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帰らずの熱


 眩い光が収まり、部屋の中は静寂に包まれる。魔法は発動したみたいだけど、でもユウリちゃんは相変わらず、ちょっと辛そう。

 ……いや、ちょっと気持ち良さそうかも?でも、顔は赤くて、熱は引いていない。


「い、イリス?何の魔法を使ったの?」

「手が、ちょっとだけ冷たくなる魔法です。コレにより、私の手がちょっとだけ冷たくなり、ユウリの熱を下げています」


 イリスは、ユウリちゃんの額に手を置いて、自慢げにそう言った。

 ユウリちゃんがちょっとだけ気持ち良さそうな顔をしたのは、その冷えた手のおかげという訳だ。うん。ユウリちゃんが気持ち良いのなら、そうしておいてもらうとして、その魔法、いつ、どこで使うのかな。あ、今回みたいな状況で、か。

 ……まぁ、ユウリちゃんは気持ち良さそうだし、イリスは満足げだし、いいか。


「失礼する。医者を連れてきたぞ」


 しばらくして、部屋を訪れたのはメイヤさんだった。後から、初老の男の人が続いて部屋に入ってきて、ボクはつい身構えてしまう。けど、白衣を羽織ったその格好を見れば、その人がお医者さんだと言う事は明らかだ。


「彼は、ギルド付きの医者だ。信頼の出来る男だから、心配する事はない」

「……」


 そんなボクを気にして、メイヤさんがそう言って来た。分かってます。コレは癖みたいな物なんです。

 ボクは頷いて道を開け、イリスも退いて、お医者さんがユウリちゃんの傍らに膝をつく。それから、先程のイリスと同じように、額に手を当てて熱を測り、脈を測ったりしてから、ユウリちゃんのお腹の上に、手をかざした。すると、その手がわずかに光りだす。それに呼応するように、ユウリちゃんの身体全体が、輝きを帯びる。

 どうやらそれは、魔法みたい。ボクのステータス画面の、魔法バージョンかな。

 お医者さんは、そのまましばらくの間、沈黙。やがて、光が消え去り、手をどかしてから口を開いた。


「……〝帰らずの熱〟ですね」

「なん、だと!?」

「そんな!」


 メイヤさんと、イリスが、驚愕の表情を見せる。


「な、なんですか、それ!?」


 ボクは知らないので、2人にそう尋ねた。何か、凄い病気だったらどうしよう。2人の驚き方を見ると、ただで済むような病気ではなさそうだ。


「ごめんなさい、私は知りません。ただ、ノリで言ってしまいました」

「私も知らん。何だ、その病気は」


 じゃあ、何で驚いたのさ……。


「帰らずの熱とは、この地域特有の病気です。この子くらいの年齢の子供が、よくかかる病気ですね。特徴は、高熱と気だるさ。原因は、ウィルスによる物です。このウィルスが魔力を帯びているようで、そのせいで体内の魔力が暴走し、発熱に至ります」


 2人の代わりに、お医者さんは淡々と説明してくれた。2人のボケには全く反応のしない、ちょっとつまらなさそうなお医者さんだけど、それだけ職務に真剣に取り組んでいるという事なのかな。感心、感心。


「場合にもよりますが、通常は一週間といったところでしょうか」


 1週間……1週間も、このままとか、ちょっと可愛そうだ。辛そうなユウリちゃんは、見てられない。どうにかして、もっと早く楽にさせてあげる方法はないものなのか。

 でも、ここは逆に考えよう。1週間で治るような病気で、良かったと。これで命を落としてしまうような重病だったら、ボクは泣くよ。


「……病気をもっと早く治す方法はないんですか?私は別に、ユウリなんてどうでも良いんですけど」

「ありません。この病気から解放される方法は、ただ一つ。死、だけです」

「……」


 その言葉に、ボクは言葉を失った。そして、頭が真っ白になる。今、お医者さん、何て言った?聞き間違いじゃなければ、死、と聞こえた気がする。


「先ほど、一週間と言ったが、一週間とは、何の時間だ?」

「この子が、死ぬまでの時間です。もって、一週間。この病気にかかったものは、発熱してから一週間以内に、死にます」


 ボクは、膝を折り、その場に崩れ落ちた。

 ユウリちゃんが、死ぬ?そんなバカな。だって、昨日まであんなに元気だったんだよ?それに、ボクと出会ってから、色々なセクハラをしてきたユウリちゃんが、死ぬ?あと、たったの1週間で?


「そんな訳ないでしょう!出鱈目を言わないで下さい!」


 イリスがお医者さんに掴みかかり、物凄い勢いで怒鳴りつける。本来なら、ボクもそうしている所だ。普通に考えたら、ユウリちゃんが死ぬなんて事、ある訳がない。お医者さんは、適当な事を言っているはずだ。ただ、ユウリちゃんが死ぬという言葉に驚いてしまい、身体が思うように動かない。

 お医者さんは、掴みかかったイリスに驚く事もなく、相変わらず淡々と話を続けた。


「出鱈目ではありません。帰らずの熱とは、高熱を出して、そのまま帰らぬ人となるので、つけられた名前です。今から一週間、この子は高熱に苦しみながら、死ぬ事になるでしょう」

「だから!出鱈目を言うなと、言っているでしょうが!」


 イリスが、お医者さんに向かって拳を振り上げた。


「落ち着け、イリス」


 その拳を、背後からメイヤさんが掴み、止めさせた。

 でも、怒りに震えるイリスはどうしてもお医者さんに殴りかかりたいみたいで、暴れて抵抗する。ボクは、そんなイリスに抱きついて、やめさせた。


「ネモ……この医者は、ヤブ医者ですよ。ユウリが、死ぬわけないじゃないですか。ですよね?」


 イリスは、怒りと恐怖の交じり合った、おかしな顔をしていた。その身体は、震えている。

 なんだ。あれだけ毛嫌いしていたのに、イリスもユウリちゃんが好きなんじゃないか。ボクは、まるで現実逃避するかのように、そんな事を思った。


「本当に、治す方法はないのか?どんな可能性でもいい。何かあるなら、言ってくれ」

「……あるには、あります」

「あ、あるなら、最初から言いなさい!」


 イリスの言うとおりだ。ユウリちゃんが1週間後に死ぬとだけ言っておいて、治す方法があるとか、弄ばれている気分になる。

 ぶっ飛ばそうかな。


「その方法は、竜の血を飲むことです。帰らずの熱のウィルスは、竜の血を嫌います」

「なら、さっさとその竜を退治すればいいだけじゃないですか。簡単ですね。ネモ」

「う、うん」

「……竜、か。それは、難儀だな」


 楽観視するボクとイリスだけど、メイヤさんは神妙な面持ちで、呟いた。その表情は、どこか恐怖を感じさせ、額からは冷や汗を流している。


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