運の悪さはさすがに俺だな
「多分出会ったんだわ。死にかけの本体と、彼にね」
「その時の状況は、よく分かっていないのか?」
「ええ。もう全員散り散りで、その時どこに誰がいるかは把握できていなかったの」
「口を挟んで申し訳ないですが、風見さんはちゃんとやっておりましたわ。そんな状況でも諦めずに、何とか全員を纏めようと――」
「知っている」
「あらまあ、そんな事まで知っておりましたか。それは意外でした」
実際には知らないよ、そんな事。
当然ながら見た事すらない。
だけど風見がその状況で指揮を投げ出す可能性があるかといえば無い。
状況が目に浮かぶよ。
だが彼か――、
「一緒にいたのは緑川か」
「本当に知っておったんですなあ。まるで掌の上で踊るお猿さんのような気分ですわあ」
だから知らないんだけどな。
だた予想が付いただけだ。
「クロノスからの最後の通信は、ほぼ壊れていて殆ど聞き取れなかったわ。だけど少しだけ……言いたい事はわかったの。『やった、緑川がやった! 後はとどめを刺すだけだ』そう言っていたわ。その後の詳しい事はわからないのよ。だけど、ようやくそこに集結出来た時、彼の腕にはクロノスの心臓が握られていたの」
幾つかのパターンは考えていたが、最悪だな。
いや、この状況だ。最初からどんな答えが来ても最悪だと言って良い状態だった。
そう考えれば、まだ幸いだ。
この内容なら、俺たちにはまた話し合う余地が残されている。
「……ねえ、本当に里莉は来るの? なら私はどんな顔をして里莉に会えばいいの? 会ってなんていえばいのよ」
そう言って、彼女は泣き崩れてしまった。
状況から考えて、児玉里莉が死んだのは間違いなくこの戦いだ。
俺がクロノスの頃、彼女は児玉が死んでも俺の前では泣かなかった。
泣いた跡は微かに見えたが、感じた感情は怒りの方が強かった。
そして戻ってからはそれどころではなく、最後は俺に抱かれる事で気持ちに整理を付けた。
だけどこちらでは違う。
初めての指揮。思い通りにならない味方。乱戦の中、ただ何も出来ずに――でも立ち尽くしなどせず、最後まで指揮を執ったのだろう。
「説明、これ以上要りますか?」
「少し待ってくれ」
状況がこれで合致する。
やっとパズルのピースが嵌った感じだ。
言うまでもないだろうが、本体を瀕死にまで追い込んだのは緑川陽だ。一人だったとは限らないが、双子ではない。
もし双子ならそんな状況にはならない。
というか不利にすらならない。
幾らでも分裂してボコボコに殴り潰すだろう。クロノス時代のようにな。
他に召喚者がいた可能性はあるが、これはあまり意味はない。
正しくは気になる点はあるのだが、ここで論じてもおそらく意味はない。
確実なのは、その時点で緑川が正気を失っていた話。その話は事実だったって事か。
そして援軍に来た先代クロノス――ダークネスさんに止めを刺した。
当然一発で倒されるわけがない。
だけど、俺の力は無限じゃない。
この戦闘、そしてその前までの戦闘。
ダークネスさんの話から、相当にダメな状態になっていたと事は分かっていた。
というか双子を襲うようになったら本格的に人としてダメだわ、色々な意味で。
冗談はともかく、もうダークネスさんは限界だった。
だけどもしかしたら倒せていたかもしれない。
その可能性は決して低くはないはずだ。
だけど、援護に入ったダークネスさんを、緑川は敵と認識した。
結果的に、あと一歩まで追い詰めながらも同士討ちによる敗北という形か。
そして奴は死ななかったから、時は戻らなかった。
誰とも繋がらなかった。
緑川が残っていたのはその後も暴れたせいか、或いは他の召喚者が来たから奴が逃げたのかは分からない。
だが結果として、クロノスとしての体は奴に取り込まれた。
それは双子たちの言葉が正しいだろう。
「……罪か」
「あの時の話ですなあ」
あの時点で、緑川は本当にこの件に関わっていない様だった。
今までの事からすれば有り得ない。暴走しても、次第に記憶も元に戻る訳だし。
だが嘘を言っているようには見えなかった。
かつて、奴の同類にされた仲間たちを思い出す。
あまり考えたくはないが、緑川はもう相当に感染しているのではないだろうか。
だとしたら、既に危険な状態じゃないのか?
「緑川は大丈夫なのか?」
「何も覚えてはおりません。ですが今回クロノスが死んだ最大の原因は風見絵里奈の作戦ミスだと信じ込んでおりますな」
そっちじゃないんだが、ここで迂闊な事は言えないか。
「なぜ真実を教えない」
「アイツはクロノスに対して絶対の忠誠心を持っている。敬愛などという次元ではない。長く共に戦ってきた戦友であり、同時に両方の世界を救おうとしていた絶対的な英雄なんだよ。その根底が復讐心だったとしても、目的と覚悟は本物だ。最後は悲劇しかないとしても、決してあきらめる事は無かった。そんな彼にだからこそ、どんなに女癖が悪かろうとも我らは従った」
余計な一言を入れるな。
「だから……私は死ぬの。里莉を殺し、クロノスも殺し、他にみんなも殺した。何も出来なかったから、無能だったから、そこまで先輩たちが繋いできた希望を全て断ち切ってしまったから、だから死ぬの。でも……でも……会えるなら会いたい。でも怖い」
風見は相変わらず立ち上がれない様だ。
こんな姿を見せられるとは思わなかったし、心がチクチクと痛む。
何でもっと、分かりやすく悪意に満ちた嘘をついてくれなかったんだよ。
これじゃ俺の方が悪人だ。
「少し補足させていただきますと、あれは間違いなく全員の罪ですわ。今は里莉さんの事で混乱しておりますが、彼女の再三の指示を聞かず、それぞれが勝手に動いた事が最大の原因ですな。本人もちゃんと分ってはいるのですが」
児玉の事に触れられると、罪の意識が膨れ上がってしまうという所か。
召喚者なら当たり前のようにある不安定さだ。
「それで、先代のクロノスをダークネスさんとして呼びもどした室紗耶華さんとはどういった関係なんだ?」
「その辺に嘘はありませんなあ。あの時も、まだ彼女は召喚されておりませんでしたし。ただその頃には、もう敬一さんをいかに早く召喚するかや、召喚した後どうするかの計画自体は決まっておりましたねえ」
「だがダークネスさんはそれに反対だった」
「もうお分かりですか。まあ資料を見れば分かりますわなあ。あの戦いで消えたクロノスさんが、室紗さんのスキルによってブラッディ・オブ・ザ・ダークネスさんとして復活して4年。数少ない生き残りは、それを機会にもう一度初心に戻るべきだと考えたのですわ」
「初心に戻るとは?」
「本体を倒し、世界に平和をもたらす為ですなあ。その為には、本体を倒す事こそ重視するべきであって、召喚者を育てず、早急に敬一さんを召喚して次世代に託すには反対だと」
「両立は出来ないのか?」
「聞きます?」
「いや、いい」
出来るわけがない。時期的に、とっくに俺は召喚されているはずだった。
だがいつまで経っても現れない中、宮は俺の召喚へと舵を切った。召喚者を使い捨て、殺し合わせ、数を減らし、その分召喚する。
当然召喚者は育たない。奴に勝てるわけもない。この世界の終わりは確定だ……ん?
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本当の更新日は昨日ですが、今月は奇数日→奇数日ときましたので間違えました。
今月も奇数日更新となります。
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