二人の気持ち
その頃、隣の部屋ではやはり奈々と瑞樹がこの世界の事を話していた。
「そうなんだ。奈々は敬一君がもっと大人になっていた時に、一度この世界に来ていたのね」
「何も教えてもらえずにすぐ戻されちゃったみたいなんだけどね。ただ酷いのよ。敬一君ってば、私に名乗らなかったのよ。しかも女性を二人も侍らせていたし」
そう膨れながら話す奈々を見ながら、瑞樹は『フグみたい』だなーと暢気に構えていた。
「それはうーんと……秘書みたいな感じだったんじゃない? 敬一君は浮気なんてする人じゃないでしょ」
「それがねー、もう何人もの女性と関係を持ったんだって」
「え……」
妹の目が据わっている。これは間違いなく嘘は言っていない。
それにしても、そんな告白をしてなぜ敬一君は無事なんだろう?
瑞樹の疑問はそちらの方に傾いていた。
「こっちに来てね、事情を話してもらったの。敬一君が背負わされた運命や、元となったスキルの事。それにスキルの悪影響の事もね」
「スキルの悪影響? これって何か問題があるの?」
「それは明日からの講習で聞くことになるんだけど、スキルは使い続けるとどんどん精神面が不安定になって来るんだって。その解消方法は人それぞれなんだけど……あの……敬一のスキルは凄く特殊で、常に待機状態で自動発動。それに悪影響も他の人よりも強くて……その……」
「その?」
「解消するには女の人とえっちな事をしないといけないんだって」
瑞樹としては簡単に答えられるような問題でもない。
長い沈黙が支配する中、考えに考えて――、
「スキルに関して詳しい事とか、お姉ちゃんまだ何も知らないの。だから今ここで簡単に答えるのもどうかとは思うけど、やっぱり敬一君がそうしたのなら、本当にそうしなくちゃいけないほど追い詰められたんだと思う。まだ来たばっかりだけど、ここが違う世界だって事は肌で感じるもの。日本にいた頃の常識が必ず通用するとは限らないわよ」
確かにその程度の事は奈々だって理解している。
腹を切らせようとしたのだって、半分は脅しでしかない。
ただ話したいのはそんな事ではないのだ。
今度は奈々が長い沈黙の末に、衝撃の告白をする事になった。
「ねえお姉ちゃん。お姉ちゃんって、敬一君の事が好きでしょ」
「な、な、な、何を言いだすのよもう!」
顔を真っ赤にしてぽかぽかと殴る。
だがそれでも気持ちは落ち着かない。
「お、お茶でも入れるわね。ええと……あ、あった。これがマニュアルね。お茶の淹れ方は……これね。ええと、青い粉が日本人向けで、緑の粉が現地の人が訪ねてきた用と……な、なんだか面白いわね。それでお湯は……」
「詳しい事は教えてくれなかったけど、敬一君は、初めてこの世界に召喚された時に追放されたんだって」
「え、初めてこの世界に召喚? 追放? どういうことなの?」
「私もこんがらがっちゃって、上手く説明できないの。でも敬一君にとって、今この時は2回目。1回目は追放されて、酷い生活をしていたんだって」
瑞樹からすれば想像すらしていない荒唐無稽な話だ。
だけど、妹やそれを話した敬一を疑う気にはならなかった。
「そこで生きるために何人かの女性と関係を持って、何とか地上に出て私たちと合流しようとしたの」
「うん、そんな状況なら仕方なかったのかもだけど……」
とは言いつつ、”何人かの女性と関係を持って”の部分は複雑だ。
一人だと、追いつめられたとはいえその女性を選んだという事だ。それはそれで大問題だが、“何人か”というとまた困る。
女性なら誰でも良い人間だとは思いたくはない。
ただ妹はもっと複雑な想いであることは容易に想像がつく。
「だけど、私は警備が厳重で会えなかったんだって。だけど、お姉ちゃんとは合流出来たんだって」
「そうかー。でも敬一君なら、その後すぐに奈々とも合流したんじゃないかな」
