一番です
とりあえず、魔王との戦いはできればおこしたくはない。そういう聖女様の頼みを受け、今回の事は内密にする事になった。ただ、ヘンケルさんの事に関しては、ちゃんとするという。
レンさんとネルさんは、できる限りの情報を聖女様に伝え、聖女様は会話が落ち着いた所で、おもむろに座っていたイスから立ち上がった。
「さて。長く、話し過ぎましたね。私は、そろそろお暇致します」
「……ラクランシュ様。どうか、お気をつけてください」
「分かっています。同じ過ちは、もうおこしません。じゃないと、イリスにバカにされてしまいますからね」
「イリス様。でしょ?貴女に呼び捨てで呼ばれると、いちいち腹が立つので、そう呼んでください。マヌケな聖女様」
「それから、ネモさん」
「無視ですか!」
聖女様は、ボクの前に立つと、ボクの手を両手で握りしめ、膝をついた。突然の行動に驚き、退こうとしたけど手を握られているのでそうもいかない。
「この命を救っていただき、本当にありがとうございました。貴女の勇気ある行動に、深く感謝を捧げます。本来なら、勲章でも進呈したいのですが……申し訳ございませんが、内密故に、叶いません」
「い、いいです、別に……何も、いりません」
勲章とか、目立ってめんどくさそうだしね。よくある、授与式とかそんなの、ボクは絶対に出れません。だから、遠慮した。
「寛大なお心に、感謝致します。ですが、今回の件は私の心に深く刻んでおきますので、何か希望があれば、言い付けください。できる限り、お応え致しますので」
そこで、聖女様の手から、ボクの手が解放された。聖女様に握られていた手は、とても暖かく、心地が良かった。その余韻が、じんわりと残っている。
「……それじゃあ、ぎゅーちゃんと一緒に、ここで暮らしてもいいですか?」
「えぇ!?せっかく一緒に帰って、抱きしめてお昼寝をしようとしていましたのに!?」
ぎゅーちゃんは、聖女様の懐の中にしまわれている。よっぽどぎゅーちゃんが気に入ったのか、離そうとはしないその様子に、心は痛むけど、黙って見送るわけにもいきません。たまに顔を覗かせるぎゅーちゃんが、ボクの方を捨てられたネコみたいな目で見てるしね。目はないけど。
「ぎゅ、ぎゅーちゃんは、ボクにとってはもう、家族みたいな物で……だから、ごめんなさい」
「……」
「ぎゅー……」
聖女様は、最後にぎゅーちゃんを懐から取り出し、じっと見つめた。それから、ぎゅーちゃんを手に乗せ、そっと手をボクに差し出して、ぎゅーちゃんがボクの肩に飛び乗った。
「……分かりました。ぎゅーちゃん、どうかお元気で。でも、たまに遊びに来るのはいいですよね?撫でたり、抱きしめたり、ちゅーしたり!」
「ど、どうぞ」
「ぎゅ!?」
「それにしても、こんなののどこがいいんですか。趣味が悪すぎませんか、貴女」
ボクの肩に乗っかったぎゅーちゃんを、イリスが摘み上げて、そう尋ねた。
誰も聞けなかった事を、堂々と言えるのがイリスです。だって、空気とか、そういうの読まないからね。あと、基本的に人を見下す傾向にあるので、聞けるんだと思います。
「だって、可愛いではございませんか!その長い触手や、可愛いお口に、立派な黒い身体。どんなに可愛い動物や、人間よりも、ぎゅーちゃんが一番です。一番の、可愛さです」
「……私よりも?」
「はい!」
「ぎゅー」
恐る恐る聞いたイリスだけど、見事に敗北。ぎゅーちゃんは勝利に喜んだ。
「誰ですか、コレを聖女に選んだの……」
「まぁまぁ。イリスにはメイヤさんがいるから、いいじゃないですか」
「何も、よくないです!あと、アイツがいない時に、アイツの名前を口に出さないで下さい!」
さりげなく冗談を言っただけのユウリちゃんに、イリスは凄く怒った。
そんな2人の会話の影で、ネルさんもちょっと嫌そうな顔をしている。メイヤさんは、ネルさんの心にも、深いトラウマを刻んでいる。その名前をきいただけで、鳥肌を立たせるほどに。
正直に言うと、ボクもあんまり、メイヤさんがいない時にメイヤさんの名前は聞きたくないです。高レベルの変態が既に2人いるのに、更に1つ上のレベルの変態の名前は、口にすべきではありません。マナー違反です。
「ちなみに私は、ネモ様が一番だと思っていますよ……?」
顔を赤くして、レンさんにそんな事を言われてしまった。ちょっと嬉しいけど、ユウリちゃんがそんなレンさんを睨みつけている。
「もしや、レンファエル様はネモさんの事を、好いておられるのですか?」
「はい」
聖女様の質問は、直球だった。そして、レンさんもそんな質問に、即答だ。
「でも、かなり一方的な愛ですけどね。お姉さまは、レンさんの事なんて何とも思っていないので」
「それは、ユウリさんが決めた事ではないですか?私は、ネモ様からそのような言葉を聞いた事がありませんので」
「では、聞いてみたらいかがですか?丁度、皆いる事ですし、証人になってもらいましょう」
「ええ、いいですよ。望む所です」
ボクは、2人の会話が終わる前に、部屋を飛び出した。何故かというと、騎士団の中に、他にも魔族が紛れていたら困るだろうから、確かめてあげようかと思ったからです。幸いにも、他に魔族の人はいませんでした。よかった、よかった。
あと、丁度家の修理も終わり、家財とかも元通り。中にはおかしな形の食器もあったけど、まぁいいです。
「貴方、逃げましたね?」
付いてきたイリスにそう言われたけど、しょうがないじゃん。ボクの精神力を考慮したら、逃げるしかないでしょ。
それにしても、まさか自分があんな修羅場の中心にいる日が来るなんて、思いもしなかったよ。
「あ、あの、お嬢さん!」
「ふえ!?」
突然、騎士に話しかけられたボクは、おかしな声を出して驚いた。その男の人は、確か家の修理をしてくれていた騎士の1人だ。
ぼ、ボク、何か怒られるような事したかな?
「あ、あの、よろしければ、お名前を……!」
な、名前?名前って、ボクの名前?聞いて、どうするんだろう。もしかして、個人情報を引き出すつもりなのかな。だ、だとしたら、そうはいかないよ。
「ひっ!」
警戒していると、騎士はボクの背後に目をやり、小さな悲鳴をあげて、立ち去っていった。なんだろうと思って振り返ると、そこにはユウリちゃんがいる。ニコやかに笑い、振り返ったボクを迎えてくれた。
「お姉さまに男が話しかけるなんて、イリスが許しても私が許しません」
笑ってはいるけど、そのユウリちゃんは、凄く怖かったです。




