もまだありますがなあ」


「それは――ダメ。良いわ、私がやってやろうじゃない」


 自分は日本に帰ればここでの記憶はすべて消える。敬一(けいいち)君が言っていたのだから間違いない。

 だけどセポナちゃんの記憶は消えない。

 話を聞く限り、まだ経験は無いという。

 初めて肌を重ねた相手が異邦人。しかも自分を忘れて本当の世界に帰るなどという非道を、敬一(けいいち)君にさせるわけにはいかない。

 それは自分の矜持が許さない。


「彼に抱かれればいいのでしょう? いいわ。お姉ちゃんもそうして、西山(にしやま)君もそれを飲んだ。私にとっても、一時の幻にこれ以上固執して、彼を失うことは出来ません。貴方の提案を飲みます。他の人との関係も、邪魔はしません」


 どうせ消える記憶。

 それでも嫌なものはどうしようもない。

 だけど敬一(けいいち)君が消えるよりも嫌な事ってこの世にあるの?

 そう考えれば、もう答えは決まっているようなものだった。


「話が早くて助かりましたわ。ここでごねられたら、可能な限り説得するつもりでありましたからなあ。それもう、何日かかろうが説得するつもりでありましたのですわ」


「それでも応じなかったらどうするつもりだったのですか?」


「その時はその時ですなあ。こちらで可能な限りの事はさせて頂きます。それが使命ですからなあ。ああ、そうそう。それでしたらこれをどうぞ」


「これは?」


「以前、特別に温泉を作りましてなあ。その利用チケットですわ。正しくは温泉ではないので大浴場ではありますが、雰囲気は近いものがあります故、存分に楽しんで頂けると思いますわ。ただし、部屋は一つしかありません。人数分渡したのは、あくまで公平性の為ですわ」


 確かに、ご丁寧にチケットは7枚ある。それぞれに分散して使えという事だろう。

 メンバーを考えれば、どう組むかも決まっているようなものだ。

 一人で行くハメになる西山(にしやま)君には気の毒だけど、こればかりはどうにかなる物ではない。


「では話は終わりですね。我々はそろそろ行きます。ただ言わせて頂ければ、こちらだってバカではない。全員で生きて日本に帰りたいという想いは同じです。こんな席を設けなくても、結果は決まっていましたよ」


 そう言った龍平(りゅうへい)の言葉は奈々(なな)の胸にチクリと刺さっていた。

 結局、自分の我が儘で自分の彼氏をこんな状況まで追い込んでしまったのだ。

 どうせいつかはこの日が来る。まだ早いと思っていたけれど、実際には遅すぎたくらいだった。

 もう覚悟を決めるしかない。

 というより、西山(にしやま)君が覚悟を決めているのだ。

 もう全て夢として忘れるしかない。

 本当の夢に描いた未来のために。





 ★     ■     ★





 こうして二人が出て行ったあと、黒瀬川真理(くろせがわまり)はこの結果に十分満足していた。

 必ず説得に応じる事は分かっていた。

 成瀬敬一(けいいち)という人物は確かに強い。

 スキルも強い。

 召喚者として十分に成長し、肉体も強い。

 どれほどの困難にも潰されなかった精神も強い。

 更には、目的のためであれば自分や他の3人すらこの世界から送還する覚悟がある。

 それどころか、自分たちを本当の意味で殺さなければ本体を倒せないなどと言う状況に陥れば、彼は迷わずにそれを実行するだろう。

 いったいどれほどの苦汁を舐めればあれほどの精神になるのかは想像もつかない。


 だが甘い。目的以外の事に関しては隙が多すぎる。

 予想通り、日本に記憶を持ち帰る事になったという事を恋人にすら話していなかった。

 たしかにまだ“記憶を日本に持ち帰るという事実”とは言えない状況だ。

 そんな事、実際に試すことは出来ない。

 だが現実に生きたまま日本に送還することは可能となっている。

 しかもこちらに関しては実証済み。となれば、おそらくこれもきっと成功するだろう。


 彼の高校までは、電車で2時間もあれば行ける。

 一体どんな修羅場が待っているのか、今から楽しみでしょうがない。

 どうせ生き残ったとしても――というより敬一(けいいち)が健在なら日本に送還される。

 友人の誰もいない、あんな世界に。

 待っているのは、マスコミの大騒ぎと友たちの葬儀。そしてなぜお前達は生きているんだという遺族の目。

 そんな目に合うのだ。この位の希望はあったって良いだろう。

 この(たの)しみのためであれば、どんな協力も惜しまないと心に誓った黒瀬川真理(くろせがわまり)であった。





いつもお読みいただきありがとうございます。

ご意見ご感想やブクマに評価など、何でも頂けると無性に喜びます。

餌を与えてください(*´▽`*)


前話の冒頭にある様に、これは死者の復活を黒瀬川が知る前のお話です。

まあ知ったとしても、計画を変えるほど殊勝ではありませんが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 黒瀬川が黒いわーーーーー くっそわろたwww 緊張感のある中での笑いってこうも面白ものなんだろうか? 他人事の修羅場を横からニヨニヨする、面白さがわかるひと時でした。 (^ω^)/
[良い点] うわあ、想像以上の愉悦勢……黒瀬川は何事もなかったらこの本性を隠し通して現代日本で暮らしてたんだろうか……
[一言] 死者の復活聞いた後黒瀬川の気持ちはどんなものか、それにしても黒瀬川恐ろしですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