竜
竜は、現在世界に3匹しか存在しないらしい。その内の1匹は、とある場所に封印されていて外に出ることはない。残りの2匹は、人の立ち入りが禁止されている区域で、おとなしく生活しているらしい。その地に人が入る事は、硬く禁止されている。その上、竜自体の強さは世界を滅亡させるほど。そんな竜に下手に喧嘩を売りにいったら、世界が滅ぼされる可能性もあるので、中に入れてくれる訳がない。
以上が、メイヤさんの説明。
ゲームにも、竜は出てきた。設定も、メイヤさんの言ってくれたとおりの物だ。ストーリーとは関係のない、隠しボス的な位置づけで、その強さはラスボスの数倍は強い。正に、圧倒的だった。倒すのに、とても苦労したよ。
「竜は、この数百年、人に危害を加える事無く、平和に暮らしている。こちらから手を出す事は、許されぬ禁忌だ」
「……それでもボクは、やります」
「無理だ、ネモ」
メイヤさんが、ボクの肩に手を乗せて、諭すように言って来た。
「止めないで、ください……」
ボクは思わず、思い切りメイヤさんを睨みつけてしまった。ユウリちゃんの事を思うと、いてもたってもいられない。今すぐにでもここを飛び出して、竜退治に出かけたいんだ。邪魔をするなら、許さない。
ボクに睨みつけられたメイヤさんは、ボクから手を離し、距離を置いた。その顔には、冷や汗が浮かび、たじろいでいる。
「無駄よ、メイヤ。このネモは、ユウリ大好きっ子だもの。世界がどうのとかより、ユウリ第一主義。止めたって、止まりやしないです。下手に止めようとすると、自分に火の粉が降りかかりますよ」
「……ふ。ユウリのためなら、世界が滅ぶ事も辞さぬ覚悟のようだな。どうせ、こんな世界、滅んだところでどうでもいい。好きにすればいいとは思うが、無駄死にだけはしないようにしろ」
メイヤさんは、再びボクの肩に手を乗せて、そう言って来た。
メイヤさんは、ボクの身を案じて言ってくれただけ。別に、ボクを止めようとしていた訳ではない。分かってはいたけど、先ほどは本当に余裕がなくて、睨んでしまった。その行動を反省し、心を落ち着かせつつ、今度は睨むんじゃなくて、真っ直ぐにその目を見て、頷いて答えた。
「竜は、ここより東に、馬で2日程の山岳地帯に一匹生息している。それが、一番近い竜だ。急げば、1週間の期日に間に合う。馬は、この町で最速の馬を用意してやろう」
「メイヤ様!」
そこへ、突然部屋の扉を開き、ギルドの制服を着た女性が入ってきた。
「静かしろ。病人がいるのだ。それに、今は取り込み中だ。後にしてくれ」
「し、失礼しました……でも、大変なんです」
部屋に入ってきた女の人は、謝罪して、声の大きさを落としながらも、話を続ける。
「竜が、出ました。封印から解かれた竜が、この町へ向かっています!」
ボク達は、その情報に目を合わせ、呆然とした。
今、正に話題になっていた竜が、この町へ?願ったり適ったりじゃないか。偶然だろうが、なんだろうが関係ない。ユウリちゃんが助かるのなら、それでいい。
「……偶然、にしては出来すぎている気がするが……チャンスだな」
「はい」
「竜は、どこから来る」
「西の、バイデン渓谷の向こうから、道中の村々を焼き払いながら、こちらに向かっているという情報です。王国から討伐命令が出ており、今すぐ戦える冒険者を集めて、出立しろという命令が出ています。どうしますか!?」
「こんな、辺境の町の冒険者だけで、竜退治など出来る訳がない。王国は、私達に死ねと言っているのか」
「……大丈夫ですよ、メイヤさん。ボクが、退治します」
「丁度良い。私達も、協力するための口実ができた。冒険者を集めるので、少し待て」