「でも合流してすぐに、お姉ちゃんとえっちしたんだって」
完全に固まって、注いでいたお湯がカップからだばだばと溢れ出す。
だけど動けない。考えが纏まらない。
それでも言葉を振り絞る。
「そ、そ、それは無いわ。確かに敬一君の言葉も奈々のいう事も信じるけど、それは絶対にない」
「どうして?」
真摯な目。誤魔化しは通じそうにない。
それに誰にも悟らせないようにしてきたはずの秘めたる想い。
だけど、それを妹が知っていたとしても決して有り得ないとは言えない事も知っている。
妹は決して世間知らずのお嬢様ではない。自分と同じ境遇の中、ひたすら周囲の顔色を窺って生きてきたのだ。
親すら信じられない閉ざされた逃げ場の無い世界。そこに現れた一つ下の少年が与えてくれた安らぎ。
そこに愛情が無かったといえばうそになる。だけど――、
「奈々の気持ちを知っているからよ。私は決して、奈々を裏切ったりなんかしない」
「私はね、裏切りなんかじゃないと思うの。確かにお姉ちゃんの事を一番知っているのは私。だからそんな事は、本人から言われない限り決して信じたりなんかしない」
「え、じゃあ」
「でも敬一君の言葉も、同じだけの重さがあるの。だから、どんなに嫌な話でも私は信じる。そうじゃなきゃ、言う必要が無いもの」
「……その当時の状況は分からないわ。でもきっとちゃんとした理由はあると思うの。そうね……最初に言ったことが本当だとしたら、奈々の代用品として抱かれただけなのよ、きっと。彼の心は貴方の元にあったに違いないわ」
「お姉ちゃんが好きな敬一君は、そんないい加減な人なの?」
「それは……、でも本当に分からないの。私はそんなことしないと思う。絶対に奈々を裏切ったりなんかしない。だから、どうしてそんな状況になったのか予想もつかないの」
「ふう……お姉ちゃんはそういうけど、私はある意味、これは良い機会だと思うの」
「いい機会? どうして?」
「私はお姉ちゃんの気持ちを知っていて、お姉ちゃんがいない時に告白した。敬一君もそれに応えてくれた。お姉ちゃんも……祝福してくれた。だけど、私はずっと納得できなかった。ちゃんとどちらかを敬一君自身に選んでほしかった。自分がした事を、ずっと後悔していたの」
「……もしどちらかを選べと言われたら、彼は必ず奈々を選んだわ。それが分かっているから、私は素直に身を引いたの。今まで、ちゃんと言わなくてごめんね。でも、知らなければ誰も傷つかないと思ったのよ」
「お姉ちゃんがずっと傷ついていたじゃない!」
「だって、私はお姉ちゃんだから」
そう言った瑞樹は儚げで、まるで今にも消えてしまいそうな印象を与えていた。
「私はそんな負い目を抱えたまま生きていたくないの! でも……でも敬一君と別れたくなんてない」
「私は……私は……」
瑞樹には答えようが無い。
封印していた心を、知らない自分が引っぺがしたのだ。
しかも詳細も何も分からないままで。
「……分かった。この話は今度にしましょう。まだ時間はあるのだし」
「そうね……でも敬一君もモテモテで大変ね。私はバレちゃっていたし、奈々は言うまでも無いでしょう。それに龍平君も……でもやっぱり、お姉ちゃんとしては奈々を応援しているわよ」
「え、今何て?」
「だから奈々を応援しているって」
「違うって。龍平君の事」
「あー、うん、確かに気になるわよね。お姉ちゃんとしては、男同士の恋愛だって当人同士がそれでいいなら良いと思うの。だけど奈々がそんな形で別れるのは見たくないわって事」
姉にそんな知識を吹き込んだのは誰なんだろう……。
というより、ここまでの話をしておきながら今更ジョークは無いと思う。姉は本気だ。
なんだか、そちらの方が心配になってきた奈々であった。
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