一番の不幸
ご飯を食べ終わると、ボクは心に決めたとおりに、隣の部屋にいるという、ユウリちゃんの元へ訪れるため、立ち上がった。勿論、レンファエルさんとイリスには止められたけど、車椅子でおとなしく運ばれるという条件を呑み、ボクは車椅子に乗せられる事になる。
自分の思い通りには動けないけど、仕方がない。ボクは、レンファエルさんに車椅子を押してもらい、隣の部屋を訪れた。
「……ユウリちゃん?」
部屋は、静まり返っていた。ユウリちゃんが寝かせられているベッドに向けて呼びかけるけど、返事はない。でも、その姿は確認できた。顔を真っ赤にして、汗をかき、苦しそうに息をしている。
見ていられないくらい、元気がないユウリちゃん。ボクは、思わず車椅子から立ち上がって駆け寄ろうとしたけど、それをイリスに止められた。代わりに、レンファエルさんが車椅子を引き、ユウリちゃんの近くに止めてくれる。
「ユウリちゃん。もうちょっとの、辛抱だよ。もうすぐ、お薬が出来るから、我慢しててね」
ボクは、ユウリちゃんの手を掴み、そう声を掛けた。
すると、ユウリちゃんが、ボクの手を握り返してくる。
「……お姉さま」
「ユウリちゃん!」
ユウリちゃんの、目が覚めた。とても弱弱しいけど、確かに意識がある。
「私の、せいで……お怪我を……ごめんなさい」
「こ、こんなの、全然大した怪我じゃないよ!それよりも、ちゃんと竜の血を取ってきたんだ。もうすぐ、お薬ができるからね」
「……ネモお姉さまに、隠していた事があります。聞いて、くれますか……?」
「……うん」
「実を言うと、私は、この世界に来る際に、とある能力を、女神様から授かりました……。それは、幸運の加護。この力のおかげで、汚い男の奴隷になっても、キレイで優しいお姉さまに助けられて、お姉さまの奴隷として、お姉さまにいたぶられ、毎日ベッドを共にし、ペットのように扱われるという、天国のような生活に恵められました……」
「してない。してないです。だから、そんな顔をしないでください、レンファエルさん。ユウリちゃんの、口からでまかせです」
涎をたらし、羨ましそうな顔をしてみてくるレンファエルさんに、ボクは今のユウリちゃんの発言を否定した。
とはいえ、一部事実も混ぜられている。ただ、巧妙に言い換えられていて、とても人聞きが悪い。ボクは、ユウリちゃんに一切手を出していないし、ただ毎日一緒に寝て、セクハラされたら力を行使しているだけです。
「冗談はさておき……」
もしかしてだけど、ユウリちゃん。ちょっと余裕ある?よく見たら、ステータスの体力ゲージはまだ70あるんだけど。イリスなんて、1回HP30になった事があるからね。それくらいまでいくと、けっこう苦しそうな感じだったけど、70てどうなんだろう。なんか、疑ってしまう。
「幸運の加護のおかげで、私はこの世界で、幸運によって様々な危機を回避してきました。例えば……初めてクエストを受けたとき、お茶に毒が盛られていましたが、偶然私のお茶だけ、薬を入れ忘れられていたようです。他にも、私が一人になった時、家に強盗が入りましたが、私は偶然通りかかった方に助けられ、無事でした。細かいことは他にもありますが、私の最大の幸運は、お姉さまに気に入られた事……。おかげで、私はこの世界で無事に過ごすための、安寧を手に入れたのです」
「確かに、この世界で何の力も持たない者にとって、ネモの傍は一番の安全圏。貴女は、そのおかげで今日まで無事だった。でも、幸運の加護は絶対ではない。デメリットが存在する。ですね?」
「……その通りです、イリス。自分に降りかかった幸運は、ある日一挙に、不幸となって返って来る。この病にかかったのは恐らく、そのせいです。そして、そのせいでお姉さまに、こんな怪我をさせてしまった。私にとって、それ以上の不幸はありません。ごめんなさい、お姉さま。全部、私のせいなんです……」
