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ただ恐怖するだけではダメ

 確かにそれはそうだな。平面である地上と違い、迷宮(ダンジョン)はどこまでも続く立体だ。広さも深さも、国の規模と比べたら比較にならない。

 それに、南北それぞれの連合国家同士ほどラーセットは近くではない。

 お互い吸収するには離れすぎているからこその緩衝地帯だ。

 こちらに出会うとしたら、その相手は召喚者。むしろ下手に出会いたくないのはイェルクリオの方って訳だな。


「こちらにも現地人への攻撃は禁止しているが、偶発的な戦闘は避けたかったからね。そちらの決断に感謝するよ」


「いえいえ、こちらこそです。今後とも、互いに良い関係を築いてゆきましょう」


「ああ、そうある事を祈るよ。こちらも今の関係は絶対に壊したくは無いからな」


「そうおっしゃっていただけると、三長官も安心するでしょう」


 その後は軽い食事と雑談になったが、料理はこの世界特有の酸っぱ辛い代物だった。

 悪意が無いとはいえ、正直不味い。ラーセットに戻ったらラーメンでも食べよう。






 ■     ※     ■





 クロノスが帰った後、応対したウェーハスは疲れ切ってぐったりとしていた。


「大丈夫でございますか?」


 話しかけたのは、クロノスの応対をした門番だった。


「あんまり大丈夫じゃないわ。以前より丸くなった感じはあるけど、相変わらずダメね。特に歳には勝てないわ」


「まだまだ40代になったばかりでし――いえ、失礼しました」


 途中まで言いかけた言葉を、ウェーハスの鋭い一瞥で引っ込める。

 とはいえ、彼女の興味はもうそんな些末な事に向いてはいない。

 久々に対峙したクロノスから感じる威圧感。

 本人はニコニコと敵意の無い様子だが、こちららすれば下の見えない細い氷の柱に立たされていたような感覚だった。

 絶対的な恐怖――それも、迷宮(ダンジョン)に住むどんな怪物でも比較にならないほどの。


「敵意が無いのにあの威圧感。なんだかますます磨きがかかった気がするわ」


「強くなっているという事でしょうか?」


「単純に言えばそうだけど、何処か目標の定まった眼をしていたわ。あれは全身から(みなぎ)る自信の表れね」


 本当に敵意などは無かった。より正しく表現するのなら、彼にとって人間など、もう敵としてすら認識していないのだ。

 会見場所をここにしたのは本当に正解だった。

 人間は恐ろしいものと対峙した時、2種類の行動をとる。一つは逃げる。もう一つは何としてでも排除する事だ。

 だが後者を選んだら、幾ら交渉に来たとはいえ容赦されるとは限らない。

 それどこれか、本人にその気がなくとも羽虫を潰すように殺してしまうかもしれない。

 その場合、イェルクリオとラーセットの関係は今とは比較にならない程に複雑化するだろう。マージサウルの二の舞は御免だ。


「それで軍務庁長官から見て、彼はどうだったのかしら?」


 ウェーハスはそう、門番であった男に尋ねるが――、


「もし戦えと言われれば、素直に自害いたしますな。そうすれば、少なくとも遺族は私の遺体を確認して葬儀が出来るでしょう」


「長く迷宮(ダンジョン)生活をして、千を越える怪物(モンスター)を葬った貴方が?」


「幾ら私でも、伝説級の怪物(モンスター)に出会った事はありません。そしてもし出会っていたら、この世にはいなかったでしょう」


「そうね……」


 これは決して彼を軽視しているわけではない。人には到達できる領域がある事を、きちんと認識しているだけだ。


「詳細は不明ですが、一度はそいつを倒したとも報告されています。実際には生きていますので逃げられたか再生されたか……いずれにせよ、戦って勝利したまでは正しいと推測されています」


「人の到達できる域ではないわね」


「もし11年前のあの日、宰相殿が猛反対をなさらなければ、我らはマージサウルの口車に乗ってラーセットを攻めていたかもしれません。その時はおそらく――今は、止めて頂き感謝の念しかありません。御慧眼、改めて感服いたします」


「私はただ、臆病なだけよ」


 伝説の怪物を撃退し、ラーセットを救った男――クロノス。

 もうその時点で、敵対する事など考えられない。しかもまだまだ新たな召喚者を呼び出せるという。勝てるわけがないではないか。


 恐ろしいものと対峙した時、ウェーハスは前者のどちらの道も選ばない。

 ただ調べる。調査する。観察する。目を逸らす程、危険な事は無い。勝てないと分かっていて戦うなど論外だ。

 なら求めるものを与え、但し増長はさせず、尚且つこちらとは決して敵対しないようにコントロールする必要がある。

 そうやって、猛獣の狂気がこちらに向かない様に誘導するのだ。

 それしかイェルクリオを生かす道はない。


「ラーセットにいる協力者との連絡をこれまで以上に密にしましょう。彼はもう私たちの国など眼中には無いだろうけど、うるさい外野を黙らせるにはそれなりには働かないとね」


 こうして指示を出しながら、久々の手料理を気に入ってくれたかがちょっと心配なウェーハスであった。




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