黒瀬川の計画
覚悟と言われて、それなりに心当たりはある。
だが予想で決断できる問題ではない。
「ハッキリと言って欲しい所ですね。どんな覚悟を求めているのです?」
龍平は確認しているが、奈々は大方の予想は付いていた。
それに自覚もしていた。
後は時期ではあったが、もうそこまで期限が迫っているとは思ってもいなかったのだ。
「敬一さんがスキルの悪影響を解消する手段、今更説明する必要なないと思います。もしあるんであれば、そんなボンクラに用はありません。今日はもう帰っていいですわ」
「今更よね。でもまだ足りないの?」
「全く足りませんわ。瑞樹さんとウチやフランソワだけでは、もう維持が限界であります。現地人を買うという事も考えましたが、有象無象では彼の体力の方が尽きますな。やはり成瀬敬一という人間が、この世界に留まりたいと強く思わせる人間でなければいないわけですわ」
「……」
「龍平さんのその沈黙は、瑞樹さんの事は知っていたという事で良いのですわなあ」
「人が悪いですね。そんな事、知らない訳がないでしょう」
――え、そうなんだ!?
奈々としては知らないと思っていたが、思ったよりも事情通だと感心した。
だけど考えてみれば、同期と言う名目ではあるが、召喚者としては遥かに先輩だ。甘く見ていた事をちょっと反省するしかない。
「分かっていて、よく黙っておりましたなあ」
「敬一の状況は察しがついていた。それに瑞樹が望み、今のあいつしか奴の悪影響を解消できないとなれば、ここは耐えるしかないだろう。どうせ地球に戻れば全て失われる記憶だ。所詮は夢にすぎん。お前は恋人が夢の中で穢されたからといって、その相手を嫌いになるのか?」
……そうよね。だからこそ、私もお姉ちゃんとの関係を認めたんだ。
「大局を見据えた見事な決断ですなあ。確かに、成瀬敬一が倒れた時点で全てが終わり。今はそんな状況です。彼が鎖となってここに本体を留めておりますからこそ、倒す手段を考えられるわけです。敬一さんが消えてしまった時点で、実質的にはもう全てが終了ですわ。次の敬一さんも呼び出せず、本体は自分を縛った鎖から解き放たれるわけですからなあ。結局は神罰で本体と誰かが消え一時的に……そうですなあ、今回ですと龍平さんが次のクロノスですねえ。まあ向こうで死なないようにしてくださいな」
「そんな事態はごめんですね。それで、そろそろ本題を聞かせて欲しい所ですが」
「西山龍平さんは、しっかりと割り切っておられるようで安心いたしましたわ。4人の関係に関して、ウチは命令する気はありません。ただ状況を説明し、判断して頂くだけですわ」
「それで良いんですか? その……敬一君がいれば、黒瀬川さんはもう帰れるんですよね?」
「親友が全員死んだ世界に一人でですか?」
そう言いながらキセルを吹かす。
さすがにそんな事を言われたら、“帰れる”なんて軽々しく言えるはずもない。
二人とも成瀬敬一が……或いは水城瑞樹がいない世界に帰してやると言われても、何も嬉しくはないだろう。
「……それでどうしろと言うんです?」
「それを決めるのは奈々さんですなあ。ウチが出来る事は、今の状況を”正しく”伝える事だけですわ」
龍平は状況を受け入れた。
となれば、目の前の彼女は自分に問うているのだ。その覚悟のほどを。
自分にだって、大事な人生設計がある。だけど大した力を与えられなかった大勢の人間にとって、この問題は人生設計どころか命そのものがかかっている。
それが分かっていてなお、自分の描いた未来図に固執するのかと聞いている。厳かに。ただし強い意志を持って。
もう、奈々の返答は決まっていた。
「言いたい事は分かりました。敬一君が戦える体になるためには、私が必要だという事ですね」
「ウチが確認した限りですと、セポナさんでもある程度は良さそうなんですが。彼女に交渉するという手段もまだありますがなあ」
「それは――ダメ。良いわ、私がやってやろうじゃない」
自分は日本に帰ればここでの記憶はすべて消える。敬一君が言っていたのだから間違いない。
だけどセポナちゃんの記憶は消えない。
話を聞く限り、まだ経験は無いという。
初めて肌を重ねた相手が異邦人。しかも自分を忘れて本当の世界に帰るなどという非道を、敬一君にさせるわけにはいかない。
それは自分の矜持が許さない。
「彼に抱かれればいいのでしょう? いいわ。お姉ちゃんもそうして、西山君もそれを飲んだ。私にとっても、一時の幻にこれ以上固執して、彼を失うことは出来ません。貴方の提案を飲みます。他の人との関係も、邪魔はしません」
どうせ消える記憶。
それでも嫌なものはどうしようもない。
だけど敬一君が消えるよりも嫌な事ってこの世にあるの?