ユウリちゃんは、涙を流した。とても哀しそうな顔で、こっちまで泣いてしまいそうになる。でも、ボクは堪えて、ユウリちゃんの涙を手で拭ってあげる。
「ユウリちゃんのせいなんかじゃ、ないよ」
「私にとっての、一番の不幸は、ネモお姉さまを失うこと。今回は上手くいきましたが、次は怪我ではすまないかもしれない。そう考えると、怖くて、震えが止まらなくなるんです……!いっその事、私はお姉さまの前から消えて──」
ボクは、ユウリちゃんの口を、手で塞いだ。よく、アニメやドラマとかでは、こういう場面ではキスで塞ぐんだろうけど、さすがにそんな事はできない。
「ボクにとっての一番の不幸は、ユウリちゃんを失う事だよ。だから、そんな事は言わないで。これからも、この世界にいる限り、色々な事があるかもしれない。でも、ボクは平気だよ。ユウリちゃんを絶対に守るし、ボクも死んだりしない。だから、一緒にいよう。何があっても、乗り越えよう」
「でも……!」
「バカな女ですね。ネモは、最強の勇者。それに加えて、私がいるんですよ?何を怖がる必要があるんですか」
イリスが、胸を張ってそう言ってくれた。イリスも、もう憎まれ口は叩かない。素直に、ユウリちゃんを諭し、暗に一緒にいようと言っている。
「それでも、お姉さまに迷惑をかけるくらいなら、私は死んだ方がマシです……!」
「迷惑なんかじゃ、ないよ。ユウリちゃんが傍にいてくれたら、ボクはとても嬉しい。いなくなったら、凄く悲しい。さっきも言ったけど、ボクにとっての一番の不幸は、ユウリちゃんがいなくなっちゃう事だよ。それでも、ユウリちゃんはボクの前から、いなくなっちゃうの?」
「っ……!」
ユウリちゃんは、それでも煮え切らない様子で、涙を流した。そんなに、難しく考えなくていいのに。ボクは、そんなユウリちゃんがちょっとおかしくて、苦笑いしながら、ユウリちゃんの頭を撫でる。
「一緒にいよう」
「…………はい!」
ユウリちゃんは、やや沈黙した後に、最後に大きな涙を流し、ボクに笑いかけながら、返事をした。
ようやく、話はまとまった。ボクは、ユウリちゃんが傍にいると言ってくれたことに、心の底から安心した。正直言うと、凄く怖かったからね。ユウリちゃんが、ボクの傍から消えてしまうと言ったとき、気絶しそうだったよ。
「……ネモお姉さま」
「何?ユウリちゃん」
「その……熱のせいか、寒気がするんです。できれば、お姉さまの肌で、暖めてくれませんか?」
一緒に、寝ようという事かな。上目遣いで、涙目のユウリちゃんにお願いされたら、仕方がない。
「ちょ、ちょっとネモ様?一緒に寝るつもりですか?お怪我もありますから、広いベッドで、一人で寝ていた方がいいんじゃないでしょうか」
「う、うん。まぁ、寝るだけだし、それくらいなら、いつもの事だから、平気だよ」
「あ、ちなみに、裸を所望します。私も脱ぐので」
「うん、分かったよ」
ボクは、ユウリちゃんに言われたとおり、服を脱ごうとするけど、思い留まった。
あれ?おかしいな?なんか、ユウリちゃん、凄く顔色よさそうだよ。ステータスを開いてみると、HPが80を示していて、先ほどよりも回復している。
「どうしたんですか、お姉さま。さぁ、早く。早く、その美しいお肌で、私を暖めてください!」
「脱ぐのでしたら、私がお手伝いしますね」
促すユウリちゃんと、興奮した様子でボクの服に手をかけてくる、レンファエルさん。
ボクの身体、包帯だらけだから、あんまり肌は露出していないんだけどな。でも、重病にかかっているユウリちゃんのお願いは、なるべく叶えてあげたい。こんな事くらいでユウリちゃんが元気になるなら、と思う。
ボクは、意を決し、服に手をかけた。




