偶然
「ユウリ!どういう事!?」
服を脱ごうと決意した、その時だった。部屋に勢い良く入って来たネルエルさんに驚き、ボクはその手を止める。
「ど、どうしたんですか、ネル。せっかくいい所だったのに……」
「いい所?まぁいいわ。それよりも、ユウリ。貴女もう薬を飲んで、快方に向かっているみたいじゃない。お医者さんが、言ってたわよ」
「ちっ」
ネルエルさんの報せに、ユウリちゃんが舌打ちした。
どういう事?ボクは首を傾げて、イリスを見る。でも、イリスは肩をすくめて、何も知らないとアピールする。
それじゃあ、本人に聞くのがてっとり早いね。という事でユウリちゃんを見るけど、ユウリちゃんは目を閉じて、わざとらしくいびきをかいて眠っている。明らかな、狸寝入りだ。
「ユウリちゃーん?」
「……」
ボクが声を掛けると、ユウリちゃんは観念したようで、目を開き、狸寝入りをやめた。
「……偶然、帰らずの熱の魔法薬が、試験段階ではあるものの開発できたようで、そのお薬を実験的にいただいたんです。おかげで、大分楽になっています」
「偶然……」
それも、幸運の加護のおかげだろうか。
だったら、竜を倒す必要ってなかったのに。と、一瞬思うけど、たぶんそうじゃないんだよね。ユウリちゃんが病気にかかり、それを治すために竜を倒しにいったボクが、竜に殺される。でも、ユウリちゃんはその薬のおかげで、あっさりと病気が治ってしまう。それが、ユウリちゃんに降りかかるはずだった、不幸。
全て、そうなるように仕込まれた、罠のような物だった訳だ。
「そうなら、早く言いなさいよ……どれだけ、心配したと思ってるの」
「ごめんなさい、ネルエルさん。でも、ありがとうございます。皆さんも。本当に、ご心配をかけて、申し訳ありません」
「いいよ、ユウリちゃん。今は、ゆっくり休んで、早く元気になってね」
「はい!」
ユウリちゃんは、とても良い笑顔で、返事をしてくれた。
「ところで、あのー……添い寝の件なんですが……なんでしたら、服は着たままでもいいのですが」
「やっぱり、怪我もあるから、一人で寝ます」
「そんなぁ!」
「欲をかいた、罰です。自分が病気だという立場を利用した、たちの悪い女ですよ。いきましょう、ネモ様。お部屋に戻ったら、私が添い寝して差し上げますからね」
「れ、レン様が、ネモに添い寝……」
ボクが座る車椅子を押して、一緒に部屋を出て行くレンファエルさん。
そんな様子を、ネルエルさんは今にも鼻血を垂らしそうな勢いで、顔を赤くして見ていた。
添い寝は遠慮しておくとして、コレは本当に、病気を利用したユウリちゃんへの罰だ。心配させておいて、裸での添い寝を要求するとか、悪徳です。
……でも、とてもユウリちゃんらしい。ボクは、静かに笑った。
次の日になると、ユウリちゃんはすっかり元気になっていた。HPもマックスで、どうやら完全回復したらしい。
回復したら、もうすっかりいつものユウリちゃんで、大好物の女の子を物色しに、ギルドの中を練り歩いています。特に、受付のイオさんを見つけたときは、問答無用でその胸の中に飛び込み、次会ったら抱き合うという、一方的にした約束を果たしていた。
「それにしても、凄い効き目だね。まさか、一日で病気が治っちゃうなんて」
「ホント、そうですね」
ギルドの廊下を、ユウリちゃんと並んで歩き、何気ない会話。
そんなユウリちゃんの頭には、たんこぶができている。先程、イオさんへのセクハラを止めようとしなかったので、叩いて止めさせざるを得なかった。
「いや、あたしとしては、病気よりも、ネモの怪我なんだけどね……」
そんなボク達の背後から話しかけてきたのは、フードを深く被り、顔を隠したメルテさん。レンファエルさんと、ネルエルさんと、メルテさんの正体は、ギルド内でもまだ秘密なので、3名は基本的に、フードを被って顔を隠している。
「あんなに全身ボロボロだったのに、どうしてたった一日で、怪我が治ってるんだい?」
メルテさんが指摘したのは、ボクの身体だ。折れていた骨も、傷も、寝て起きたら全て治っていた。なので、今のボクは、包帯を全て外されている状態だ。怪我がなければ、している必要ないからね。そんなボクの状態を、今朝診てくれた、あの淡々と話を進めるお医者さんも、無言で驚いていた。
ただ、服は廃棄処分となってしまい、同じ服がないのでギルドの受付の服を借りている状態だ。せっかくユウリちゃんが用意してくれた服だったのに、残念です。
ちなみに、フードは被っていない。ボクは、自分を変えるため、顔を隠すのをやめた。これからは、堂々と前を見えていくと、誓ったのだ。
でも、やっぱり恥ずかしいので、ユウリちゃんやイリスと話すときと違い、ちょっと挙動不審になってしまう。
「め、メルテさん、こんにちは。いい、お天気ですね」
「あ?ああ、うん。曇ってるけどね」
窓の外へと目を向けたメルテさんが、そう言った。確かに、そうでした。いきなりの失敗に、ボクは激しく落ち込みました。
「お出かけですか?」
「いや、帰ってきたところだよ。ちょっとだけ、情報収集にいってきてね。いや、それにしても、驚いたわ。ヘイベスト旅団が壊滅して、ギルドマスターのレイ・ヘイベストが、すんごい髪型になったていう見出しの記事を見かけたんだけど、思わず笑っちまったよ。あれ、本当?」
本当も何も、それしたのってボクだからね。表向きにはラスタナ教会がしている事になっているみたいなので、余計な事は言わないけどね。
「ほ、本当ですよー。ボクは、やってないです。ラスタナ教会が、やったことです。なので、ボクは関係ないです。見てもいないし、聞いてもいません。レイさんの部下の人が、実はラスタナ教会の人だったとか、何も知りませんし、パンチがレイさんの頭を掠めて、頭がああなっちゃった事も、ボクとはあまり関係ありません」
「なに……?お前、まさか──」
ま、マズイ。つい、気が動転して、余計な事を言ってしまった。フードがない環境にまだ慣れていない上に、この不意打ちの疑問に、ついていけなかった。
「──情報通か?凄いな。そんな事があったのか」
でも、メルテさんは特にボクに疑いを持つ事はなかった。安心して、胸を撫で下ろす。
「よかったですね、相手がメルテさんで」
「うん……」
「ん……?まぁ、いいや。それより、これからメイヤさんの所に、報告に行く所なんだ。よければ、一緒に来ないかい?」
「報告?まぁ特に用事もないですし、いいですけど……」
「よし。んじゃ、しゅっぱーつ」
「わ」
メルテさんが、ボクの肩に腕を回し、一緒に歩き出した。最初は戸惑ったけど、なんだか友達みたいで、悪くはないです。




