特に何もなかったな
「いきなり蹴る事は無いだろう」
「うるせえ、こっちも足がズタズタだ。クソが! お前がお悪い!」
見れば、蹴った龍平の右足もズボンの裾は吹き飛び、足は紫色に腫れ上がっている。無意識のうちに、カウンターをしていたか。
まあ薬で治るから良いだろう。実際もう治して立ち上がっているし。
「まあそれは置いておこう。それよりも最初に気になっていたんだが、その壺は結局どうしたんだ?」
「何か興味でもあるのか?」
「壺が2つってところが気になってな。ダークネスさんは双子の幼女を連れていたから、もしかしたらと思ったんだよ。中に何か入っていたか?」
「ご期待には沿えないな。何と言っても開けていないからな」
「重要な手掛かりじゃないか。せめて持って帰れば良かったのに」
「壺はセーフゾーンに完全に固定されていた。それにあの手の類は、大抵がろくでもないトラップだ。一応は報告しておいたから、軍務庁の連中か別の召喚者が調査に向かうだろう」
「どのくらいかかるんだ?」
「俺なら4か月あれば往復できるが、普通なら10か月くらいじゃないか? 現地の人間も連れて行くなら、2年はかかるか」
「あー、今度俺が行くわ……」
その方が早い。それに見ておきたいしな。
何と言っても、ダークネスさんはいつその文字を壁に掘った?
出発の時か? それとももっと前に掘っていたのか?
どちらにせよ、龍平がそこへ行く事を知らなければ掘っても意味はない。
それに片道なら2か月か……彷徨った期間は見当もつかないが、帰るまでは2か月。その辺りは、今の龍平も当時もあまり変わらないだろう。
一方で、クロノスたちは奈々と一緒だとしても10数日でハスマタンまで到着してしまう。
かつての俺が龍平と戦ったかは分からない。まあ戦ったとは思うけどね。
だけど結果は様々だろう。そして結果が変われば、行動も変わる。あの時の龍平の行動はあの時だけだ。それを正確に予測するなんて事が可能なのか?
本当に謎の人だ。だけど疑問を呈しておいてなんだが、やっぱりどこか龍平の感じはするんだよな。
いずれ分かる日が来るのだろうか?
「何か情報源にでもなればいいんだけどな」
「無いのならそれもまた情報の一つではあるんだが、幼女が出て来たらどうしようかと少し悩んでいるよ。あれはダークネスさんのオトモだったからな。俺でもなく、龍平でもなく、あのダークネスさんだ。もしその点が変わらないのなら、お前があの姿になってから開けるべきだとも思うんだよな」
「冗談じゃねえ。大体さっきから幼女とか言っているが、お前が連れていた奴隷と大差ないだろうが。しかも手を出したと聞いているが?」
「彼女はあれで成人しているから良いんだよ」
「あの双子も人間には見えなかったがな。どっちもどっちか」
「どちらにせよ、帰還希望者が戻るまで3ヵ月ある。俺ならそれまでに往復可能だ。取り敢えず見てくるよ。壺は今の段階で開けるつもりはないけどな」
「幼女が出て来たら、お前の僕にでもすればいいだろ」
「それはダークネスさんに失礼な気がしてな……寝取るみたいで」
実際のところ、ダークネスさんと彼女たちはそういった関係ではなかっただろう。
それに寝取ると言えば、龍平の気持ちを考えれば俺が先輩を寝取ったようなもんもなんだよなー。
間違いなく思い出しているだろうが、何も言わない所を見ると、あれが先輩の本心からの願いだったと気が付いているのだろう。
ふう……奈々がいつもの彼女だったら、姉と関係を持った俺にどんな言葉を浴びせたんだろう。
今となっては、決して有り得ない問題だけどな。
▼ ▲ ▲
こうしてダークネスさんの問題を棚上げしたまま、俺は龍平にとって因縁のセーフゾーンへと来ていた。
まだ大変動は無いし、たとえあったとしてもセーフゾーンの位置は変わらない。
なら俺にとっては、位置さえ特定出来れば距離などたいした意味はない。ほんの5日ほどで、目的の場所へと到着していた。
場所も状況も、確かに説明された通りだ。
小さな玄室といった感じで、壺が2つ並んで設置されている。
どちらも陶器で上には紙の蓋が縄でくくってある。実際にはその内側には木の蓋でもされているのだろうが、触った感じは金属その物。
紙の蓋など、端は剃刀の様だ。龍平が言う様に、本当に油断ならないな。
壁にはどこにも文字は無い。そりゃそうか。
いつ掘ったのだろう?
どうやってここまで来て、そして戻ってきたのだろう?
謎の人ではあるが、龍平の話で更に謎が深まってしまった。
味方だった……それは間違いないだろう。あれだけ世話になったんだ。
だけど当時の龍平を炊きつけてラーセットを混乱させ、多くの召喚者や現地人を殺させ、俺と戦わせた。
是非理由を聞いてみたいが、仮に今の龍平がダークネスさんいなったとしても、同じ答えを導き出す事は無いか。
少なくとも、もうここに彼が文字を刻む事は無いだろう。
そんな事を考えながら、俺は玄室のような静かなセーフゾーンを後にした。
今回もお読みいただき感謝です。
次回より新章となります。
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