そう考えれば、もう答えは決まっているようなものだった。
「話が早くて助かりましたわ。ここでごねられたら、可能な限り説得するつもりでありましたからなあ。それもう、何日かかろうが説得するつもりでありましたのですわ」
「それでも応じなかったらどうするつもりだったのですか?」
「その時はその時ですなあ。こちらで可能な限りの事はさせて頂きます。それが使命ですからなあ。ああ、そうそう。それでしたらこれをどうぞ」
「これは?」
「以前、特別に温泉を作りましてなあ。その利用チケットですわ。正しくは温泉ではないので大浴場ではありますが、雰囲気は近いものがあります故、存分に楽しんで頂けると思いますわ。ただし、部屋は一つしかありません。人数分渡したのは、あくまで公平性の為ですわ」
確かに、ご丁寧にチケットは7枚ある。それぞれに分散して使えという事だろう。
メンバーを考えれば、どう組むかも決まっているようなものだ。
一人で行くハメになる西山君には気の毒だけど、こればかりはどうにかなる物ではない。
「では話は終わりですね。我々はそろそろ行きます。ただ言わせて頂ければ、こちらだってバカではない。全員で生きて日本に帰りたいという想いは同じです。こんな席を設けなくても、結果は決まっていましたよ」
そう言った龍平の言葉は奈々の胸にチクリと刺さっていた。
結局、自分の我が儘で自分の彼氏をこんな状況まで追い込んでしまったのだ。
どうせいつかはこの日が来る。まだ早いと思っていたけれど、実際には遅すぎたくらいだった。
もう覚悟を決めるしかない。
というより、西山君が覚悟を決めているのだ。
もう全て夢として忘れるしかない。
本当の夢に描いた未来のために。
★ ■ ★
こうして二人が出て行ったあと、黒瀬川真理はこの結果に十分満足していた。
必ず説得に応じる事は分かっていた。
成瀬敬一という人物は確かに強い。
スキルも強い。
召喚者として十分に成長し、肉体も強い。
どれほどの困難にも潰されなかった精神も強い。
更には、目的のためであれば自分や他の3人すらこの世界から送還する覚悟がある。
それどころか、自分たちを本当の意味で殺さなければ本体を倒せないなどと言う状況に陥れば、彼は迷わずにそれを実行するだろう。
いったいどれほどの苦汁を舐めればあれほどの精神になるのかは想像もつかない。
だが甘い。目的以外の事に関しては隙が多すぎる。
予想通り、日本に記憶を持ち帰る事になったという事を恋人にすら話していなかった。
たしかにまだ“記憶を日本に持ち帰るという事実”とは言えない状況だ。
そんな事、実際に試すことは出来ない。
だが現実に生きたまま日本に送還することは可能となっている。
しかもこちらに関しては実証済み。となれば、おそらくこれもきっと成功するだろう。
彼の高校までは、電車で2時間もあれば行ける。
一体どんな修羅場が待っているのか、今から楽しみでしょうがない。
どうせ生き残ったとしても――というより敬一が健在なら日本に送還される。
友人の誰もいない、あんな世界に。
待っているのは、マスコミの大騒ぎと友たちの葬儀。そしてなぜお前達は生きているんだという遺族の目。
そんな目に合うのだ。この位の希望はあったって良いだろう。
この愉しみのためであれば、どんな協力も惜しまないと心に誓った黒瀬川真理であった。
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前話の冒頭にある様に、これは死者の復活を黒瀬川が知る前のお話です。
まあ知ったとしても、計画を変えるほど殊勝ではありませんが。






