爆弾発言は止めて
翌日から召喚された9人の講習会が始まった。
14人からいきなり減ったが、3人は帰還。それに安藤秀夫と入山雄哉は早くもチームを組んで迷宮入りしたそうだ。
どちらも例のチームだな。
龍平が言うには、この辺りは前と同じらしい。
但し、本人はさっさと吉川昇って奴のチームに入ったから参加はしていなかったそうだ。
先輩に記憶は無いし、奈々も同じくだ。
というか、奈々には最初に召喚された時の記憶はない。あるのは俺に召喚され、そのまま送還されたほんのわずかな時間だけだ。
やはり記憶があるのは一度日本に戻ってから再召喚された場合。
それも、日本に戻されるまでの記憶までだな。
この二人の例は実に分かりやすい。
俺がまだ敬一と呼ばれていた頃の奈々は日本へは戻っていない。
だからその頃の記憶はない。
龍平は一度日本に戻り、再び召喚された。
だが、再び召喚された龍平は日本には戻れなかったのだろう。或いは自分の意志で戻らなかったか。
どちらにせよ、今の龍平にあるのは最初に日本に戻った時までだ。
実は、この時代には俺がクロノスの頃に日本へと帰し、今も生存している人間がいる。
彼は果たしてどうなのだろう?
召喚された時には、以前の記憶や力はあったのだろうか?
それとも普通の召喚者と同じなのか。
だけどすぐに目覚めたのは俺が初めてだという。
望みは薄いな……。
それはともかく、講習は教官組が行った。この辺りはひたちさんや咲江ちゃんに聞いていた通りだった。
午前中は木谷から迷宮から産出される鉱石や、稀に出土するアイテムなどの話を受けた。
それらを一定数――或いは特別な品を持ち帰る事で、力の一端を得たまま日本に帰還できるという。
嘘っぱちだけどな。
だけどこの辺は変える時間が無かったし、そもそもいきなり変わったら今まで召喚された連中と揉めるのは必定。
結局今のままで行くしかない訳だ。
講師は木谷がメインで行ったが、フランソワや荒木が担当する事もあった。
彼らの担当は午後だが、基本的に講義は午前のみ。
午後は最初のセーフゾーンから迷宮に入っての実地体験と、スキルの自主練、それとこの世界の町を自分で見て回る事が主だ。
それでも専門的な話は、たまにこうして午後に行う様だった。
ちなみに講義を行っている最中のフランソワはベテラン講師のそれで、私情は一切感じられない。
だけど最初と最後にはしっかりとアプローチを駆けてくる。
困ったものだ……というより、実はフランソワの講義初日に事件は起きた。
「クロ……敬一様。初めてわたしが担当ですね。でも退屈では無いですか? あの夜の話では、私が教える事など無いように思いましたが」
「あの夜?」
奈々がジト目でこちらを見ている。
うん、分かるよ。だってフランソワが付けている香水は、あの晩と同じものだ。
きっとダークネスさんが好きだったんだろうね。
それでクロノス――まあ今は俺だが、会う時には付けているわけだ。
ただの偶然かもしれないが、以前戦った時には付けていなかったからな。
「ねえ、その子とはどんな関係なの?」
当然聞かれるよな。
というかその子と言っているが、もう奈々よりも遥かに年上だぞ。
体はまあ……中学生の頃から成長しないのは召喚者なのだから仕方がない。
「これは失礼しました。敬一様の彼女様ですね」
「あら、彼女だなんて」
ちょっとだけ顔を赤らめて頬が緩む。
向こうじゃ知らない人間はいなかったが、やっぱり改めて言われると俺も照れるな。
自分にまだそんな若々しい感情が残っていた事に驚きだ。
「わたしは教官組のフランソワ。主に機械系の採掘品や、地球の技術を取り入れたアイテムの解説を担当しています。迷宮ではそれらを使った実習も行いますよ」
へえ、ちゃんと先生をしているんだな。
「夜は敬一様の性処理を担当させて頂いております。あ、正妻の座を取ろうなどと言う事はありません。ただ敬一様に“使って頂く事”がわたしの幸せですので」
一瞬にして空気が凍り付く。その言葉と同時に、初日という事でフランソワを紹介した木谷は早々に逃げ出した。
荒木がいたらどうなっていたかと思うが、アイツこの日はいなかったんだよな。
「敬一君、ちょっと」
奈々が恐ろしい力で袖を引っ張るが、その表情には何の感情も無い。
人間、感情の行き場を無くすとこうなる事は医者になる過程で知っていたが、まさか奈々のこんな顔を見る事になるとは思わなかった。
というか怖い、怖いですよ。
「大丈夫だ、奈々。クロノスという存在が入れ替わりながら輪のように時間をグルグル回っている話はしただろう。彼女はこの時代のクロノスの配下だったんだよ」
「でもハッキリと“敬一様”って言っているよね」
空気がパチパチと音を鳴らす。比喩ではない。以前受けた雷撃や熱線でもない。瞳に浮かぶ強い紋章。そして多分、似たスキルを持つ俺だから分かる。この音は、周囲の空間が破壊されている音だ。
まずい、これ下手をすると他の人を巻き込むぞ。
「それに関しては、今はほら、ちゃんと説明するけど、この時代のクロノスは今色々と複雑なんだよ。とにかく今は落ちついて」
「そうです。どうぞ気を沈めてください。それに私が知る限り、奈々様は敬一様と肉体関係にはありませんよね」
「と、と、当然でしょ。そりゃね、将来は、その、一緒になるけど。私たちはまだ高校生で、とにかくまだ早いの」
「ええ、だからこそわたしの様な存在が敬一様には必要なのです。敬一様のスキルに関してはお聞きになりましたか? 他とは比較にならない汎用性と持続力。ですがその弊害もまた、他者とは比較になりません。死ぬ事すら許さず、やがてはただ彷徨だけのモノになってしまうのです」
「そ、それは……聞いているけど」
「……」
奈々と先輩の反応はそれぞれ違うが、さすがにこの問題は難しいよな。
というか先輩がした今の反応……もう聞いていたのか?
「ですからわたしの様な性処理係が必要なのです。お二人は今まで通りの関係をお続けください。夜はわたしに任せて頂いて大丈夫です」
胸に手を当て、胸を張って堂々と宣言するフランソワ。
多分本人に悪気はない。
考えるまでもなくダークネスさんがクロノスだった頃に、俺と奈々がプラトニックな関係だった事は聞いている。
そして当然、先輩とも関係を持っていない事も。
もうどんな状況で話したかも想像がつくわ。自分でもしたし。
今のダークネスさんはもはや残滓ではあるが、クロノスだった頃は普通に俺だ。
あの歳になると、もう自分自身が奈々と恋人同士になる事など考えていない。
だからと言って先輩を口説いたりもしない。
普通にスキルの悪影響を排除して自分自身を維持しながら、奴や人間との戦いに明け暮れたのだろう。
前の俺は話術が巧みだったそうだが、いったいどれほどの女性を口説いたのやら。
というかさ……ここ講義の場なんですけど。
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