やるべき事をやりに行こう
”これってもしかしたらプロポーズ?”
何となく、そんなフレーズが頭をよぎった。
いやいや、それは違うよな。でも――、
俺の彼女は奈々だ。そう胸を張って言えるだろうか?
実際難しい。あの日、奈々と先輩が亡くなった日から、俺にとって愛とは虚しく空虚なものでしかなかった。
もう決して戻って来ない人。帰らない日々。原因を突き止めたとしても、何かが変わるわけではない。
穴の開いたバケツ……俺の心はまさにそんな感じだったと言えるな。
魅力的に感じた女性なんて一人もいなかった。触れたいとも思わなかったし、むしろ色々と気を使わなければいけない分だけ煩わしかった。
それに、俺の中の彼女は高校1年生。16歳だった頃の奈々だ。
対して、俺はもう29歳。随分と離されてしまった。そしてその時間は永遠に縮まる事は無い。
二人の思い出の上には重ねた年月が積り、奈々との思い出は過去という記憶の底に埋まっていく――はずだった。
だけど俺は戻ってきてしまった。
記憶だけは、当時のまま鮮明に。
今こうして二人の女性を抱きながら、すぐ近くには先輩やセポナ、ひたちさんや咲江ちゃんがいるような錯覚に陥ってしまう。
ついつい口を滑らせて名前を呼んだりしてしまわないかひやひやだ。
奈々への想いも、急速に近く感じる。
ああ、俺は今も彼女を愛している。彼女が俺の恋人なんだ!
だけどもう違う。俺は29歳。医師免許を持つ研究者にして、ラーセット最初の召喚者クロノスだ。
そしてやがて来るかもしれない彼女たちの傍らに立つのは、俺ではない……。
いや、もうこの事を考えるのはよそう。
どうせいつかは真剣に向かい合うべき問題だ。だけど、今は幸い先にやるべき問題が多い。とにかくそちらを片付けよう。
「俺は明日から出かけてくる。召喚者に関しての事は任せたよ。予算で賄える限り、便宜を図ってくれ」
「了解であります」
「それで何処へ?」
「ああ、そろそろ頃合いだからな。北のマージサウルにご挨拶に行ってくるよ」
二人とも実に複雑な表情をしたが、まあ呆れたという表現が一番正しいだろう。
「正気でありますか!?」
「行くと言っても、他国に行くのは本当に大変なんですよ。それに何人位で行くんですか?」
「今の軍務庁にそれだけの余裕があるとは思えないです。というか、そもそもラーセットにマージサウルと対抗するような戦力はそもそも無いのであります」
まあ反対だろうな。
というか理解していないな、これは。
「行くのは俺一人だよ。それに距離も俺にとってはあまり関係ない。まあ多少の不安はあるが……」
「反対であります」
「反対です」
同時にきっぱり反対された。まあ当たり前か。リスクが無いわけじゃないしな。
本当はこの二人にも付いて来てもらいたいが、なんだかんだで召喚庁を任せられるのは他にいない。それに普通の人間と一緒では時間もかかりすぎる。
なにより、今二人に何かあったら俺の心は折れてしまうような気がする。
「気持ちは分かるが、今回の撃退で連中が諦めるとは思えない。ここで一つ打撃を与えておかないといけないんだよ。ラーセットを攻めるとこうなるぞというね」
「失礼ですが、クロノス様はマージサウルの軍事力を見くびっていると思います」
「今回の盟主だったでしょ? 本当に大きな国なんだよ。それだけに他国に対しての影響力も大きいんだ」
「それだけに、対象としては最高なんだよ。大丈夫、俺だってまだまだこの世界に未練はある。やる事は山ほどあって、整理するのも大変だ。それからすれば、マージサウルの事なんて些事に過ぎないんだ」
「ボクたちが足手まといになるのはなんとなくわかるよ。だけど、他の召喚者の人たちと一緒ならどうかな?」
「自分もそれに賛成であります」
「だけど俺が却下だ。彼らには人と戦うだけの技量も覚悟も無い。それに彼らにも言ってある。戦争の駒にするために召喚した訳じゃないってね」
そもそも、今の技量と覚悟では迷宮産の武器で武装した連中とは戦えない。
無駄に死なせるだけだ。
「で、でも……」
反対は出来るが説得は出来ない。彼女らの立場を考えれば当然だ。
俺だって、彼女たちを困らせたいわけでも心配させたいわけでもない。
「大丈夫だ。ここは素直に行かせてくれ。決して悪いようにはならないさ」
今一つ……というより欠片も納得していない感じだけど仕方が無い。
これは絶対にやらないといけないんだ。連中が余計な事を始める前に先手を取らないとな。
今日もお読みいただきありがとうございます。
私もまだまだ頑張りますよー。
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