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お肉を、捧げるのです


 ふと、思い出したことがある。

 先ほど、聖女様が名乗った名前の、ラクランシュ・セフィールド。そのセフィールドの方だけど、聞き覚えがあった。

 その名前は確か、ゲームに出てきた勇者パーティの、メンバーの一人の名前だ。確か女魔術師で、主に回復魔法を使ってくる、厄介なキャラクターだった。そんな女魔術師を、主人公であるプレイヤーのボクが倒し、パーティを壊滅させ、色々な事をしちゃうというイベントは、ボクの頭の中に焼きついている。

 よく見たら、この聖女様、見た目も彼女にそっくりだ。


「……い、イリスティリア様」


 聖女様が、イリスを見て、震える声で、その名を呟いた。


「ああ、分かるのですか。さすがは、聖女と呼ばれるだけの存在ですね」

「本物、なのですね?いえ、私が見間違う訳がございません。この、聖女の加護を授かった私が、貴女様のお姿を見間違うなど……」


 聖女様は、イリスに向かって膝をつき、手を組んで、美しいお祈りのポーズを見せた。その、閉じられたままの目からは、涙が零れ落ちる。そこに、偶然窓から日がさして、そんな聖女様を明るく照らす。


「ラクランシュ様。一体、何を……この小娘が、イリスティリア様?」

「はい。この方は、間違いなくイリスティリア様です。まさか、女神様とこうして、直接会話が出来る日がくるとは、思いもしませんでした。神に、深く感謝を捧げます」

「敬虔なる、聖女よ。貴女の働きに、神は真に満足しておいでです。これからも、職務に精一杯励むのですよ。そして、お肉です。お肉を、捧げるのです。いいですか。特上の、高級お肉ですよ。それから、お金を少々。少々と言っても、それなりです。分かりますね?」

「はい!イリスティリア様!」


 幼女の要求を、満面の笑みと、涙を流しながら喜んで引き受ける、聖女様。

 悪徳な宗教の教祖様って、たぶんこんな感じなんだと思う。自分が尊敬されているからって、その人から物やお金を巻き上げるのは、ダメです。

 そもそも、今のイリスはイリスティリア様ではないので、敬う必要なんてありません。目を覚ましてください。


「聖女様。この子はもう、女神様ではありません。ただの、エルフ幼女です。なので、貢物はいりません」

「ユウリ、黙ってなさい!私はこの聖女から金を巻き上げて、贅沢をして暮らすのです」

「い、イリスティリア様?何を……?」

「イリスティリア様じゃありません。この子は、天界を追放され、今はイリス。ただの、イリスです」

「天界を……追放……確かに、女神様にしては随分と、お力が弱いと……」

「余計な事は、考えなくて良いのです!肉です!あと、金です!金を用意しないさい!いいですね!?ね!?」


 欲望にまみれた幼女が、膝をつく聖女様に押し迫った。

 本当、女神様じゃないよね、こんなの。人間だって、こんなに意地汚い人はそうそういないよ。


「事情はよく分かりませんが、貴女は、天界を追放され、女神という立場を剥奪されたという事になるのでしょうか……?」

「ざっくりと言うと、そんな感じです。名前はイリスで、この世界で奴隷として売られている所を、こちらのネモお姉さまに助けられ、今はお姉さまの奴隷です。なので、イリスに耳を傾ける必要は、ありません」

「ユウリにこそ、耳を貸さなくて、良いです!ちょっと黙ってなさい!さぁ、聖女よ。私の言うとおりに、しなさい」


 ユウリちゃんに対しては、普段とおりの、エルフ幼女なイリス。聖女様に対しては、柔らかに微笑みながら、優しく語り掛ける、女神様モードの、イリス。切り替えが早くて、凄いなぁと思います。


「……数百年前に、一度だけ、天界を追放されたという、女神様がいたという、伝承があります。彼女は、女神様であったときの力を全て失い、この世界に放り込まれました。そんな彼女が辿った運命は、とても凄惨な物であったと聞き及びます。天界を追放された女神様は、罰を全うするために、この世界に送られた。ですから、罰を与えるのが、私達に与えられた使命となるのです。語らずとも、想像を絶するような恐ろしい目にあい、その女神様は命を落とすまでの数年間、罰を全うし、この世界をさりました……」


 聖女様の昔話を聞き、イリスは顔を青く染めて、ボクの後ろに隠れました。

 ボクとしては、一応イリスをそんな目には合わせたくはない。意地汚く、欲深くて、すぐに調子にのって、なまけるし、ボクに全ての罪を押し付けようとしてきた事もあるし、反省しないし、すぐ怒るけど、だからって、放ってはおけない。


「……ですが、もうそんな時代でもありません。私は、貴女を見なかった。そいう事にしておきましょう」

「それがいいと思います……」


 イリスは、全力で頷いて、聖女様に答えた。

 コレに懲りたら、ホントにもう、調子に乗るのはやめたほうがいいよ。いつか、その身を滅ぼす事になりかねないよ。


「……ですが、女神様のお姿をこの目に見る事ができた事は、感動の極み。その事に、変わりはございません」

「イリスの事は、これでいいでしょうか」

「はい」

「ラクランシュ様!」


 ユウリちゃんがそう確認し、ようやく話が終わりそうだったのに、おじさん騎士が突然叫び声をあげた。


「なんですか、ラル」

「なんですか、ではありません!目の前にいるのは、天界を追放されし、女神様なのですよ!徹底した罰を、その身に与えるべきです!」

「それは許しません。天界からのお告げもありませんし、私としては、個人的にそのような事はしたくありません」

「ですが……魔王の進行が控える今、一刻も早く女神様から導きをいただく為にも、天界に従順であらねば、見放される事になりかねません……!」

「そのために、エルフの少女を痛めつけろと言うのですか。全く、貴方は私に仕えてから、3ヶ月、何も理解してくれませんね」


 聖女様は、イラついた様子でおじさん騎士に背を向けた。どうやら、怒ったようで、その不機嫌オーラはおじさん騎士に、反論の余地を与えない。


「それで、聖女様。一体、何のご用で、この家に?」

「……そうでしたね」


 イラついた様子を吹き飛ばすように、聖女様は軽く頭を振った。それから、ユウリちゃんに柔らか笑みを向けて、口を開く。


「先日の、竜の撃退の件について、いくつかお尋ねしたい事がございます」


 とりあえず、ぎゅーちゃんの事ではない事に、安心した。でも、それはそれで、ちょっと面倒な話だ。 竜は、メイヤさんを始めとする、キャロットファミリーの皆で倒した事になっていて、ボクが目立たないようにしてくれてある。ギルドとしても、その方が名があがるし、ボクが目立たないで済むので凄く助かる。

 もしかしたら、その嘘がバレたのかもしれない。

 ボクは、怒られるんじゃないかと思い、ぎゅっと目を閉じた。


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