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さようなら、イリスティリア様


 油断をしました。

 目を覚めてから、改めて見てみたら、ラメダさんはサキュバス族。キスした相手の生気を奪う、魔族の方でした。とはいえ、特に実害はない。ちょっとだけ吸われたけど、ボクが気絶した原因は、ただ単に恥ずかしすぎただけだから。

 とはいえボクにとってのファーストキスは、代金支払いの代わりという、何のロマンもない物になってしまった。別に、わざと守ってきた訳ではない唇だけど、それにしも……激しいキスでした。思い出すだけで、顔が赤くなる。


「貴方達、何か訳ありそうだけど、もしよかったら家で働く?職業内容は、主に奴隷の調教。その他雑用も頼むだろうけど、生きていけるだけの給料は払うよ」

「私は別に構いませんが……」

「……」


 ボクは、ユウリちゃんの後ろに隠れ、ラメダさんに向かって全力で首を横にふった。誰かの下で働くなんて、ボクには無理だ。そして、知らない人の調教なんて、もっと無理。人には向き不向きという物がある。ラメダさんって、見る目がないんだと思うよ。


「でも、生活はどうするの?ネモちゃんが寝ている間に、ユウリちゃんに聞いたけど、一文無しで、しかもこの、交易都市ディンガランに不法侵入とか、憲兵隊に見つかったら厄介な事になるよ?」

「ボクはずっと、一人で生きてきました。な、なので、平気です」


 前の世界では、部屋の中で、引きこもりとして。その前の勇者時代は、勇者として世界中を旅して、人のいない場所でキャンプを張ってサバイバルをしてきた。この世界でも、誰もいない場所でひっそりと暮らすくらい、朝飯前である。


「あ、でも……」


 ボクはサバイバルでいいけど、ユウリちゃんはそうも行かないだろう。なんなら、ユウリちゃんが望むなら、ラメダさんの所に預けて、ボクは旅に出よう。


「ユウリちゃんは、自由にして、いいからね……?」

「私はもう、ネモお姉さまの物です。どこまでもお姉さまについていく覚悟は、できています。そして、私を調教してください。なんなら、今すぐに。さぁ!」


 ユウリちゃんは、壁に立てかけてあった鞭を手に、そうせがんでくる。目が希望と期待で輝いているのが、逆に怖い。


「い、いや、しないよ……?」

「まぁ別に、強制はしないわ。でも、くれぐれも憲兵には気をつけるんだよ。それから……ゲットル奴隷商会の奴隷紋を消したことは、内緒。もしバレたら、私が殺されちゃうから」


 笑いながら言うけど、ラメダさんの目は、本気だった。そんな大変な事を、何でしてくれたんだろう。あ、よく考えたら、ボクが脅迫したんだった。申し訳ない。


「そ、それじゃあ、ボクはもう行きますね。お世話になりました」

「……貴女ならたぶん、大丈夫そうね。また、いつでもいらっしゃい」

「お世話になりました」


 今ならまだ、早朝で人の数は少ない。目立たずに出て行くのなら、今がチャンスだろう。本当は、サバイバルグッズを少し揃えたいところだけど、お金がないんじゃしょうがない。とりあえずお金になりそうな物を外で集めて、また売りにこよう。それまでは、野宿だ。ボクは枕がないとよく眠れないんだけど、仕方ない。

 自然と、ユウリちゃんがボクと手を繋いでくる。ニコリと笑うユウリちゃんと、頷きあい、二人でゆっくりと商館の出口へ向かい、歩き出す。

 すると、また大きな音。檻に、体当たりをして、先程の金髪のエルフの女の子が、物凄い形相でボクを睨んでくる。


「あーもう、この子は全く……」


 ラメダさんは、頭を抱えて、鞭を取り出してその子に向けて、放つ。ボクは、大きな音に驚いて、ユウリちゃんの背中に隠れた。


「そ、その子は……」

「見ての通り、エルフの子供だよ。普通なら高値で売れる、上質の品なんだけど……見てよ。この反抗的な目。鞭で打たれても堪えないし、それどころか殺気のこもった目で睨みつけてくる。口を開けば、酷い罵詈雑言の嵐。他の所で面倒を見切れないって言うから、買い取ったけど、高すぎる買い物だったわ」

