ここが一ツ橋の工房か
こうしてフランソワの案内で一ツ橋の拠点へと辿り着いたのだが……。
「それで、ここで間違いないのか?」
「ここが一番落ち着くそうですよ。上は慰霊碑になっています。といってもご存知ですよね。クロノス様が初めて召喚された場所です」
「ああ、よく知っているよ」
ここは下水で、ここから上に行くと俺がクロノスとして初めて召喚された場所へと出る。
そしてこの道は、追放されてからラーセットに戻った時、地上に出るために使った道だ。
「ここの少しだけ色の違う石を押せば開く仕掛けです」
俺、あの時ここ通ったわ。
警戒心は強そうだったが、あの話で裏付けも取れた。
今の俺たちは間違いなく見られているし、あの時もそうだな。
抹殺命令はまだ教官組には出ていなかったと思うが、あの怪しい俺をよく見過ごしてくれたものだ。
まあ納めるものさえ納めれば何をしてもOKだそうだし、多分有象無象の見慣れない召喚者程度にしか思っていなかったのかもしれないか。
「では行くが、フランソワも付いて来てくれ」
「え、でも」
「良いんだ。二人に用事があるんだよ」
「そういう事でしたら」
俯きながら、制服の裾を掴まれる。よほど嫌らしいが、俺が言うから行くという感じか。
それにしても、こうしてちょっと拗ねて下を向いているフランソワは可愛い。
いやいや、そんな考えは禁止。
しかし改めて考えると、この制服は何代目だろう。
僅か数日の間に、何度もボロボロにされたなあ。
こうしてスイッチを押すと、壁は地面に潜るように沈んでいった。
一切音がしない。もっとこう、ゴゴゴゴとか、石同士が擦れ合うようなガリガリといった感じの音がすると思っただけにちょっと驚きだ。
さすがというか何と言うか、凄い技術だな。
そしてそれこそが、今更音で知らせる必要などない事を如実に物語っていた。
扉の先は、どことなくフランソワの工房を思わせる造りだった。
こちらもしっかりと素材は分類され、几帳面さをうかがわせる。
ただ一ツ橋の姿が無い。
「留守だったかな?」
「留守なら開きません。敬一様のご来訪です。さっさと出て来なさい」
「持っているのは命令権だけでは無かったのか? まあそれが命令なのであれば仕方がない。敗れたのは事実なのだからね。素直に聞く事にしよう」
石壁の一角が先程と同じように開き、車椅子に座った一ツ橋がゆっくりと近づいてきた。
自力で歩けるはずだが、まだあの戦いの後遺症が……は無いか。
こちらの方が楽なんだろうな。
姿は相変わらずの紫の包帯を全身に巻いたミイラ男。
手足が不自然に長く、おそらく何かを仕込んでいるのだとは思うが……なにせ坪ヶ崎雅臣君の例もあるし、今のようになった事情も聞いた。
もしかしたら、本当に違う姿なのかもしれない。
だけどこの件に関しては余計を詮索はしない方が良いだろうな。
「今日来たのは君たちに見て貰いたいものがあるからだ」
「見せたいモノ? ああ、フランソワを連れて来たのはそういう事ですか。相変わらず良いご趣味で」
ダークネスさんどんな趣味だったんですか?
「何を考えているかは知らないが、見せたいモノはこれだ」
そう言って、ポケットからドサドサと素材を取り出す。
フランソワの工房から貰ってきたが、大量の物が入る袋は宮から貰った。
初めて見た時は羨ましかったものだが、クロノス時代はあんまり使わなかったな。
自分一人なら大荷物を持ち歩く必要はなかったし、集団で行動する時は風見が持っていてくれたから。
取り敢えず持って来た物は虹色に光る鉱石だの青い鉱石だの緑の鉱石など……まあ殆ど鉱石だ。
「多少珍しいものもありますがね。まさかその程度の物を見せて私が驚くとでも? いや、驚きはしましたね。そんな物をドヤ顔で出すとは思いもしませんでしたよ。ハハハハ……おっと」
咄嗟に左手で庇うが、それを貫いて左胸まで剣が。
更には直上から肩から車椅子まで長槍が貫いた。
ちょっと焦ったが血の一滴も出ない。やはり包帯の下は興味本位に聞いてはいけなさそうだ。
それにしても――、
「落ち着けフランソワ。殺すつもりか」
「この程度で死ぬのなら、誰かを新しい教官に昇格させるだけです」
「今教官なんて出来るような奴はいないだろう」
「確かにそうですが……」
ここでこうも素直に認めるって事は、咲江ちゃんはまだまだと見られているか。
確かに戦闘力なら立派に初見殺しだが、対象が召喚者などの人間や一部の動物に限られているし。
何より、教え導くものという意味での教官になるには経験不足は否めない。
ちょっとシビアだが、俺がクロノスだった経験を元にした評価だ。
本人は……まだまだあの感触は残っている。奈々がいる身でありながら、俺も最低だな。
いやまあそれは置いといて――、
「大体半日くらいで出来る。驚くのはそこからだな」
こうして新しい塔を作りながら、俺はフランソワと一ツ橋にどうしても聞きたかったことを聞いた。
「召喚の塔を見た事はあるか?」
「塔と言われましても」
フランソワは顎に人差し指を当てて首をひねる。
「召喚の間の奥にある部屋にでもあるのだろう。だがあそこは一切立ち入り禁止の聖域だ。教官組で入ったものはいない。だから塔と言われても知った事じゃないな」
そう言えばそんな事を言っていたな。
しかし――、
「まあそこにあるものが何であれ、召喚に関わるものだって事は分かっているんだろ?」
「はい。おおよそは」
「その程度、サルでもわかる。もうこれ以上の話は煩わしい。そろそろ出て行ってくれないか?」
「それがそうもいかなくてな。これから作るものは、お前たち二人がかつて作ったものだ。遠い未来ではあるが、過去とも言える。そんな時間の彼方で作られた奇跡のようなものだ。その成果を、実際にその目で見てもらいたい」
「意味がちょっと分かりませが、分かりました!」
フランソワはとにかく理解しようとしてくれたようだ。
ただ一ツ橋は――、
「馬鹿々々しい。戯言は帰ってから壁とでも話していろ」
そう言って車椅子をターンさせる。帰る気マンマンだ。
「まあ待てよ。お前も不思議に思っていなかったか? 塔のアナウンス、あれはお前の声だろ」
「……そのせいでどれだけ苦しんだか、貴様に分かるか!?」
俺の周りの床がボコボコと泡立ち腐臭を放つ。
取り敢えずフランソワを制止し、務めて冷静に言った。
「あれを作ったのも、大昔のお前なんだよ」
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