緊急事態です
ボクはその日、夢を見た。それは、遠い昔の夢だ。
ボクが生まれた村は、とても貧乏で、皆畑仕事や狩りをして、少ない食料を分け合って暮らしていた。そんな村に生まれたボクだけど、お父さんもお母さんも、ボクを可愛がってくれて、幸せだった。
物心ついたときには、毎日仕事でへとへとな2人のために、ご飯を作り、残ったわずかなご飯を貰えた。2人の代わりに畑仕事に出て、へとへとになって帰り、休んでいた2人のためにご飯を作った。そして、残ったご飯を貰う。ご飯が残らない日もあったけど、それはボクが作ったご飯が美味しかったからで、ボクは凄く嬉しかった。
ある日、ボク達の村に、天から声が注いだ。それが、イリスティリア様だった。村に、勇者になり得る存在がいるという事で、村人が集められ、勇者を選別した。それが、ボクだった。最初は信じられなかったけど、確かにボクは、普通の人より力が強い。思い当たる節があったので、勇者の力があるからだったんだなと、納得した。
でも、お父さんとお母さんは、ボクが勇者になる事を、強く反対した。勇者なんて、危ない事をさせられない、と。イリスティリア様に怒ってまで、ボクを庇ってくれた。
ボクはそれを見て、世界を救う旅に出ることを、決意する。この村を、世界の人を、魔王から守るんだと、宣言した。
でも、お父さんはボクを殴った。お母さんは、行くなら二度と帰ってくるなと言った。イリスティリア様にも、もう二度と村には戻らない事を誓わされて、そうしてボクは勇者になったのだ。
もう、遠い過去の出来事だけど、何で今更こんな夢を見ているのだろう。そして、懐かしいのに、あの村には戻りたくないという気持ちが大きい。お父さんと、お母さんにも、会いたくない。どうしてだろう。
そんな、やきもきとした気持ちの中で、ボクは目が覚めた。
「……おはよう」
寝ぼけていたボクは、木の模様の顔に、そう挨拶。挨拶はしたものの、この部屋は窓がなくて、外を見る事ができない。今が何時なのか分からないけど、よく寝た気はする。
「……アレ」
腕に抱きついて眠っていたはずのイリスがいない。おかしいなと思い、ベッドの下を覗いたら、イリスがベッドから落っこちて、床で眠っていた。
硬い床で眠るイリスだけど、その寝顔はとても穏やかで、気持ち良さそうに眠っている。涎まで垂らしてるよ。
一方、ユウリちゃんも疲れているのか、まだ眠っているようだ。起きるまで、そっとしておこう。
そう思ったんだけど、そのユウリちゃんの様子が、ちょっとおかしい。顔が赤く、汗を流して息が荒い。
「ユウリちゃん……?」
ボクは、全身の血の気が引いていくのを感じた。慌てて、その華奢な身体を揺すって起こすけど、身体が凄く熱い。
「ユウリちゃん!」
ボクは叫びながら、ユウリちゃんを抱き起こした。
「おねえ、さま……?」
ユウリちゃんが、薄く目を開いて、気がついた。消え入りそうな声は、とても苦しそう。声を出すのもやっとな様子で、身体に力が全く入っていない。
ボクはすぐに、ユウリちゃんのステータス画面を開く。すると、名前の下に、こんな項目が出ている。
【状態異常】:帰らずの熱
たぶん、何かの病気だろう。ボクはユウリちゃんを抱きかかえて、部屋を飛び出した。
「へぶ!?」
その際に、ベッドの下で眠っていたイリスのお腹を、思い切り踏んづけてしまったけど、そんなの気にしている場合じゃないです。緊急事態です。
廊下に飛び出して、窓の外へと目を向けると、まだ日が出ていなかった。ただ、地平線の向こうが光り始めているので、もうじき日の出の時間だ。
「ネモ様?どうしたのですか、そんなに慌てて……」
そこへ、偶然にも、レンファエルさんが通りかかった。
「ユウリちゃんが、凄い熱なんだ!早く、お医者さんに見てもらわないと!」
「……分かりました。ユウリさんは、ベッドに寝かせて置いてください。すぐに、人を呼んできます」
レンファエルさんは、そう言うとすぐに走り去って行く。ボクは、言われたとおりに部屋へと戻り、ベッドにユウリちゃんを寝かせる。
「むぅ……」
苦しそうなユウリちゃんをよそに、それまで床に眠っていたイリスが、むくりと起き上がった。それから、寝ぼけたまま周囲を見渡すと、ボクの方を睨みつけてくる。いや、目が開ききっていないので、そう感じるだけかもしれない。
「い、イリス。ユウリちゃんが、病気で大変なんだ。凄い熱で、凄く苦しそうで……!」
「ふわぁ……」
ボクの訴えに、寝起きの悪いイリスは欠伸で答えた。それにムカっときたボクは、イリスの両頬を抓り、痛みを与える。
「いはははは……いはいでふ……」
「起きてよ、イリス!ユウリちゃんが大変なんだよ!」
「ふああ……どうしたんですか……?」
イリスの頬を解放すると、イリスはようやく、少しは起きてくれたみたい。目を擦りながら、そう尋ねて来た。
「ユウリちゃんが、熱!病気!苦しそう!」
「病気なんて、人間にとって、珍しい物でもないでしょう……寝てりゃ治りますよ……」
「ダメだよ!もし重病だったら、大変だよ!」
「いはははは……」
どうでもいいみたいに言ったイリスの頬を、ボクは再び強めに抓った。寝ぼけているのか、抵抗は大してないけど、凄く痛いはず。次に頬を解放した時、イリスの頬は赤く、腫れていた。
「ふえ……いはい……」
イリスは涙目になり、そう呟いた。さすがにちょっとやりすぎたかなと思い、ボクはその頬を撫でてあげる。
「……で、ユウリがどうしたと?」
「わ」
急に、目が覚めたイリスがボクの手を押しのけて、ユウリちゃんの顔を覗き込んだ。
「確かに、凄い熱ですね」
イリスがユウリちゃんの額に手をあてて、熱を確認。次に、手首を掴んで脈を測り始める。なんだか、お医者さんぽくて、凄く頼りになる。
「ふ。安心しなさい、ネモ。実を言うと私、貴方達が行方不明の間、とある魔法を覚えたのですよ」
「ま、魔法……?」
「そう、魔法です。忘れましたか?私の魔法適正は、Sですよ」
そういえば、そうだった。あまりにも他がしょぼすぎて忘れていたけど、イリスは魔法の才能だけは、あるらしい。そんなイリスが自慢げに、魔法を覚えたという事を言ってくるということは、何か凄い魔法を覚えたのかもしれない。例えば、病気を瞬く間になおしてしまう魔法とか。ボクは、期待に胸を膨らませた。
「……大地の精霊よ……我に、その力を示し、我の力の糧となれ。リアットアイス!」
イリスの魔法が、ユウリちゃんに向かい、放たれた。
同時に、部屋は神々しい光に包まれる。それは、女神様の放つ光のようだった。




