幽霊なんて、いる訳ない
その時、再び大きな雷が鳴り響いた。ボクは思わず、まだ抱きしめてくれているユウリちゃんに、強く抱きつき返してしまう。
「大丈夫ですよ」
そんなボクに、嫌な顔をせず、優しく頭を撫でてくれるユウリちゃん。ハッキリ言って、凄く幸せな気分です。でも、ボクを抱きしめている手が、ボクの身体を沿って、段々と下に向かっていく。嫌な気がしたので、ボクはその手を掴んで止めた。
「ユウリちゃん?」
「あ、あはは」
笑って誤魔化す所が、やっぱりお尻を触ろうとしていたと物語っている。
「とにかく、特にそのナイフはヤバイでしょ!どうして封を解いたの!解いたのは誰!?」
蓋の開かれたナイフを指差して、青ざめたネルさんがボクとイリスを睨みつけて言ってくる。近寄るのも怖いのか、ネルさんはナイフから離れっぱなしで、一定以上近寄ろうともしない。
「イリスです」
「だって、そこに箱があったら開けるでしょう」
「あーけーるーなぁ!」
「ぐえぇ!?」
ネルさんは、イリスの胸倉に掴みかかり、その首を揺らした。なすすべなく振り回されるイリスは、目を回して気を失う寸前だ。
「どうどう。ネル、落ち着いてください」
そんなイリスを後ろから抱きとめて、ネルさんから守ってあげたのは、レンさんだった。その胸にイリスを包み、首振りの刑から守ってあげている。
レンさんにそう言われて、ネルさんは正気を取り戻したのか、イリスの胸倉から手を離し、一歩退いた。
「でも、コレは本当にまずいわよ……ナイフの封印を、解いてしまったのよ!?それはアリントンの呪いを解放してしまった事を意味する。きっと私達も血まみれにされて、あちらの世界に連れて行かれてしまうんだわ!」
「「……へー」」
ボクと、ユウリちゃんとレンさんは、声を合わせてそう言った。イリスは目を回しているので、話半分だったけど、ボク達と同じでなんとも思っていないと思う。
「へーって何よ!あんた達、私の言っている意味分かってるの!?」
そんなボク達の反応がよっぽど気に入らないのか、いつも冷静なネルさんが、激しく怒ってくる。
でも、そんな事を言われたって、それ以上のリアクションが思いつかない。幽霊とか、そんな物いるはずがないし、いたとしても、何がどうなるんだという感じだ。
それよりも、雷の方が問題です。ゴロゴロ、ドカンと、とても大きな音に加えて、光るんだよ。よっぽど怖い。
「ネルが、幽霊が怖いという事はよく分かったので、そろそろ行きましょう。廊下での長話というのも、中々ない経験ですが、せっかくの皆揃っての休日なんです。もっと有意義に過ごしましょう」
レンさんのいう事も、もっともだ。こんな廊下の真ん中で、全員揃って何してるんだろう。急にバカらしくなってきました。
「そ、そうだね」
「そうだねじゃなくて、アリントンの呪いが──」
「はいはい、この話はここまでです」
ユウリちゃんに背を押され、ネルさんが連れられていく。強制的に、この話は終わりとなった。
「で、でも、もし怖いなら私がネルさんに一日中付き添って、お風呂もトイレも就寝も共に過ごしますよ?ぐへへ」
「い、いらないわよ!私だって立派な大人なんだから、なめないで!」
去っていくネルさんとユウリちゃんが、そんな会話をしていた。その時のユウリちゃんの顔は、スケベ親父のそれでした。
「ネルにも、困ったものですね。幽霊なんて、いる訳がないのに」
残ったボクは、ナイフの入っていた箱に蓋をしなおし、回収。
そんなボクに、同じく残っていたレンさんがそう話しかけてきた。その胸には、未だにイリスが抱きしめられていて、自動的にレンさんと一緒に近寄ってくる。
「そ、そうですね……あ、でも、夜中に変な声はよくするかな」
「……え?なんて?」
「女の子が、泣いてるような声は、よくするよ?でも、声が聞こえるだけだし、特に何も起きないから、別に平気です」
ボクは、笑いながら言ったけど、レンさんは顔面蒼白でした。
「がはは!幽霊なんて、いる訳ないだろう!」
その日の夕飯で、アリントンの話題があがると、メルテさんは笑い飛ばした。
家のお酒が切れてしまったので、昼間のお酒が抜けたメルテさんは、素面です。一緒に暮らすようになって、素面のメルテさんって、初めてな気がする。この人、大丈夫かな。
「あんたも、アリントンの呪いの話、聞いたことくらいあるでしょ!?」
「まぁ、そりゃ聞いたことくらいあるけど、でもそんなの迷信に決まってるだろ。信じる方がどうかしてるってもんだよ」
「でも、ネモ様が実際に、夜中に声を聞いた事があるって!」
「そりゃ、レンを脅かすために言ってるのさ」
「う、嘘ではないです。何度も、あります」
気のせいだとは思っているけど、嘘だと言われると、気にいらない。だって、実際に何回も聞いたり見てるんだもん。
夜中に誰かが泣く声が聞こえてきたり、トイレに起きたときは廊下の奥に、赤い女の子が立ってこちらを見ていた事もある。でも、別に人の気配を感じたり、襲ってくる訳でもないので放っといたのだ。下手に認識したら、逆に怖くなっちゃうからね。見なかった事にして、布団に戻る。それが大切だ。
だから、嘘ではないです。
「はいはい、そうだね。嘘じゃないね」
「むぅ」
絶対に、信じてくれていない。どうにかして、メルテさんに信じてもらう方法はないだろうか。
「私も、姿は見たことないですけど、声ならよく聞きますよ。すすりなくような声ですね」
そう言ったのは、ユウリちゃんだった。
「ま、まさかぁ。ネモが大好きだから、合わせて適当な事言ってるんだろう?」
「本当ですよ。まぁこの家、壁が薄いので、お隣の家からでも聞こえてくるんじゃないですか。それにしても、今日のお肉は上手に焼けましたね。柔らかくて、美味しいです」
ユウリちゃんの言うとおりで、ユウリちゃんが焼いてくれたお肉は凄く美味しいです。お口の中で、とろけます。イリスなんて、一言も喋らず、黙々と食べてるからね。約束通り、レンさんからお肉も分けてもらい、とても満足げだ。
「ちょ、ちょっと待った。ユウリも、その声聞いている、と?」
「ん?はい、よく聞こえますね」
「なんとも、思わない訳……?」
「まぁ、ちょっと気にはなりますよ。だって、女の子が泣いているんですから」
ユウリちゃんの気になるっていうのは、ちょっと違う意味だと思う。
「よし、分かった!それじゃあ、今夜調査するよ!」
そう言って、メルテさんがいきなり立ち上がり、叫んだ。
イリスがそれに驚いて、口の中にいれていた物が喉につまり、もがき苦しみだす。そんなに口の中に詰め込むからだよと思いつつも、ボクは水を手渡し、ユウリちゃんが背中をさすってあげる。
「ぷはっ!死ぬかと思った……」
どうにか、窒息死は避けられたみたいです。
「食事中に、大きな声を出さない!」
「ご、ごめん……」
これまた大きな声で怒ったネルさんに、メルテさんはすぐに謝罪し、イスに腰をおろしました。