「いえ。一人で十分です。というか、一人じゃないと思うように戦えないので、出てこないで下さい」
ボクはそういって、ユウリちゃんのおでこを撫でる。すると、ユウリちゃんが目を薄く開いて、何かを喋って訴えかけてきた。ユウリちゃんの声は、あまりにか細くて、よく聞き取れない。それくらい、苦しいのだ。ボクは耳を近づけて、ユウリちゃんの声を聞く。
「……私は、いいので……危ない事は、しないで……」
残念だけど、いくらユウリちゃんのお願いでも、それを聞き入れる事はできない。
「心配しないで。すぐに、帰ってくるから……行ってくるね、ユウリちゃん」
ボクは笑顔で答えるけど、ユウリちゃんはボクに向かって手を伸ばして来て、行ってほしくないみたい。
そんな中で行ける訳もなく、ボクはその手をしっかりと握り締めて、ユウリちゃんの傍に座りなおした。
「……」
潤んだ瞳が、ボクに行くなと訴えかけてきて、その瞳から涙を流す。苦しいはずなのに、こんなにボクの心配をしてくれて、気にかけてくれている。それが嬉しくて、でも苦しそうなユウリちゃんを見ていると、ボクまで苦しくなってくる。……行かない訳には、いかない。ボクは、ユウリちゃんの手を離し、立ち上がる。その手が、逃がすまいと強く握ってくるけど、簡単に振りほどく事ができてしまい、布団の上にパタリと落ちた。
それからボクは、ユウリちゃんの上に、体重がのらないように被さり、その額にキスをした。
「大丈夫だよ。いつもみたいに、ぱぱっと片付けてくるから、少しだけ待っててね」
「……」
ユウリちゃんの顔は、更に真っ赤に染まっていて、余計な事をしちゃったかなと思う。でも、次の瞬間には、飛び切りの笑顔を見せてくれて、そんな後悔は吹き飛んだ。
とはいえ、ボクは自分から、なんて事をしてしまったんだろうか。恥ずかしすぎる。今度は、ボクが顔を赤くする番だ。
「ぎゅ、ぎゅーちゃん。ユウリちゃんを、よろしくね」
お医者さんから隠れるように、ベッドの下にいるぎゅーちゃんにそう声を掛けると、ボクは立ち上がった。誤魔化すように、部屋の出口へと向かい、最後にユウリちゃんに手を振ってから、部屋を飛び出した。
「ネモ様……!」
部屋の外にいたのは、フードを被ったレンファエルさんだ。ボクが部屋から出てきたところを駆け寄ってきて、声を掛けてきた。その後ろには、同じく顔が見えないようにしている、メルテさんとネルエルさんもいる。
「いけない事とは思いましたが、お話はここで、聞かせてもらいました。何か、お手伝いできる事はありますか?」
「ユウリはもう、あたしたちの友達だ。助けるためだったら、何でも協力するよ」
「とりあえず、ギルドの人にお願いして、栄養のある果物をもらってきたの。少しでも体力を落とさないように、食べさせるわね」
ネルエルさんが手に抱えたバスケットには、美味しそうな果物が入っている。病気でも、これなら食べやすそうで、その気遣いにボクは嬉しくなった。
「お、お願いします。じゃあ……あと、ボクの服を探してもらっていいですか?着替えたくて……」
「任せな!探してくるよ」
「私は、すぐに食べれるご飯を用意しますね!私の愛情と液体のこもったご飯を食べれば、百人力ですよ!」
確かに、朝ごはんはまだだし、昨日もあまりまともなご飯は食べていないので、お腹は減っている。でも、愛情はともかく、得たいのしれない液体の入ったご飯なんて、食べたくないです。
「……この世界って、変態しかいないの?」
イリスは、ボクに続いて部屋を出てきていた。今のレンファエルさんの発言を聞いて、3人が走り去っていってから、気分が悪そうな顔でそう呟いた。
ボクも、たまにそう思う。この世界って、変態ばかりなんじゃないかってね。




