命令です
ぎゅーちゃんを突いて遊ぶ聖女様をよそに、おじさん騎士は、怪しげな笑みを浮かべていた。それに気がついていたのは、ボクだけじゃない。イリスも同じように、おじさん騎士を見ている。というか、睨みつけている。
「──何をするつもりですか」
おじさん騎士が、聖女様に向かって一歩踏み出した所で、イリスがそれを咎めた。
話しかけられたおじさん騎士は、予想外の問いかけに、足を止める。
「今、何をするつもりだったのかと、聞いたのです」
「……貴様に答える義務はない」
「確かに、そんな物はないです。では、質問の仕方を変えましょう。何故、そんなに悪意を垂れ流した状態で、聖女に近づこうとしたのですか?」
「……ラル」
イリスの言葉に、聖女様は一歩、おじさん騎士から距離を取った。ぎゅーちゃんは、その背中に隠して、庇うようにしている。
イリスの正体を知っている聖女様だからこそ、彼女にとって、イリスの言葉は重い。
悪意だとかには敏感なイリスの事だ。きっと、何かが起こる前に、教えてくれたんだと思う。
「所詮は、エルフのガキの戯言です、ラクランシュ様。恐らくは、貴女を撹乱させるために、でまかせを言っているのです。信じてはなりません」
「……天界を追放されたとはいえ、イリスティリア様は女神様。その言葉は、無下にできません」
「出鱈目です!貴女は、こんなエルフのガキの言葉を信じると言うのですか!私は、貴女に忠誠を誓った、忠実なる聖騎士です!どうか、目を覚ましてください!」
怒鳴り、聖女様に向かって膝をつき、顔を伏せるおじさん騎士。その必死さが、逆に怪しく見えてしまい、ボクは疑惑の目を向けています。
「……ごめんなさい、ラル。私は、貴方の忠誠に、疑問を持ったことはありません。魔王率いる、魔族の軍勢の動きが活発となり、警戒が必要な今、少し敏感になっていたのかもしれません。イリスティリア様……いえ、イリス、とお呼びするべきですね。この、私の忠実なる聖騎士であるラルが、私に何かをするはずがございません。何かの、間違いです」
「信じていただき、真に感謝致します!」
「……ふん」
信じていると言われたおじさん騎士は顔をあげ、清々しい顔で聖女様を見上げた。そんな様子を、イリスは気に入らないようで、鼻で笑い、そっぽ向いてしまった。
本来だったら、聖女様は女神様の言葉を聞き入れる立場にあるはずなんだろうけど、信じてくれなかったから、拗ねちゃったのかな。仕方ないよ、イリス。だってイリスはもう、女神様じゃないんだもの。
でも、先ほど気になる事を言った。聖女様が口にしたのは、魔王という言葉。懐かしい響きだ。この世界にも、魔王っているのだろうか。
「あ、あのー……」
「何だ!」
おずおずと手をあげたボクに答えたのは、おじさん騎士だった。大きな声で、威嚇するように睨まれてしまった。
怖いので、ボクはユウリちゃんに耳打ちをして、代わりに話してもらうことにした。
「えーと……魔族と人間は、仲が悪いんですか?あと、この世界にも、魔王はいるんですか?」
「貴様、何も知らんのか!?魔王は、今の所はおとなしいが、いつ人間の領地に攻め込んできてもおかしくないくらい、力を貯めている。その魔王を倒すため、各地で魔王討伐の勇者を選定する動きがある程だ。そんな我々の動きを、魔王は、配下の魔族を使い、スパイを送り込んでいるという話も聞き及んでいる。だから、聖女様は警戒されているのだ!」
「じゃあなんで、魔族である貴方が、聖女様の騎士なんてやってるんですか?」
ユウリちゃんの言葉に、場が凍りついた。いや、まぁボクの言葉なんだけどね。ボクがユウリちゃんに耳打ちして、話してもらっているだけだから。
「ラルが、魔族?一体、何を言って……」
「冒涜だ!これだけの冒涜を受けたのは、初めてだ!ラクランシュ様!この者達に、鉄槌を下す事を許可ください!」
おじさん騎士、大激怒。頭に血管を浮かび上がらせて、顔は真っ赤。剣に手をかけて、今にも切りかかってきそう。
でも、しょうがないじゃん。ステータス画面には、ハッキリと魔族って書いてあるんだもん。怒るなら、ボクじゃなくてこのステータス画面に怒ってほしいです。
「ああ、なるほど。どうりで、臭いと思ったんですが、それでですか」
そう言ったのは、イリスだ。
「よしなさい、ラル。私にも、彼女達の言葉が戯言だという事は、分かります。なので、貴方は怒りを静めなさい」
「くっ……!」
聖女様に言われて、おじさん騎士は渋々といった様子で、剣から手を離した。
「ネモ、ちょっと」
そこへ、イリスがボクに、耳を貸せと言ってくるので、膝をついて耳を貸す。耳元で話すイリスの息が、耳に当たってくすぐったいです。
「ええぇ!?」
「いいから、やりなさい。命令です」
イリスから受けた指令は、滅茶苦茶だった。
「私の騎士に対する、度重なる無礼、看過する事はできません。即座に、謝罪を!」
「ぎゅー……」
「ぎゅーちゃんは、心配しなくて大丈夫でちゅよー。優しいのですね、ぎゅーちゃんは。可愛い上に、こんなに優しいなんて、私惚れてしまいそうでございます」
ボク達を心配してくれる、聖女様の掌にのったままのぎゅーちゃん。そんなぎゅーちゃんを指で撫でて、聖女様は安心させてくれている。
でも、せっかくカッコ良く言い放ったのに、台無しだなぁ。
「どうした!ラクランシュ様が、こう言っているのだ!早く、謝罪をしろ!」
「ネモ」
「う、うん。本当に、いいんだね……?」
「やりなさい」
「何をごちゃごちゃ言っている!早く──」
その瞬間、おじさん騎士が吹っ飛んだ。鎧は砕け、肉体も砕け、家の玄関も砕け、そして正面の家の壁に当たり、ようやく止まった。
彼は、ボクが繰り出したパンチにより、そうなりました。普通の人間なら、たぶん今ので死んでいます。それくらいの威力です。
「な、何をしているのですか、貴女は!」
聖女様が、ボクに向かって怒鳴ってくる。
でも、よく見て欲しい。今吹っ飛んだ、おじさん騎士を。元気そうに、立ち上がったよ。




