ただ幸せになって欲しいだけさ
「それで解消法も分からないまま、俺は自我を保てないほどに状態が悪化した」
原因は奈々の件だが、あれが風見であった事はもう分かっている。
だがどっちにしろ、あんなことを本人には言えないしな。そこは省くしかないだろう。
「それで……襲ったの?」
目が超怖い。
ただその点に関しては微妙な所だよな。
状況的に考えて、多分ひたちさんが事情を知っていて致したのだと思う。
だけどそれだけでは足りなかったのか、今後の事を考えたのか、とにかくセポナも巻き込まれた。
俺が見境なく襲った可能性も否定はできないが、それはパスしておこう。
とにかく、ここでひたちさんの名前は出せない。
彼氏持ちだし、ならどうして俺といたかを説明するにはダークネスさんの説明が必要になる。
当然ながら、それは最古の4人や樋室さんの事も話す事になるわけで……ダメだな。時期尚早だ。
この件に関しては、今知っている人間以外を巻き込むべき問題じゃない。
これからどうなるかはまだ分からないが、出来れば墓まで持っていきたいところだ。
まあそんな訳で――、
「全く記憶にないんだが、そういう事になる」
《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》
「冷静に言わないで!」
「すまん」
「それで、その後はどうしたの?」
当然ひたちさんはいない事になっておりますので、
「その後はずっとお世話になりました」
まあ居ても居なくても変わらなかったんだけどね。
《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》
「ちょっとタンマ。俺がそろそろもたない」
「ご、ごめんね。ちょっとやり過ぎちゃった」
「いや良いよ。それより、だいぶ楽になっただろ」
「あ、そういえばそのためだったね。うん、確かに凄く体が軽い。それに今考えると、ずっと頭に霧かかっていたような感覚だったのかな。今はなんだか、凄くはっきりしているの」
「それが悪影響だよ。奈々は元が強い分、スキルの使用自体では問題無かったからな。だけど、他の人はみんなそれを何とかしようとしているんだ」
「そうだったんだ……」
「ただそれももう他人事じゃない。奈々の成長が思ったよりも早かった。もうスキルを使わなくても、ただいるだけで悪影響に蝕まれて行く事になる」
「そうか、なら敬一君も?」
「俺も同様だよ。日常を過ごすだけで影響してくる。スキルを使えば、当然それだけ加速する。ただ俺たちはそれぞれタイプが違う。奈々の場合、精神が破壊される。
多くの場合は破壊衝動に蝕まれ、最後は自滅する。そして俺の場合は……以前目覚めた時に話した通りだ。この世にあるけど存在されない。誰にも認識されない影法師となって彷徨う事になる。まあこの世界から完全に外れてしまうんだな」
「……じゃあ」
「言いたい事は分かるが、遠慮は無用だ。奈々が嫌がっている事は十分知っているけど、俺も俺で、今消えるわけにはいかないんだ。それは分かってくれ」
「そうだね。なんだか、お互い大変だね」
「まったくだ」
何かが面白かったわけじゃない。
だが自然と、二人とも笑ってしまった。
ただこの理不尽に対して、笑う事でしか対抗できなかったんだ。
「そういえば目覚めた時といえば、お世話になった人が二人いるって言っていたよね」
……言ってしまっていた。
「一人はセポナちゃんとして、もう一人は誰だったの?」
「それは話せない。実はその人はね、俺のために送り込まれた人で、ちゃんと恋人もいるんだ」
「どういう事なの?」
「そのままだよ。俺の悪影響を解消する。そして俺の護衛をしながら、同時に俺を監視して報告する。その為に、彼女は俺と共にいた。だけどもう過ぎ去った過去の話で、今はそもそも最初からそんな事は起きなかった。だから今は俺の事なんて知らずに恋人と幸せに暮らしている。だから、彼女の存在は知らないであげて欲しい」
「そっかー」
そう言いながら、奈々天を仰ぐ。
空は青く、雲は殆ど無い。
焼けた地面が蜃気楼を見せているが、それは無視しよう。とにかく空は綺麗なものだ。
「ねえ、それって辛くない? 私が言うのもおかしいけど、その……敬一君はそういう所、誠実な人だから」
「未練は無いよ。確かに俺は彼女と関係を持ち、救われた。だから今の俺がここに居る。感謝しているし、幸せになって欲しい。ただそれだけだよ」
「そうなんだ」
「ああ。それにもうセポナに手を出す事は無いかな。確かに何というか、彼女といると安心する。辛く厳しい中でも、彼女がいてくれたおかげで生き延びた。互いに心も通じ合っていたと思う。ただの刷り込みや吊り橋効果かもしれないけれど、確かに愛があった。それに彼女は、俺が奈々も元へ行くための囮になった。何も言わずに……確実に殺されてしまうのにな」
「ちょっと、それって!」
「当然助けたさ。俺がそんなに薄情なわけがないだろう?」
「うん。安心した。やっぱり敬一君は、私が愛した敬一君だ」
ああ、なんて眩しい笑顔なんだ。
これで草原のままだったらさぞ映えるだろう。
今では焼けこげた岩石の上だが。
「そういった訳で、彼女は大恩人なのさ。でも、彼女は彼女でこの世界の恋人を見つけて欲しい。俺と共にいたってな――」
ケーシュとロフレが心に浮かぶ。
そう、俺は歳を取らない。子供も残せない。
もちろん、二人が不幸だったなんて失礼な事は言わない。
でもセポナとは、まだ始まってもいない。
もし彼女を愛という鎖で拘束なんてしたら、俺はどんな気持ちで彼女を看取ればいいのか分から無いよ。
「まあそんな訳で、しばらくは先生を続けてもらうつもりではある。主に彼女の生活のためにな。だけど性的な目で見ているわけでも、手を出すつもりで囲っているわけじゃない事も分かってくれ。ただ……もう俺の心の中にだけある……だけど返しきれない恩を、少しでも返したいんだよ」
出会いは最悪だった。
だけどその後の旅。そして生活は、本当に楽しかった。
もし奈々との間に子供が出来たら、セポナと名付けたいくらいだ。
絶対子供に恨まれるからやらないが。
「色々と大変なんだね。私の知らない敬一君。絶対に離れる事も隠し事も無いって思っていたけど、色々とあったんだね」
「それに関しては、本当にすまないと思っている」
「ううん。それは良いの。今まで聞いた話も、ほんの一部なんでしょ? 特にクロノスって名前になってからは――」
「そうだな。詳細に語ったから、それこそ何十年になるか分からないよ」
俺は全部覚えている。
俺を支えてくれたみんな。召喚者も、ラーセットの人々も、南のハスマタンの彼女も。
本当に、語り切れないな。
「だからその件に関しては良いの。もう私の常識なんて及ばない世界。そんな世界でも、敬一君は頑張って、戦った。その過程で沢山の事があったと思う。でも、今の敬一君を見れば、絶対に間違ってなかったと分かる」
両手を広げて、くるくると周りながら、踊るように話す彼女は何処か楽しそうで、そして何処か誇らしげであった。
「それでお姉ちゃんの話に戻るけど、つい最近にも手を出したでしょ。これで何度目?」
一転して目が据わっているこれはマズイ。まだ最初です、こちらではとか言いようがない。
というか俺はもう限か――、
《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》
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