あの時の事はよく覚えてはいない
地面と石槍。2つの場所から出現した無数の鎖が、成瀬敬一の全身を無惨にも貫いていた。
確認するまでもない。確実な致命傷である。
「終わったな」
「ええ、終わったわね」
新庄琢磨と須恵町碧。二人のスキルの相性を利用した最高のコンビネーション。
だが奇襲技だ。出来る限り、人の目があるところでは使いたくは無かったが仕方がない。
そもそも碧のスキルは便利な分、使用中は動けない。
今は敵では無いとはいえ、現地人にも見せてこなかった。それが切り札まで使う羽目になったのは少々誤算だったと言える。
だがそれ程の強敵だった。だがなぜこんな奴が放置されていた?
一度上に戻って確認を取りたいが、もう今この瞬間に大変動が起こってもおかしくは無い。
「暫く待機は変わらずか」
そう呟いた時だった。
――ズン。
無意識のうちに、俺は大地を踏みしめ、崩れ落ちる寸前の体を支えていた。
「なんだと!? 致命傷のはずだ!」
どこからか日本語が聞こえる。近いような遠いような、エコーが掛かっているようでよく分からない。
ああそうだ、思い出した。石槍の男だ。アイツと戦っていたんだ。
今一つ分からない。全身を鎖が貫いているからか? そのうち一本が、頭を貫いているからか?
ああ、邪魔だな。こんなのがあるから、思考が纏まらないんだ。
――消えろ。
全身に力を込め、貫いた鎖の全てを引き千切る。
キラキラと光りながら地上に舞う残骸は、まるで本物の鎖の様であった。
こふっと、須恵町碧は小さな咳をした。
口元から流れた一条の血。それはすぐさま決壊した濁流のように溢れ、彼女は大量の血だまりの中にバシャッと倒れ込んだ。
同時にその体が薄黄色の輝きに包まれる。
「ごめん……」
ただそれだけの言葉を残し、ほんの一瞬の間に跡形もなくこの世界から消滅した。
「そうか……帰っちまったか。まあいいさ、ゲームの時間も終わりって事だな」
そう言って腰の長剣を抜く。
本気で武器を使うのは久々かもしれない、ふとそんな事を想う。
新人教練では手ほどき程度だったし、護衛はスキルを使う方が手っ取り早かった。
そしてまた、多分これが最後になるだろう。
ザリ……ザリ……。
砂交じりの土を、不器用に歩きながら近づいて来る。
だが変だ。目の錯覚か? 違う。
奴の姿が重なって見える。ボロボロになった体と、無傷の体。
まるで脱皮して、もう使えない体を捨てるかのように。
今までの体は幻のように消え、そこには剣を持って立つ無傷の男の姿があった。
「最初から、人間ではない前提でやるべきだったよ! この人外め」
一人の女性が、この世から消えた。だけどあれはなんだ?
優しい光に包まれ、霞むように消えていった。
違う。あれは違う、あんなんじゃない。
あのサラリーマンは? サッカー部の先輩は? 名前も知らない同じ学校の奴は?
みんな無惨な死体を残して死んでいたじゃないか。
もう一人の男が長剣を構えて突進してくる。あいつも死んだら光に包まれて消えるのか?
元の世界に帰る事が出来るのか?
それってずるくないか?
なら、あの3人の死にざまは何だったんだ!?
”許せない”
自分でも、何が起きていたのかを理解できなかった。
山ほどの人間を斬ったと思う。
「勝負だ!」
「うるせえ!」
左右背後から石の槍を伸ばしつつ攻撃してきた男がいた。だけどそいつは、斬ったら光に包まれて消えてしまった。まるで満足したかのような笑みを浮かべて。
血を吹いて倒れる他の人間とは違う。アイツは誰だったか?
ずるい――何が?
頭が痛い。体中が痛い。もう……何も考えられない…………。
俺は何をしているんだ?
何処へ行きたかったんだ?
そんな事を考えていると、ふとポケットが熱くなった様な気がする。
ああ、そうだ。みんなの遺骨。せめてそれを、日の当たる場所に埋めてあげたかった。
3人分……3人、そうだ、3人に会わないと。
誰だったっけ?
大事な、とても大切な、俺の……宝物。
いつも応援りがとうございます。
今週は土日も更新しますヾ(*´∀`*)ノ






