強さの秘密
再び目の前に龍平が現れる。甚内の速度と目をもってしても、動きを追いきれない。
咄嗟に腕をクロスさせガードするが、その上からでも意識を持っていくような衝撃が襲う。
自分の態勢が分からない。だが地面に何度も叩きつけられながら転がり、止まった所で事態を把握した。空を見上げて倒れている。幸い両腕は無事だが、それよりも襲い来る殺気に体が反応した。
横から腹を狙った蹴り。だが刹那の間に肘でガードする。迸る激痛にやや遅れて、岩壁に叩きつけられた衝撃が走る。
どうやら蹴り飛ばされるだけで済んだようだ。そう思うが、ガードした右肘に鋭い痛みが走る。
これは――薬を使うか。
単なる痛み止めだが、かつての世界で使っていたものとは段違いに効く。副作用もない。
ただ甚内としては使いたくは無かった。痛みが分からないと言う事は、逆に手加減も出来ないのだから。
だがそもそも、目の前の相手にその余裕はなさそうだった。
「あの瞬間で反撃して来るとは、さすがは甚内教官です。見事ですね」
「とてもそう思っているようには見えねぇな」
実際、ただガードしたわけではない。同時に足の指を狙って攻撃もしたのだ。
通常であれば、足の指どころか足首から下は砕けている。しかし平然としたものだ。まるで効いちゃいない。
やはりおかしい。自分が知っている龍平は確かに強かった。
その一方で計算高く、上には素直で、何より法を尊重する男だ。
だが今は完全に暴走している。作戦中――いやそうでなくとも、5人も召喚者を殺すなど、以前ではありえない話だ。
理由は予想が付く。こいつの愛する女が凌辱され、客を取らされ、更には記録まで残されていたことは知っている。それをどうにかできなかったのは教官組の怠慢と言われても仕方が無いが、召喚者は出来る限り自由にさせるというのはトップであるクロノスからの指示だ。
考えながらも、龍平の連続攻撃をいなし、かわし、そして反撃する。
だが分が悪い。手数も、威力も、肉体強度も――それになにより、甚内最大の利点である“電光石火”とも呼ばれる速さにさえ追いついてくる。
それでも戦闘経験の差は埋まらない。もう龍平には、何発もの致命打を打ち込んだ。
だがそれも、普通の人間であればの話だ。今の龍平が相手では痣を幾つか作っただけに過ぎない。むしろ攻撃したこちらの手足が折れそうだ。
「さすがは甚内教官だ。今までの連中とは比べ物にもならない。だけど俺も随分強くなりましたよ。ええ、今の教官よりもね。だけど倒せない。やはり経験の差ですかね。それとも、覚悟の差でしょうかね!」
今までにない速度で一直線に飛び込んでくる。攻撃は単純だ。だがそのシンプルさこそが、この戦いにおいては何よりも強い。
――仕方が無いか。
万が一の時の為に教官組が持たされている最終兵器。それは自分以外の”スキルを制御するアイテム”を無力化するものだ。
効果はほんの十秒ほど。それに1回しか使えない。けれど、極限状態の戦いではその十秒が勝敗を分ける。
そしてそれは、確かにそうだった。
考えただけで使えるほど便利ではない。だがすぐに使えない程の場所にあったら持っている意味はない。
場所はズボンの後ろポケット。効果の発動は触れるだけ。時間にしたらコンマ数秒だ。
だがこれで龍平はスキルによる力を失う。もちろん今までスキルを使った事による強化は残る。だがどれほど強化されていたとしても、スキルを使っている甚内には敵わない。お互いスキルを使った上で、ほぼ互角の勝負だったのだから。
だが、甚内は見た。龍平の目に輝く紋章を。それが消えない事を。
ほんのわずかの差が、結果を明確に分けた。
避ける事もガードする事も出来なかった甚内の左肩は龍平渾身のストレートにより粉砕された。さらにその衝撃は左腕を完全に破壊するだけでなく、肩甲骨からあばら骨までも砕く。
もはや左腕は肉と皮だけで繋がっている状態。それどころか、もう左半身の感覚もない。
だが頭だけは不思議と冴えていた。誰かが、死ぬ時はそんな感じだと言っていた気がする。
「お前……スキルの制御アイテムを……捨てたな」
「正しくは壊したんですよ。あれが無いとすぐにおかしくなる? そんな事は無かった。なにせ、目の前にいたじゃないか! アイテムを持たない奴が! ああ、あいつは強かった。スキルも強かったが、肉体もまた並の召喚者では相手にならない程に!」
たしかにそれは正しい。召喚者はスキルを使うほどに、スキルだけでなく肉体も強くなっていく。
だが龍平は間違っている。スキルを使い続ければ確かに強くなれるが、精神の負担も相当なものだ。そこに嘘も偽りも無い。
こいつの心はもう――人ではない。
「では私は忙しい身ですので、これで失礼しますよ。まだまだ始末しなければいけない奴は沢山いますので」
龍平の回し蹴りが、動けない甚内の頭部にクリーンヒットした。
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