信じられますか?
ギルドが、ボク達に提供してくれた部屋は、窓のない小さな部屋だった。ベッドは、左右に二段ベッドが2つあるだけの空間で、トイレはあるけど、とても狭い。でも、泊まるだけなら十分すぎるので、贅沢は言えない。
「──ぎゅーちゃんとは、よく言ったものです」
ベッドに寝転がるイリスは、枕元に置かれたぎゅーちゃんを、指で弄りながら呟いた。
イリスには、離れてからの出来事を全て報告した。それから、ボクとレンファエルさんとのなれ初めもだ。
「この生物は、世界によっては邪神とも呼ばれる存在です。私に力があれば、即刻浄化して、存在ごと消し飛ばしている所ですよ」
「ぎゅ、ぎゅ」
ぎゅーちゃんは、やれるものならやってみろと言う風に、触手でシャドーボクシングをしてみせる。それにイリスが指で応対して、可愛い打ち合いが始まる。
「ぎゅーちゃんは、平気だよ。言う事をよく聞いてくれて、優しいし」
「そうです。ぎゅーちゃんには、危ない所も助けてもらっています。危ない子ではないですよ」
「分かっていますよ。世界によって、異なる意思があるのは、不思議な事ではありません。ただ、この子が強大な力を持っているという事だけは、忘れないでおきなさい」
「うん。分かった」
「……それじゃあ、もう、寝ましょう。私は昨日一日、あの変態の抱き枕にされて、一睡もできなかったんです。眠くて仕方がありません」
イリスはそう言って、大きな欠伸をする。そっか、抱き枕か。抱き枕ですんで、よかったね。
そんなイリスの大きな欠伸を見て、ボクも眠気を感じずにはいられない。お布団は、お日様の匂いがするし、ふかふかで寝心地は最高だ。
「……はっ!」
ふと、ボクの隣を見ると、ユウリちゃんがこくこくと居眠りをしていて、ボクがその頬を突いた所で意識が戻った。
ちなみにボクとユウリちゃんは、2段ベッドの下の段で、2人で腰掛けて座っている。もしかしたら、イリスが眠いと言い出したのは、そんなユウリちゃんに気が付いて、気を使ったのかもしれない。素直に、ユウリちゃんが眠そうだと言ってくれればいいのに。
「もう寝ようか。ボクも、眠くて」
「はい、お姉さま」
ユウリちゃんは、目を擦りながら、布団に潜り込む。
それじゃあ、ボクは上で眠ろうか。そう思った所で、立ち上がろうとするんだけど、そんなボクのスカートを、ユウリちゃんの手が掴んできた。
「ひゃあ!?」
ボクは、スカートが脱げそうになったけど、慌てて押さえたので大丈夫でした。
「ゆ、ユウリちゃん!スカートが脱げちゃうよ!」
でも、ユウリちゃんはスカートから手を離してくれない。そう訴えながらユウリちゃんを見ると、ユウリちゃんは布団から目だけを出して、甘えるような、ちょっとだけ潤んだ目でボクを見ていた。
何が言いたいのかは、分かるよ。でも、いつもはストレートに言ってくるのに、何で急にそんな可愛い行動を?反則です。置いていける訳ないです。
「……一緒に、寝ようか」
「はい」
ボクのその提案に、ユウリちゃんは飛び切りの笑顔で答えた。
部屋の灯りを消して、静寂に包まれる中、ボク達は眠りにつく。結局、これだけベッドがあるのに、ボク達が使うのはたった1つのベッドだ。いつも通り、左右にユウリちゃんとイリスに囲まれて、眠ることになっている。オマケに、ぎゅーちゃんも枕元で眠っていて、ちょっと増えた。
横になると、ユウリちゃんはあっという間に眠りについてしまい、小さな寝息をたてている。その可愛い寝顔に、ボクの心は癒される。こんな可愛い子が、ボクにいつもセクハラばかりしてくる、変態さんなんだよ。信じられますか?
