こんな終わり方は絶対に許さない
――ふ、ふざけるな!
心の中で叫びながら、咲江ちゃんの元へと駆け寄る。本当に冗談じゃないぞ。
見ると、ほぼ正面から黄色い2本の矢が胸を貫いている。
即死――嫌な予感が頭を過る。だけどそうじゃない。まだ生きている。だけど時間の問題だ。後数分。いや、数十秒後には彼女は死ぬ。
ふざけるなよ! こんな所で、そんな事をさせるものか!
矢は全体に返しや茨の様な棘が付いた禍々しいものだ。普通に抜く事なんて出来ないし、反対側から抜いても中はズタズタに斬り裂かれる。血管を傷つけたらもうそれだけで終わってしまう。場所は両方とも肺の辺りか。だけど片方は心臓に近い。
そこまで分かっていても、俺は医者じゃない。広がっていく血だまり。失われていく体温。
何とかできるのか? 違う、やるんだよ。方法は――考えろ!
まずは刺さっている矢を外す。抜くのではなく外すんだ。それはまるで刺さってなどいなかったように、するりと体から抜ける。
だけど狙撃手は健在だ。まだ新たな矢が何本も飛んでくる。だがそれらは全て外す。
まるで見えない力に引かれる様に、あるものは上へ。あるものは手前の地面へと飛んでいった。
あっちは何とかなるな。
だけどこっちはこれだけじゃだめだ。血が止まらない。傷が塞がらない。
ダメなのか? どうしようもないのか? 彼女の命が失われていくのが分かる。もう間もない。何秒――もうそんな状況だ。
頼むよ俺。いや俺のスキル。違う、思考を止めるな。頼るな! 祈るな!
出来る事は一つ、何かを外す、ソレだけだ。何を外せばいい? どれを外せば彼女を生かせる?
それは、単なる偶然の閃きだったかもしれない。だけど同時に確かにそれしか無かったとも言える。
彼女の死を――外す!
その瞬間、心臓が止まる。彼女のではなく、俺の心臓が。
決心していた時にはもう実行してしまっていた。それと同時に急速にこの世界が遠ざかる。
死に対する対価は死という事か。だけど、確かに俺はここに居る。まだ生きてはいるって事か。確かに彼女は完全に死んでいたわけじゃない。対価としては、死のちょっと手前くらいだろう。
けれど体を打つ雨粒を感じない。さっきまで感じていた寒さも、濡れた不快さも無い。これはまた、随分とやらかしたものだ。やっぱり俺は死んだのか?
後悔が無いわけじゃない。それに、まだ戻れる。ですよね、ダークネスさん。戻れなかったら恨みますよ。後悔はなくとも、未練だけは山ほどあるんですからね。
《パンパカパーン。おめでとうございます。スキルが強化されました》
うるせえ!
《貴方のスキルは2つの方向に分岐することが出来ます。時間切れまでに選択してください。詳細はスキルアイテムのガイドラインに従って下さい》
喧しい!
何か頭の中に響いたが、今はパス。それどころじゃないんだ。どことなく以前も聞いたな程度で十分だ。
それよりもと咲江ちゃんを確認すると、微かながらまだ生きている。
傷は塞がっていない。だけど不思議と出血は無く、呼吸も安定している。
心の底から安堵が広がる。これで咲江ちゃんの方は大丈夫だ……とも言い難いか。
「ひたちさん、こちらの状況は把握していますか?」
『残念ながら音声だけです。説明する余裕はありますか?』
この様子では援軍は望めないな。だけど、それならそれで最善を尽くすまでだ。
自分の心臓の鼓動を感じる。また動き出したんだ。理由は考えるまでもないな。会話によってひたちさんとの絆を改めて認識した。それに体が反応したのだ。
勇者の剣を抜き、雨に煙る中を突っ走る。当然、矢の飛んできた方向。そこに敵がいる!
「とにかく敵襲だ。そっちにも行くかもしれない。警戒していてくれ。こちらへの増援は必要ない」
『よろしいのですか?』
「状況が悪化する可能性の方が高いからな」
これはひたちさんの腕を信用していないわけでは無い。むしろ逆だ。問題なのはセポナ。連れて来るにしろ置いて来るにしろ、俺の最大の弱点だからな。今はひたちさんにガードしてもらった方が安全だ。
それにしても視界が悪い。スキルを使うか? いや悩む必要は無いだろう。その時はその時だ。
視界の雨と雨音を外す。雨粒が当たる感触はどうせもう無い。
ハッキリとクリアになった中、10人程の人間が見える。矢を――というよりボウガンを使っているのが2人。矢を放ったのはこいつらか。
大雨の中なのに、全員外套の様なものは身に付けていない。
長距離移動ならともかく、戦闘となったら邪魔なだけだ。それだけで、もうこれがただの遭遇戦でない事を物語っている。
ただそれよりも、こいつらの髪や瞳の色がバラバラだ。青や緑、ピンクに黄色。どこからどう見ても現地人。なのに油断があったとはいえ、召喚者を倒した?
今までの話と食い違う。そんな事が可能なら、わざわざリスクを伴ってまで召喚なんて行わないはずだ。
是非とも正体を聞いてみたいが、それはあまりにも間抜けだ。
たった今、俺の横を新たな矢が過ぎていった。
危ない危ない。初めて戦った時の愚をまた犯す所だった。
それにしても――まだいるのか。
おそらく三人目の狙撃者。右側の木の上の方だろう。完全に死角になっている。全く、いつから準備していたのやら。
多分ちまちまと裁縫とかしている間に配置を済ませていたんだな。油断し過ぎだぞ、俺。
もうやるしかないが、こいつらの正体も知っておきたい。だがまあ、聞くなら一人いればいい。それも圧倒的に有利な状態になってからだ。
残りは全て――倒す!
いつもありがとうございます。
ちょっといつもより字数が多くなってしまいました。反省です。
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