一ツ橋は優しすぎたのだと思うな
「いったいどんな状況だったんだ?」
聞くまでもなく、一ツ橋がやった事は間違いなさそうなのだが、先入観は厳禁だと、もう散々思い知ったからな。
「詳細は……そうですね。あまり愉快な話では無いですが」
「それは今更だな」
「確かにそうですね。失礼しました」
こうして、フランソワは当時の状況を話してくれた。
最初に聞いた通り、一ツ橋は弱者として、そのチームからはいじめの対象になっていた。
そしてそれは、リアルとは比較にならない次元のものだ。
罠や危険を確かめるために単独で先行させられたり、強敵相手にどうしようもない時は囮にも使われた。
どれも、心的ストレスだけじゃない。直接命に関わる事だな。
それでも彼はチームのために働いた。
どのみち、日本に帰れば全ては忘れるのだ。そう考えて我慢していたのかもしれない。
実際の所、チームの中では彼がもっとも強かった。
だからこそ耐えられたのかもしれないが、フランソワからかすればそれは侮蔑の対象だったらしい。
ここは力こそが全てという価値観になっているからな。
そんな彼らが、貴重な宝を手に入れた。特別な防具と、大規模な特殊鉱石。
どれも帰還の代償になるという代物だった。
ただ帰還といってもなあ……素晴らしいアイテムを見つけたら処分されるというのも酷い話だ。
だけどあのシステムだしな。それだけの力を持つ者にはこの世界から消えてもらう方が得策だったのだろう。
話しが逸れたが、彼らはそれを持ち帰る事になる。しかし、運悪く大変動が迫っていた。
普通に考えれば近くのセーフゾーンに退避すればいい。
だがそのチームはやり過ぎた。
というより、何をしても許される環境が正常な判断を麻痺させたのかもしれない。
彼らは決してやってはならない事をした。
このアイテムを持ち帰るのは自分たちだけで良いと考えてしまったのだ。
「後で聞いて話ですが、一ツ橋は絶望したそうですよ」
彼らのチームには、ミラーハウスの様に幻影を迷宮に投射する者。限定的ながら壁を作れる者。音や声を別の所へと移せる者がいた。
彼らは共謀し、一ツ橋を迷わせた。
大変動までの時間は迫っている。だがいつまで経っても仲間と合流できない。
そして彼は気が付いた。自分は殺されるのだと。
その時、どんな気持ちだったのだろう。
こう言っては何だが、俺の知る一ツ橋はそんな時、素直に諦める性格をしていた。
周りが自分を必要としないのなら、自分はこの世に必要ない。そんな考えの奴だったんだ。
だからこそ、フランソワと塔の改良に成功したと知った時は心底喜んだものだよ。
「そうこうしている内に、彼は大変動に巻き込まれました」
「馬鹿な!」
大変動はセーフゾーン以外の全てを作り替える。それは何度も確認した。
セーフゾーン以外にいて助かった人間は、召喚者も現地人も等しく存在しない。
その作り替える過程で、全てが一度埋まってしまうからだ。
俺だって、そんな状況には耐えられない。外すよりも埋まる速度の方が遥かに早いのは、一度見て分かっている。
「彼は自分の周囲を腐敗させる事で自分の身を守ったそうです」
「その程度で守れるのなら、何人も生き残っているさ」
「そうですね。予想よりも彼の力が強かった事もありますが、大変動に堪えるための最適なスキルだったという事もあります。それでも、やはり召喚者といえども人間。大変動により体は潰れ、千切れ、更には腐敗させた壁に押しつぶされて、彼はもうただの肉塊の様になっていたそうです。それでも死ななかったのは執念でしょうか? それとも怨念、或いは復讐心。とにかく生き残った彼は、そんな状況にもかかわらず意識を失わなかった。そして秘蔵の薬を使ったそうです」
「よくそんな状況で薬が残っていたな」
「腐敗した体内に入り込んでいたそうですよ」
想像してしまった。あの可愛らしかった一ツ橋がそんな状況になっていたのか。
「大変動の時間自体は何日もかかるようなものではありません。それも幸いしたのでしょうか、とにかく彼は生き延びました。ただ持っていた薬では不完全で、彼の体はボロボロと溶け崩れていったそうです。それでも、何とかセーフゾーンへと辿り着いた。妨害されていただけで、実際の距離が近かったことも幸いですね」
真面目な話だから当たり前だが、フランソワの話に浮ついたところは無く、それ故にその後も想像できた。
「そこに居たのは戦利品の分配でもめる仲間の姿だったそうです。彼は助けを求めましたが、もうその姿は人の形すら保っていなかった様です。本人の報告では、自分は腐ったナメクジに酷似していただろうと報告にあります」
それでも生きていたのは……なる程。スキルがそういった方向に強化されていたのか。
自らを腐敗させる事で、逆に生きるために不必要な機能を全て切り離せるように。
「そして彼らは言ったそうですよ。一ツ橋を見て、怪物が入り込んできたと。すぐさま4人は臨戦態勢に入ったそうですが、4人は宝を持って逃げていたそうです。その時、どちらに対処しようか迷ったそうですが……」
「まとめて始末したんだろ」
「その通りです」
彼と戦った時、射程範囲はかなり長そうだと感じた。
床を腐敗させた時、相当に余裕があったからね。
しかしそうか。予想はしていたが、あの変貌の原因は人間不信。それも裏切りと追放か。
どことなく親近感が沸くよ。
だけど、状況としては一ツ橋の方がきついな。
それにしても、最も強い彼が最も弱い立場でそんな状況になるまで耐えていたのか。
どれほどの葛藤があったのかは分からないが、最後の瞬間、彼の気は晴れたのだろうか?
……考えるまでもない。力試し試しで戦った時、彼は明らかに死にたがっていた。
だけど与えられた役割を果たす為、今もまだ死ねずにこの世界で働いている。
執念か怨念か復讐心……どれも違うな。ただ理由を知りたかっただけだと思う。どうしてこんな事をしたのかと。
「じゃあ彼に会って来よう。場所は分かるか?」
「同じ教官組ですから、場所は分かります。ご案内いたしますね」
真面目な話が終わり、全身からウキウキオーラを出し始める。
「そうだな。でも嫌いじゃなかったのか?」
「敬一様が行くのですから。ただ向こうもわたしの事は嫌っていますから、案外わたしとは会わないかもしれません」
「何かあったのか?」
「何も無いからです」
納得した。接点はないのに嫌われている。だから友好的になる理由も無いし、おそらくその気も最初から無いのだろうな。
フランソワが彼を嫌う理由も大体分かったな。環境が変わっても、やはり彼女の根は変わらない。
見かけの可愛らしさに惑わされがちだが、物凄く意志が強い。これと決めたらやり抜くし、決して曲がらない。
それでも周りと上手くやっているのは、譲れる領分はちゃんと相手に譲っているからだ。
彼女ならそんなチームはさっさと抜けるし、それで自分に危害を加えようとしたら容赦なく殲滅するだろう。
だからそこまで追いつめられてからようやく動いた一ツ橋は、彼女からしたら状況に流されて復讐しただけの、主体性の無い人間となるわけか。
だけど、来てくれるのならありがたい。
今すぐは無理でも、あの塔は二人の成果だ。それぞれの理論が複雑に絡み合った芸術といってもいい。
本人たちも、おそらく見れば気が付くだろう。
それが、互いの距離を近づけてくれると助かるんだけどな。
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