表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

172/685

たとえ無力な個人だとしても諦める理由にはならない

「何百年も昔からあるたとえ話ですね。大抵、10人の方に身内が入っているとかですが――」


「そんな事を気にする必要はねえよ」


「まあ答えも変わりませんけどね。その10人を隔離して治療法を探します。それで俺が感染して死んだら、次の人がどうするかを決めてください」


「だがお前は感染しないか、したけどギリギリ生きている。その間に最初の10人が死に、感染者は新たに20人増えた。さて、お前は何処で諦める? 分かっていると思うが、この質問には『突然治療法が出来て解決しました』だの『神様が来て治してくれました』なんてご都合主義的な展開は無い。お前は自分以外の全ての人間が死に絶えるまで、その自己満足の研究とやらを続けるのか?」


「それは前提が厳しくないですか?」


「さっきも言った通りだ。帰還の方法なんぞ、もう百年以上研究されている。だがまだ見つかっていない。なら召喚を止めるか? そんなことは出来ねえんだよ。10人を捨て、新たに10人を補充する。そうしてこのラーセットという船は進んできたんだ。そうするしかねえんだよ。お前が言っている事は、補充した一人が『お前たちは全員無能だ。俺なら何とかできる』と息巻いている様にしか見えないんだよ」


 そんな事は薄々分かってはいる。だけどダークネスさんが言っていた。自分が鍵になるかもしれないと。

 ならそれに賭けるしかない。何と言われようが、ここで捨てられる人間になるのはまっぴらごめんだ。


「お前が今考えた事は、表情を見れば分かる。だけどな、俺達はこの国が好きなんだよ。そして、召喚者は必須だ。だから何を言われようと、召喚はやめられない」


「真実を話すことは出来ないんですか?」


「それで何もしたくないって奴が出始めたらどうする。召喚者には限りがあるんだ。一人や二人なら遊ばせておく余裕もある。事情があるなら、ある程度ならノルマも免責する。だがそういった奴が十人とか二十人なんかになったら? そうなれば、もう放置は出来ない。だが全員スキルっていう特殊な能力を持っている。その力と、ここが自分達の世界ではないという事実が、連中のタガを外す。結果は分かるな?」


 召喚者の集団が暴れたらどうなるかなんて、簡単に想像がつく。実際に、その生き残りにも会った。確かに戦いは避けたいが、避けられもしないだろう。

 だけどアルバトロスさんの話は身勝手だ。この国の為に勝手に召喚し、命懸けで働けという。そして最後は騙されて死ぬ事に変わりは無い。


 木谷(きたに)が言うには、その代わりに様々な特権と、働きによっては優雅な生活が保障されるという。

 スキルという特殊能力。召喚者として常人を超えるほどに成長する肉体。長く生きていればリスクも減り、確かに素晴らしい生活が出来るかもしれない。

 でも最初の日に出会ったサッカー部の先輩のように、他にやりたい夢を持っている人間だっているんだ。


 そもそも、そんな優雅な生活ができるほどに強くなるまでに、いったいどれほどの屍を積み重ねなければならないのか。

 確かに事実を説明したら、多くの人間は迷宮(ダンジョン)になど潜らないだろう。

 それが許されるなら、最初から召喚なんてしない。そして許されないのなら、やる事は決まっている。


「俺はやっぱり、今のシステムは間違っていると思います。だから必ず、希望者が帰れるシステムを実現させて見せます」


「……そうか、なら話は平行線だな」


 そう言って、とっくに冷めたカップを置いて立ち上がる。

 もうここまでの話で大体分かっている。この人は、中枢に近い人だ。教官組か、もしくはその更に上。とにかく地上の十人の一人に違いない。

 戦って勝てるのか? 知識が、本能が、スキルが警鐘を鳴らす――勝てないと。

 女性のいないこんな場所で戦ったら、多分終わりだ。だけど、多分で人生を諦めるつもりは無い。

 やるからには――そう覚悟を決めたのだが、


「今はお前と戦うつもりはねぇ。だが味方でも仲間でもねえ、俺達は敵だ。その事はこの先もずっと変わらない。覚えておけ」


「肝に……命じておきます」


 一瞬舞った砂埃。そして微かな風を残し、アルバトロスさんは消えた。


「本当に、鳥のように消えたな……」


 ちょっと乱暴な口調の人だったけど、その言葉は多分間違ってはいない。

 俺は俺と大切な人たちの事が第一だし、ここにきてまだ日も浅い。

 一方で、彼はこの国の在り方から考えて見ている。個人と政治……話が噛みあわないのは当たり前だ。

 そして同時に、多分あの人は期限を宣言していった。具体的な線引きではなく、もっと曖昧にだけど。


 期限がいつまでかは分からない。だけどそれを過ぎれば、俺達は皆殺しだ。そして秘宝も取り返される。

 それは俺が成功しなければ必ず訪れる未来。それが嫌なら、成功させるしかない。

 いや、もう一つあるか。教官組どころかその上にいる連中。トップはクロノスだったな。そいつらを全員倒すか、説得するという方法が。

 まあ後者は不可能だろう。案外、もう村も特定されているのかもしれない。時間は無限に見えて、結局は有限って事か。





陣内との邂逅も終わり、この章も残り3話です。

今後もまたよろしくお願い致します。

ご意見ご感想やブクマに評価など、何でも頂けると飛び上がって喜びます。

餌を与えてください(*´▽`*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  わだかまりを感じながらも、甚内との対話はよかったです。  狂った世界に順応してそれを支えている奴らの考えがわかりました。  わかったからこそ、根本で和解できないこともわかりました。  悪…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