「そうなんですか。可愛いのに、もったいない」


 ユウリちゃんは、舌なめずりをしながら、呟いた。その目は、獲物を見る、ハンターの目。そして、ラメダさんの奴隷を見る目と、よく似ていた。


「~~~~~っ!」


 それよりも、やっぱりこの子、ずっとボクを見ている。ま、まさか、この子もユウリちゃんと同じで、そっち系なのだろうか……。

 一応、ステータスを確認しておこう。ボクはそう思い、エルフの女の子のステータス画面を開く。

 名前は、イリスティリア。種族はエルフで、職業は奴隷。レベルは1、か。特に、目を見張る物はないな。ボクは、画面を閉じた。

 ……………ん?

 もう一度、画面を開く。注目したのは、名前。イリスティリア?イリスティリア……イリスティリア様?

 改めて、見てみる。確かに、面影はある。でも、本当に、あのイリスティリア様?


「ら、ラメダさん。その子と、お話しをしてみて、いいですか……?」

「いいけど……気を悪くしないでよ?」

「……」


 ボクが頷くと、ラメダさんがエルフの女の子の檻に手を伸ばし、その口枷を外してあげた。


「ゆーうーしゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!」


 口枷がはずされた瞬間、物凄い声で怒鳴られた。

 ボクが勇者だと分かるという事は、やっぱりイリスティリア様だ。それが何故、こんな所に。


「ここから出せえええぇぇ!勇者!この人間を殺せ!彼女は、私に対する不敬を働いた、大罪人です!今すぐに、その首をへし折りなさい!そして、私を助けろ!今すぐに!」

「い、イリスティリア様。こんにちは。さようなら」


 ボクは再び、ユウリちゃんと歩き出した。


「待て待て、まてえええぇぇぇ!待ってください、お願いします!お願いだからあぁぁぁ!」


 懇願されて、ボクは仕方なく、足を止めて振り返る。子供の姿になった、イリスティリア様。豊かだった胸は平らになり、そこには見る影が全くない。ただ、その必死の形相は、あの日ボクに、パソコンの画面から罪をなすりつけようとした、醜い顔そのものだ。


「こんな所で、何をしているんですか……?」


 ボクは、ユウリちゃん超しに尋ねてみた。


「天界を追放されたのよ……!お前のせいで!そして、全ての力を剥奪され、なんの力も持たない奴隷として、この世に放り投げだされたのです!責任をとって、助けなさい!」


 そんな事を言われても……ボクに責任ってあるのかな?でも、勇者時代はボクを優しく励ましてくれたり、引きこもりの時のお金を稼いでくれていたのはイリスティリア様で、恩がないとも言い切れない。


「この子、ずっとこんな調子で、自分があの、豊穣の女神イリスティリア様だと言い張るの。何にも豊穣じゃないのに」


 あははと笑いながら、自分の胸を触りながら言うラメダさんに、イリスティリア様は目でラメダさんを殺そうと、睨みつけている。


「こ、この子、自由にしてあげる事は……」

「それはダメ。こういう粋の良い奴隷を欲しがる物好きもいるからね。拷問用にも、いいかもしれない。使いようは、いくらでもあるの。でも、貴女が買い取るというのなら、話は別」

「……いくらですか?」

「貴女になら……890万Gで売ってあげる。ただし……また、お願い」


 ラメダさんは、ボクに向かって唇とちゅっと鳴らしながら、言ってきた。

 値段もさる事ながら、それはボクにとって、受け入れられない、あの行為を指しているのだろう。


「さようなら、イリスティリア様。お元気で」


 ボクは、ユウリちゃんと商館を後にした。


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