我ながら酷い浮気者だ
いてえ。だけど今はそれどころじゃない。
今の俺の上には、騎上位の態勢で先輩がいる。
「ハッキリ言うね。私は敬一君に抱かれる覚悟は出来ているの……ううん、これは違うわね。もう逃げない。抱かれたいの。今の敬一君を何とかしたいとか、そのこの世界を襲う怪物を倒すとか、そんな事もどうでも良いの。ただ単純に、私が貴方を求めているのよ」
先輩の表所は真剣そのものだ。
だけどそれは――、
「奈々の事はどう思っているんですか?」
「奈々には申し訳ないと思う。だけど、地球に戻ったらここでの事は全て忘れるのよね?」
「それは間違いないです」
実際に体験しているわけだし。
「なら、今は夢で良いじゃない。日本に戻れば、私はこの想いを心に秘めたまま貴方たちの幸せを見守るわ。お姉ちゃんだもの。でもここは違う。ここで起きた事は全て幻。ならせめてこの世界にいる時だけは、私の夢を叶えさせて。日本では、決して敵わない私の夢を」
そう言いながら、静かに口づけをする。
俺にはもう抵抗する気は無かった。
言うまでもなく、全部黒瀬川の計画だ。
確かに悪影響のケアを考えたら、奈々が一番だと思う。
悪影響のケアとは言っているが、実際には精神をどこまで安定させるのかって話だし。
だけどその彼女がハッキリと拒否している。
なら次に俺を一番安定させる存在。姉として、或いは母の様に、常に俺たちを包んでくれていた存在。
そしてそれは、こちらでの生活でも変わらない。
その様子を見れば、黒瀬川が目を付けるのも当然だな。
今のペースでは、自分とフランソワだけでは足りないと判断したのだろう。
なんて冷静に考えるふりをしてもダメだな。俺もまた、先輩を求めていたんだ。
「瑞樹」
「嬉しい……敬一くん……敬一」
その時の先輩の顔は、あの時の先輩よりもずっと嬉しそうに輝いていた。
★ ※ ★
全てが終わっても、なぜか心に背徳感も後悔も無かった。ただ嬉しかっただけだ。幸せなんだ。
以前はずっとこんな関係だったからだろうか?
それとも、あの時よりも上手に出来たという充実感が俺を満たしているからだろうか。
すやすやと眠る先輩に下着と寝間着を着せ、俺との痕跡は全て外す。
もちろんシーツのアレも。
でもバレそうな気がする。注意しろよ、俺。これからが正念場だからな。
こうして俺は、何事も無かったかのように聖堂庁へと跳んだ。
さて、冷静になるのだ俺よ。ダークネスさんの様に……いや、なんか余計に不安になって来たからこの考えは捨てよう。
とにかく、決して顔にも態度にも出してはいけないぞ。
これから奈々とデートの日取りを決めないといけない。
というかデートと言うよりも、奈々のストレス発散だけど。
楽しく食事をして、楽しく買い物して、そして神罰をバンバンくらうのだ。
そう考えると、案外ラーセットの外に出てもいいかもしれない。
あの自然の雄大さに比べれば、人間の存在など小さなものだ。
きっと彼女も気にいてくれるだろう。
バンバン神罰をくらう点は変わらないけどね。
ただ街中と違って被害を気にしなくて済む。
予定通り、奈々たちはこの世界の文献を見ながらセポナから説明を受けていた。
丁度郊外の自然関係の書物だ。これはベストタイミングかもしれない。
「やあ、揃っているね」
「あ、遅いよぉ」
「用事の方はすんだん?」
須田亜美と岸根百合は普通に話しかけてくる。
セポナはぺこりとお辞儀をしただけだ。まだ少し警戒が見える。
まあ彼女からすれば、身に覚えがないのに恩人だと言い張る、怪しいが自分を生かしてくれる人間だ。打ち解けるにはまだまだかかるか。
ただ問題は奈々だ。
大丈夫。全ての痕跡は外してきた。
ただ俺は顔にすぐ感情が出る。ここは押さえろって……いや、その考えがもう最低な浮気者だぞ。
その奈々は一言も発さずにこちらを見ている。
様子がおかしい。もうバレたの? なぜ?
いやいや、まだそうだと決まったわけはない。
でもいっその事、これはきちんと話すべきだろうか?
ただ壮絶な姉妹喧嘩の引き金になりそうで嫌なんだよな。
でも彼女には隠し事はしないと誓った。やはり正直に話すべきだろう。
けどそれは今では無いはずだ。
だめだ、難しすぎる。
「召喚庁での用事は終わったよ。結構重要な事が決まったけど、当面は代わり無いよ」
「何が決まったの?」
ようやく奈々が口を開く。
あれ? 何処か不機嫌とかそういったわけじゃない。いつもの奈々だ。
さっきのは何だったんだ?
俺の後ろめたさが生んだ勘違いか?
けれどそれはこの際良いだろう。
「しばらくの間は自由行動だよ。ただ迷宮はまだ大変動が起きて間も無い。危険も多いから、1月くらいは俺も一緒にいるよ」
「え? その後は?」
「ちょっと事情があって、召喚者のグループが別の場所に住んでいるんだよ。そこにちょっと用事があって、1週間か2週間は離れるんだ」
「へえー」
「そういう人もいるんだねえ」
須田たちは相槌を入れるが、奈々はうんうんと頷いただけだ。
やっぱりどこかおかしいな。
でも負の感情はやはり無い。
スキルの悪影響であれば、すぐに分かる。だけどこれは違う。
だけど暫く一緒に動すればわかるだろう。
「それでその前に、奈々、デートに行こう」
「あらあら」
「まあまあ」
「はい、セポナちゃんはこっちね。ここはお若い二人だけに任せましょう」
いや岸根百合はともかく須田は同い年だろうが。
でも気を利かせてくれたと考えれば悪くはない。
「それでさ、場所はラーセットの外にしようと思ったんだ。ここは壁があるから外が全く見えないだろ。俺も初めて外に出た時は、手つかずの大自然に感動したよ。きっと奈々も気に入ってくれると思う」
「……来る」
「え?」
その途端、鈍い地響きを感じた。
召喚者くらいしか分からないであろう、微弱な振動。
だけどおかしい。この世界には、地震は一切ない。
これもクロノス時代に十分学んでいる。
……いや、違うぞ。これは別の形で感じた事がある。
そうだ! 火薬。
フランソワが作ったパンジャンドラムの大爆発。あの時感じた振動に似ている。
まさか――、
そう考えると同時に、ラーセット中にサイレンの音が鳴り響く。
そして右往左往しながらも、信者たちの誘導を始める神官たち。
これは――「奈々!」
彼女は何か感じ取っていたのか?
「何かが来る。とても強いのが沢山。私のスキルが言っているの。あそこだ、滅ぼせって」
スキルがどのように生まれたのかを俺は知らない。
だけど奈々のこのスキルは、今この瞬間の為にあった事を理解した。
『召喚者は全員中央セーフゾーンへ集合。教官組は門上にて待機。責任者は全員召喚庁へと集合せよ』
サイレンに混ざって、小さいながらもはっきりとした指示が聞こえる。これは宮の声だ。
そしてもう考えるまでもない。
奴が――来たんだ!
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