ボクは、いつもの仕返しといわんばかりに、その頬を指で突いてみる。
「ん……」
イリスの頬とはまた違い、弾力があって程よく指を跳ね返してくる。
「どうせ貴方の奴隷なんですから、起きている時に抵抗できないようにして、堂々と好き勝手弄くり回せばいいじゃないですか。この世界じゃ、その女に何をしても、許されますよ」
「し、しないよ」
ユウリちゃんと、反対側に横になっているイリスに言われて、ボクはその手を引っ込めた。それから、上を向いて寝なおして、上段のベッドの下を見つめる。どうでもいいけど、木の模様って、不思議です。見つめている、何だか人の顔に見えてきて、それがこちらを見て呻っている気がしてくる。
「ボクがいない間は、何もなかった?」
「ありませんよ。貴方が私を預けた人間が、鳥かごの中に閉じ込めて可愛がってくれましたからね」
嫌味っぽく言われて、ボクは苦笑い。
「置いていって、ごめんね。でも、あの時は必死で、そうするしかなかったんだ」
「……分かっています。別に、貴方を責めるつもりはありません。でも、次は私を置いていくのは、なしです。私も、出来る限りはお荷物にならないようにするので……約束してください」
「うん。約束するよ」
ボクの返事に満足が言ったのか、イリスはボクの腕を抱いて、その腕と足を絡ませて身体を密着させてくる。
「い、イリス……?」
いくらイリスが幼女だからと言って、こんな事をされると戸惑わざるをえない。それに、仮にも元女神のイリスに抱きつかれるのは、ボクにとってはとても恐れ多い事で、それが女の子に抱きつかれているという嬉しい事実以上に、背徳感を感じさせる。
まぁ、寝ぼけているイリスには色々とイタズラをしたり、普段の扱いは雑だと思う所もあるんだけど、イリスはやっぱりイリスティリア様で、今のイリスも可愛いから、色々と思うところがあるのだ。
「貴方には、この世界の秘密を伝えておきます」
「世界の、秘密?」
「この世界は、天界が罪ある人間を、苦しめるために作った世界。ここに送られた人間は、当然苦しみを味わう事になり、それは暴力や陵辱に巻き込まれる事を意味しています。ところで、貴方はこの世界の事を、ゲームの世界として認識していますよね」
「う、うん。モンスタフラッシュっていう、ボクが引きこもりの時にやってたゲームの世界、だよね」
「それは、合っているけど少し違う。そのゲームは、天界があの世界でお金を得るために作った、この世界を元にしたゲーム。あのゲームで行われている数々の暴力シーンやエロイベントは、全てこの世界で起きた出来事を、元にしています」
それはつまり、スライムでドロドロになって消化されたり、たくさんのゴブリンやオークに陵辱されたりするシーンが、この世界で実際にあった出来事だと言う事になる。ゲームはとてもよく出来た、RPG風のエロゲで、主人公として好き勝手楽しんだけど、それが全部、実際にあったことだと思うと、話は違う。ちょっと、気持ち悪くなってきた。
「で、でも、ボクにはステータスとかレベルとか、名前とかが見える画面があるし、アイテムストレージもあるし、マップも見る事ができる。それは、どうなの?まるで、ゲームみたいなんだけど……」
「それは、アスラのバカが、貴方をこの世界に送るときに、ゲームを介したのが原因ですね。普段であれば、異世界へのゲートを開いて導くべきなのですが、アレはゲームの中に吸い込む形で貴方を送った。ゲームの中に送られたという事は、ゲームの機能が使えるという事になる。慣れていない素人女神がでしゃばるから、そうなるのです。おかげで、色々と便利な機能が使えるでしょう?」
「うん。ちょっと、便利」
「他にも、勇者の加護も消せずに送ったみたいですし、貴方のバカみたいな力もそのまま。ハッキリ言って、あの女神は無能です。私なら、徹底的な弱者にして抵抗もできずに、翻弄される運命を味あわせますよ」
イリスは、ボクの耳元で悪い顔をして笑って見せた。その笑顔はまさに、悪魔の笑顔で、ボク達を見下ろす、木の模様の顔みたいな笑顔だ。
「まぁ何が言いたいのかと言うと、私達を運命に乗せようとする過程で、この世界の人間の意志を変えてしまう事もできるんです。例えば、それまでは評判の良かった人間が、急に人が変わったように、私達を嵌めようとする事も、考えられる」
「ひ、人を操れるっていう事……?」
「そうです。この世界は元々、そうするために作られた世界ですからね。ある程度自立はしていても、そういった事をする権限が、女神にはあります」
ボクはちょっと、怖くなってきた。それは、人に対する恐怖ではなく、女神様に対する恐怖心だ。
女神様というのは、人に優しく、人を見守り、人を守ってくれるものだと思っていた。そんな存在が、人の心を気分次第で操ることができるとか、勝手過ぎるよ。
そして今、イリスとこうして話していて、思う事がある。女神様って、実を言うと、皆イリスのような性格なんじゃないかと。ネコを被っているんじゃないかと。だとすると、女神様は皆イリスのような性格と言う事になり、それはとても恐ろしい。恐怖心を感じざるを得ない。
「んー……」
そこで、ユウリちゃんが呻って、目が覚めそうになってしまった。ちょっと、五月蝿くしすぎたかな。
「話は、ここまでです。私も、眠いので……ふわぁ……おやすみなさい」
「……おやすみ」
イリスは、目を閉じてボクに抱きついたまま眠り始めてしまった。ボクはと言うと、イリスにあんな事を聞かされて、不安で眠れるはずもなく──
──気づいたら、眠っていました。




