お前は馬鹿か
俺が先輩を救出してラーセットを脱出した後、龍平のチームでは一悶着があった。
いや、そんな甘い話では無いな。
「俺は我を忘れて、チームの全員を殺してしまう所だった。瑞樹が一番苦しい時に、一番の支えになってくれた須田亜美と岸根百合までも。あいつらも瑞樹程じゃなかったにしろ、相当おもちゃにされていたのに……」
その辺りの事情を想像するしかない俺には、言葉を掛ける事は出来なかった。
「だけどまあ、お前に似たスキルを使えるやつがいてな。もっとも力は段違いに弱いが、それでも一応は俺を正気に戻す程度の衝撃は与えてくれたよ」
俺と似たスキルを使える奴なんて、この世界にはいないだろう。
けれどまあ、今の話の流れからしてカウンター系のスキルか。まあ龍平の認識からすれば間違っちゃいない。
「そこでチームは解散。俺は甚内教官に許可をもらって、一人で迷宮に籠る事にしたんだ」
「一人でか……随分と思い切ったものだ」
「お前も最初は一人だったんだろう? だから、俺もそこから始めないといけないと思ったんだ。だけど意味なんて無かった。迷宮のモンスターは弱すぎて相手にもならないし、たまに見つけたセーフゾーンの主も、俺を満足させてはくれなかった」
「それだけ強かったって事なんだろう? それで良いじゃないか」
「そいつは遠回しな自慢か? 結局俺は、お前に一度も勝てなかったんだぞ」
「そんなつもりはないがな。まあ話の続きを聞かせてくれ」
まだ肝心なところまで話が進んでいないからな。
そう――あの日の事だ。
「こうして意味もなく迷宮を彷徨っていたがな、ある日気が付いたんだよ。お前はスキル無しで追放された。その時どうしたのか?」
「ああ、あの時か。あの時は制御……」
「そう、神官の乳を揉んだだけだ」
「喧しい! 真面目に話せ!」
「ちゃんとした話だ。乳を揉んだだけで、制御アイテムを受け取っていなかった」
まるでわざと揉んだように聞こえるぞこの野郎。
「そこでな、俺も制御アイテムを捨てた。あんな物があるからスキルに制限が掛かり、限界を引き出せないと気が付いたからだ」
「乳を揉んだ下りは本当に必要だったのか?」
「そうしないと、当時の事をきちんと説明できないだろう」
「いやねーよ! 大体、制御アイテムを手放すなんて正気の沙汰じゃない。いつ精神が崩壊するかもわからないんだぞ」
「お前はお前だったじゃないか」
「とっくに壊れていたよ。あんなのは俺じゃないと言いたいが、やった事は変わらない」
そうだ……とにかく地上へと当てもなくうろつき、口に入るものならなんだも食べた。
もしそれが人間であろうとも、多分適当な言い訳をして食べただろう。
考えていたのはただ地上へ行く事だけ。奈々や先輩に会う事だけだ。
人間と戦う事になっても、そこにたいした感情は無かった。ただ敵なんだ。殺さなければ進めないんだ……そんな程度の薄い認識で、あれほどの人間を平然と殺せたんだ。
だけど――、
「だけど、俺にはあの時に大切な出会いがあった。もう永遠に会いう事の無いその子……いや、その人との出会いが俺の心を人に戻してくれたんだ」
「もう会えないのか?」
「ああ、どうやってもな」
それ以上の事を、龍平は聞かなかった。
「とにかく、そうやって制御アイテムを捨てて気が付いたんだ。あんな物いらなかったんだってな」
……お前も心が壊れたんだな。
「なんだその同情するような眼は。分かっているさ。だけど俺は、内から湧き上がり続ける力に酔った。もう限界かと思った力は格段に上がり、敵も単に弱いだけじゃない。本当に、歯牙にもかからなくなった。俺は思ったよ、お前もこんな気持ちだったんだってな」
「全く違うぞ」
「それはもう聞いた。ただその時はそう思っただけだ。特に高揚感は凄かったからな。もう敵なんていないと思ったよ」
「いっそそのまま奴の本体を見つけてぶっ倒してくれると楽だったんだけどな。そういや、そこの所を聞きたかったんだ。あの時にお前が地上に出たタイミング。あれはあまりにも良すぎた。ここ以外は無いって位にな。どうして狂ったお前が、ラーセットに戻ろうと思ったんだ」
「あまり狂ったとか言うな。俺は正常なつもりだったんだ」
「本人はたいていそう言うよ」
「話の続きはお前を殺してからでいいか?」
もう何度目だこのやり取りは。
「すまなかったから話を続けてくれ」
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