生きてさえいれば何とかなるよ
ここに来るまでに相当にスキルを使ってしまった。
普通なら何か月もかかる距離だ。しかもセーフゾーンからセーフゾーンへと飛んだわけなので、それだけ負担も大きい。
だけどそんな状況だからと容赦してくれるわけがない。
それ以前に、黒竜が言うには知恵があるのだったな。弱っていると知られたら、かえって付け込まれるか。
ならば――、
今は鍾乳洞のような形状の迷宮だ。全方位ではなく、この通路に沿って一掃する。
その分、中途半端はダメだ。一点集中、1キロメートルは一掃だ。
音もなく、他は何も破壊せず、ただ奴らの命だけが外れて消える。
実際には幾つもの枝分かれした道全部の合計だから、直線で1キロメートルって事は無いけどね。
ただスキルに別の反応があった。違和感ともいえるこの反応。奴等ではない。そして油が水を弾く様に、スキルが弾かれた感覚――召喚者だ!
急いで向かう。この状況で、まだ生き残りがいるのか? いてくれるのか?
それは鍾乳洞の天井に張り付いていた。
見た目はまるで、繭――というよりもカマキリの卵というか、モリアオガエルの卵というか、まあそんな感じで張り付いていた。大きさは太めの寝袋程度。人間が数人包める位か。
あれがスキルを防いだって事は、あれ自体がスキルの塊か。ならば。
「大丈夫か? 俺だ! クロノスだ! 生きているなら返事をしろ!」
「……えっ? く、クロノス様ですか!? 本人?」
膜を破る様に顔だけ出してきたのは、第14期生の一人、蔵屋敷里香だった。うん、スキルは確か隠蔽だったと聞いている。
詳しく見せてもらったことは無いが、こんな感じのスキルだったのか。
というか相変わらず中途半端な認識疎外で幽霊のような姿だが、この姿ですら会ったことは無かったな。
だけど話くらいは聞いていたのだろう。こちらを見ると一瞬だけ笑顔になり、すぐさまわんわんと泣き出してしまった。
気持ちはわからないでもないが、今は状況が聞きたい。
冷たい奴だと言われそうだが、今は人命が掛かっているんだ。
「他に生き残りは――」
そう言いそうになる前に、他にも膜を破ってワラワラと出てきた。
本当に卵の様だ。正確には卵を保護する膜だがそんな事はどうでもいい。
見た目はそれほど大きそうに見えなかったが、よくあんなに入っていたものだ。
スキルの力というより、ぎちぎちに詰まっていたんだな。解放された感じがよく分かる。
中に入っていたのは最初に出てきた蔵屋敷の他は斯波裕乃、溝内信二、伏沼至の3人。
よくもあんなに狭い中に4人も詰まっていたものだ。
なんて感心している間に、重量無視のスキルを持つ溝内が、他3人を担いで飛び降りてきた。
「よく無事で――」
「な、何か食べ物を」
「すみません、水を……」
「あ、ああそうだったな。すまん」
考えてみればいつからあそこにいたんだろう。
それに状況も気になる。何であんなところに張り付いていたんだ?
その答えは分かるが、それはあまりにも辛い現実だ。
俺はしばらく待ってから、彼らかから事情を聞くことにした。
そして10分ほど経ってからだろうか。
「とにかく状況を報告します」
そう溝内が切り出した。
彼ら14期生は、千鳥に任せた田中玉子以外は全員大学生。こういう時は、話が早くて助かる。
「さっきなのか少し前なのか、そろそろ引き返すと磯野教官が言ったんです」
まだこっちに来ての時間間隔を掴めていないな。
だけどそう言ったって事は往復を考えれば1ヵ月程度。だけどここはもう1月で帰れる距離じゃないぞ。
「それで戦利品を分担して持って、みんなで帰ろうって話になったんです。思ったよりも迷宮探索は面白くてもう少し先に行きたいって話もあったんですが、磯野教官に『そんな油断が一番危険なんだ』と戒められました」
さすがだな、磯野。きちんと分かっている。
実に惜しい人間を亡くした……ってまだい亡くなってねーよ。
というか、これが終わったらちゃんと日本に帰す約束なんだ。反故にされてはたまらん。
「そんな時なんです。いきなり平八さんが散開しろって叫んで。でも俺達には意味が分からなくて。す、すみません」
「謝るのは良い。それで何があったんだ?」
「とにかく体が動いたんです。大声で叫ばれて、考えるより早く」
そう話を続けたのは、最初に卵みたいなのを作っていた蔵屋敷里香だった。
大学生だが、背は低く、目を完全に隠したおかっぱ頭。身体全体も薄い。何処かおどおどとした小動物感がある子だな。
多分そんな性格が幸いして、考えるより先に反応できたんだろう。
今日もコウシーン!
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