これ以上は語れません
「ありがとう、イリス。イリスがいなかったら、ボク負けてたよ」
ボクは、そう言いながら、イリスが渡してくれた剣を、鞘に収めて差し出した。イリスはそれを、手で押し返してくる。
「それはもう、貴方の物です。というか、元々貴方の物なので、それを返しただけに過ぎません」
「……終わったようだが、酷い有様だな」
そこへ、メイヤさんが馬に乗り、駆けつけた。イリスが、1人でここまで来るとしたら、半日はかかるだろう。誰かが連れてきたんだろうとは思っていたけど、それはメイヤさんだったようだ。
メイヤさんは、辺りの様子を見て、呆れたようにそう言った。
確かに、凄い光景だよね。長閑だった小高い丘は吹き飛び、草原は焼け、岩は隆起し、未だに衰える事のない炎が、燃え続けている。そんな光景が、数キロにわたって広がっているんだから、地形が変わったと言って、いいだろう。
「見ていたが、あの竜を、本当に倒してしまったのだな。お前は、凄いよ。本当に」
「……いえ。ボクだけの力じゃありません。イリスのおかげです。ね、イリス」
「ふん。ようやく、この私のありがたみが、分かったようですね。これからは、称え、敬いまなさい」
「あ、あぁ……威張って胸を張るイリスは、可愛いな」
そんなイリスに反応したのは、メイヤさんだ。鼻の下を伸ばして、手をわきわきと動かしながら、イリスに迫る。
イリスはすぐさま、ボクの背後に退避。身体に抱きついて来た。
「いてて……」
「あ、ごめんなさい……」
イリスに抱きつかれたことにより、傷が痛みを訴えてきた。
改めて、ボクは本当に、ボロボロだなぁと思った。こんなに怪我を負ったのは、初めての事で、戸惑う。ただ、痛み自体はそんなに強い痛みじゃない。これくらいの傷の痛みって、こんな物なんだ。
「すぐに、治療したほうがいい。手を貸そう」
「だ、大丈夫ですよ?」
「そうはいかない。お前は、町を……いや、世界を、竜から救った英雄だ。手厚く扱わなければ、罰が当たってしまう」
メイヤさんは、半ば強引に、ボクの腕を肩に担ぎ、身体を支えてきてくれた。
「ほ、本当に大丈夫なの?凄い、血だけど……」
イリスも、心配そうにボクの顔を覗いて尋ねてくるけど、平気なのは本当。だから、笑って返す。
「うん。平気だよ」
「……そうですか。なら、良いんです。その元気な姿を、アスラに見せ付けてあげてください。そうすれば、アイツのしわの数が百本程増えて、老婆のような姿になるでしょう。あ、しばらく会ってないので、もしかしたら、もうそうなっているかもしれませんね」
『私が聞いていることが分かっていて、わざと言っていますね、イリス』
突然、空から声が注いだ。姿は見えずとも、その声の主は、なんとなく想像がつく。
「あら、聞いていたの、アスラ」
イリスは、わざとらしく、笑いながら言った。女神、アスラ様……ボクをこの世界に送り、先ほど竜に、おかしな力を授けた、女神様だ。
「アスラ……女神様の……?」
その名前を聞いて驚いたのは、メイヤさんだ。どうやら、アスラ様の事は知っているみたい。
『調子に、乗らない事ですよ、イリス。今回は、上手く回避できたかもしれませんが、次はそうはいきません』
「はっ!最強の勇者たる存在の、ネモの力を見ておきながら、まだそんな口がきけるんですね。この世界最強の生物に、女神の加護を渡しても勝てなかったんですよ?その事実を受け入れたらどうなんですか?大体にして、いいんですか?この世界にあんな形で干渉して。ラスタナが知ったら、どうするでしょう。いえ、もう気づいているかも」
『女神ではない貴女に、言われる筋合いはありません。いいですか。貴女はこの世界で、罰を受けるのです。それは、貴方達も同じです。この世界に送られた者は、皆罰を受けるべき者。黙って受け入れ、そして罰の人生を全うしなさい』
黙って、運命に翻弄されろと?とんでもない暴君女神様だ。
「──お断りします。ボク達はこの世界で、普通に、幸せに暮らします。邪魔するつもりなら、邪魔すればいいです。でも、どうしても邪魔するつもりなら、ボクは……貴女を倒す」
それっきり、天から聞こえて来た声は、途絶えた。ボクの声を最後まで聞いたうえで去ったのか、途中で去ったのかは分からないけど、とにかくコレがボクの意思だ。
「……イイ。最高です、ネモ!私をこんな世界に閉じ込めたアスラを、倒す。それ以上に愉快な事なんて、考えられない」
イリスは、クルクルと周り、スカートを浮かせながら、踊った。その姿は、本当に嬉しそうで、若干の狂気も帯びていて、ちょっぴり怖いです。
「それより、説明してくれ。今の声は、女神アスラ様の物だな?」
「そうです。アレは、アスラ。女神の、アスラ」
「そんな方が、どうして語りかけてきたというのだ。聖女様以外で、女神様の声を聞くことなど、この世界にとってはありえない話だぞ。分かっているのか?」
「落ち着きなさい。アスラは、私達をこの世界に送り込んだ、張本人。運命に抗う私達に痺れを切らせ、手を下したものの、見事に返り討ちにされて、悔しがってるだけの、ただのババアです。何も、特別な事ではありません」
「イリスの言う事は、よく分からない。だが、アレが本物のアスラ様だとすると、女神様に喧嘩を売ったことになる」
メイヤさんは、頭を抱え、ボクを支えてくれている力が、若干だけど、下がった。
ボクが女神様に喧嘩を売った事が、メイヤさんを悩ませているみたい。でも、後悔はない。何が、女神様だ。何が、運命だ。
「大丈夫。安心しなさい、メイヤ。アスラは、ババアです」
いや、さすがにそれは可愛そうだよ。一応、それなりに美人さんだし、確かにちょっと、めざといと言うか、けばいというか……でも、ババア扱いされるほどの見てくれじゃないよ。
そもそも、そんな事を聞いたからって、メイヤさんが安心する要素には──
「そうなのか。なら、どうでもいいか。結局の所、私はイリスに処女を捧げるだけだしな」
──なった。
そして、また意味不明な事を言い出した。若干顔を赤らめて、恥ずかしそうにしている姿が、ちょっと可愛いく感じる不思議な世界。
イリスはそれを聞いて、顔を真っ青にしてメイヤさんから距離を取る。
ホント、いつかイリスは、メイヤさんにあんな事や、こんな事をされるんじゃないかと、心配になります。
いや、メイヤさんにイリスを預けてる時に、既にそうなりそうだったみたいだけどね。でも、ボクの口から、これ以上は語れません。




