黒瀬川と二人
――少し日は戻る。
敬一が双子と会うために探究者の村へと向かった日、龍平と奈々は黒瀬川によって、召喚庁の一室に呼び出されていた。
「よく来てくださいましたなあ。さあどうぞ座ってくださいな」
さほど広くない部屋は壁も床も白一色。
そこにあるのは白い長テーブルに8脚の椅子。それにホワイトボード。
少し近未来風の会議室を思わせる部屋だ。
……話には聞いていたが、彼女が黒瀬川真理か。認識疎外はしていないのだな。
龍平からすれば、会った事の無い相手だ。
当時、教官組の下で働いていた自分にとっては雲の上の存在だった。
大企業の平社員が取締役に会うようなものだ。
だが敬一の話では、非常に温厚で物静かだと聞いている。その一方で、何をしでかすか分からない怖さもあると。
それに自分は知らないが、以前は共に戦場に立ったこともあるそうだ。
もっとも、それはあくまで彼女が所属するチームの護衛であり、その中でも保護対象としては最も低かったという。
だが最重要任務の一つであり、そのメンバーと言うだけで、かつてのあいつが重要視していた人間である事は分かる。
そして敬一という人間は、敵意がある相手を決して重用しない。容赦なく排除する。
それだけで彼女の人柄が分かるというものだ。
だがそんな事は龍平には関係ない。
上には従い、下は労う。だが不要となったら切り捨てる非情さも忘れない。
生まれついての政治家であり、同時に複合企業体の御曹司だ。
最低限どころか最高の英才教育を受けて育ってきた。
召喚者のトップ4の一人となれば、どんな相手であろうともごく自然に部下として振舞うことが出来る。
一応敬一からは誰も信じるなとは言われているが、本人はよろしくやっている事を知っている。
いざとなったら、瑞樹の妹が神罰を撃ち込むだろう。
一方で水城奈々もまた、完璧な常識人である。
成瀬敬一に対しては徹底的に甘えたり本音も出すが、対外的にはほわわんとした無害な自分を演じている。
自衛の為でもあるが、同時に将来のために自分の武器を最大限に生かす為の修練でもある。
当然その将来とは成瀬敬一との幸せな結婚生活であり、彼を立てつつ世間との波風を立てない為に選んだ生き方だ。
もちろん、その内に秘めている本質は、敬一に言わせれば武士ではあるが。
そんな彼女だから召喚者のトップの一人に呼び出された時は緊張もした。
彼らに対しては決して気を許すなと敬一にも言われている。
だが立場を考えたら、断るという選択肢は選べない。
ただ気になるのは、いざという時に神罰を撃ち込んでも良いかどうかだ。
まあ西山君が一緒なのだから、いざという時は彼に任せればいだろう。
示された通り、2人とも素直に着席する。
と言うよりも、今は他にする事が無いのだ。
「今日来て頂いたのはですなあ、敬一さん事ですわ」
龍平からしても奈々からしても、そんな気はしていた。
当然それぞれに一芸のある身だ。別の用事も考えられる。
だが二人とも、この二人がペアで付く任務など思いもつかない。
「二人とも、彼の重要性は十分認識しておると思いますが、違いますか?」
双方とも、彼と言われたら対象は一人しかいない。
「あいつの重要性は認識しているさ。俺は知らないが、地球人類を滅ぼした奴を俺と組んで倒したと聞いている。それを成した奴は他にいないともな。今の敵は相当に強くなっているそうだが、アイツならやるさ。俺も協力は惜しまない。日本でやる事がたくさん残っているんでね」
「どんな事情があろうとも、戦わせたくはありません。もう何度、どうして彼なのかを考えました。逃げる事や、やめる事は出来ないのかも訪ねました。けれど、そうもいかないと聞いています。私も詳しい事情は聞いていますし、嘘ではないと信じています。だから今は、本懐を果たせるように協力するだけです」
「二人とも素晴らしい答えですなあ。と言うよりも、彼の周りに居られる人間は、皆そうなのでしょう。本人は自分を普通の人間だと思っているようですが、実際はかなりの影響力をもっております。それにあの生真面目さ。一般人の考える普通の人間は、自分と比べる事を怖れ、関係を持ちたいとは思わないでしょうなあ」
「それはこんな環境と立場に置かれたからだろう。学生時代のあいつは敵こそ多かったが、近づく人間を拒んだりはしなかったぞ」
「私やお姉ちゃんが目的だと察したら、すぐに追い返していたけどね」
「それは全員って事じゃないか」
「自分が言った事をすぐ自分で否定するのも面白いですなあ。セルフツッコミというものですか?」
「ほっとけ」
二人の冗談はともかく、それ故に敵はどんどん増えて行ったと奈々は自覚している。
本当は自分が対処すべき問題なのだが、自分に直接告白してくる人間など数えるほどしかいなかった。
だが断れば、結局その敵意は敬一くんに向かう。
そしてそれは、彼との交際を宣言しても変わりはしなかった。
苦労ばかり掛けているなと天井を見上げる。
そして今も苦労を掛けている。しかも彼一人の双肩に、人類の未来なんて見えもしない――そして自覚すらできない重圧がのしかかっているのだ。
もし本当に神というものがいるのであれば、心の底から文句を言ってやりたい。
そういえば……そんな状態なのに自然に輪の中に入り込んでいた西山龍平君の手際と社交性はさすがだと思う。
個人的には、彼の恋が実って欲しいとも思う。
しかしそれは姉の失恋を意味する。
じゃあ姉が敬一君と付き合って自分が西山君と付き合うかと言われたら、断固としてお断りである。
どんなに金持ちで一途で善人で将来性があろうとも、残念ながらタイプでは無い。それは当然の様に姉も同じだ。
それ故に、分かっていながらも彼を姉とくっつける事が出来ないジレンマを抱えているわけだ。
……悪い人ではないんだけどね。
「その彼の状況をどこまで認識しておりますか?」
「何処までとは?」
「このままですと、安静に寝かしておいたとしても1年。それが、彼がこの世界に留まる事が出来る限度でしょう」
「ちょっと!」
「言って良い冗談と、ですか? 残念ながら冗談ではありません。ましては戦闘ともなれば、致命傷を数発も受ければ彼はもう認知できるところから外れてしまっているでしょうなあ。今の彼は、以前よりも相当に強い。それは、自分の状況を自覚してから顕著です。緊張感のなせる業でしょうが、それで今の本体を倒せるかと言うと、不可能としか言いようがありませんわ」
そう言ってキセルを吸い煙を吐く。
「そこでお二人には、そろそろ決めて頂きたいのですわ。自我を貫いて成瀬敬一という人物を失うか、それともここで覚悟を決めるかですわ」
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