落ち着きます
メルテさんはいいとしても、レンファエルさんと、ネルエルさんの服は、可愛そうだ。特にレンファエルさんは、有名なお嬢様だもん。そんなお嬢様が、布切れ1枚で町の中を歩くというのは、問題がある。
と、いうわけで、ボクの上着を、レンファエルさんに貸してあげる事にした。
「ね、ネモ様の匂い、くんかくんか」
「ああ、ずるい私も!」
レンファエルさんは、ボクの上着を着込むと、服に顔を押し付けて深呼吸。
それを見て、ユウリちゃんがレンファエルさんに飛びついて、ボクの服に顔をうずめ、深呼吸。
一見すると、とても仲の良い2人が、抱き合っていちゃいちゃしているようにも、見えなくもない。でも、実際は、2人の変態が、ボクの服の匂いを嗅いでいるだけという、酷い状況だ。
「悪いね、ネモ。これで、安心して町に入れるよ」
「……」
ボクは、メルテさんに頷いて応えた。
フードがなくて、とてつもなく落ち着かない。常に足元を見て、なるべく顔を見られないように、また、目が合わないようにしないと……。
「ネモ?」
そんな下げている視線の先に、胸の谷間が出現した。その大きな胸には、見覚えがある。小柄なネルエルさんだからこそ、ボクの目の前に立たれたら、視線を下げたその先に胸が来てしまうのだ。
それにしても、大きな胸だ。このまま飛び込んだら、どんなに心地が良い事だろう。
そんな考えが浮かんだとき、ユウリちゃんの顔が、脳裏をよぎった。ボクは、頭を振り回し、邪な考えを吹き飛ばす。ユウリちゃんのようにだけは、なりたくない。セクハラ、反対だよ。
「ちょ、ちょっと、どうしたの?具合でも、悪いの?」
ネルエルさんが、ボクの顔を覗き込んで、尋ねて来た。その顔越しに見えるのは、大きな胸。ボクは、目を閉じて、勢い良く顔を背けた。
「私、何かした!?」
「ご、ごめんなさい……そういう訳じゃ、なくて……」
「ごめんなさい、ネルエルさん。お姉さまは、凄く恥ずかしがりやで、顔を見られると緊張してしまうんです」
ボクは、そう説明してくれたユウリちゃんの背後に隠れて、頷く。
「なるほど。だから、いつもフードを被っていたのね。……可愛いのに、もったいない」
「そういえば、初めて会ったときも、私と目が合った瞬間、顔を真っ赤にして凄い勢いでどこかへ行ってしまいました。すごく、可愛らしい女性だと思ったのに……」
「お姉さまは、世界一可愛いです!」
「まぁ確かに、可愛いよね。女の私から見ても、嫁にもらいたいくらいだわ」
「め、メルテ!?ネモ様は、私の嫁です!手だしは許しませんよ!?」
「誰が、貴女の嫁ですか!お姉さまは誰にも渡しません!私だけの物です!」
皆、口々に言いたい放題だ。ボクは、可愛い可愛いとおだてられて、恥ずかしすぎて、今すぐにでもこの場を立ち去りたい気分だと言うのに……。
「あ」
視線を泳がせた先に、なんだか見覚えのある、池を見つけた。更に、そこから少し進んだ先の方に、荷馬車を確認。それは無人で、放置されている荷馬車で、周囲に人は見られない。
「ユウリちゃん!」
「はい!?」
もしかしたらと思うと、いてもたってもいられなかった。ボクは、ユウリちゃんを呼んで、抱き寄せる。
「みんな、ちょっと待っていてください!」
ボクは、地面を蹴って、空を飛んだ。着地するたびに跳ねて、何度かそれを繰り返し、あっという間に、目的地に到着。
その場で、ユウリちゃんを手から離し、周囲を見て回る。その荷馬車はやっぱり無人で、放置されているみたい。
「コレは……」
ユウリちゃんは、現場を見て、ちょっと複雑そう。
この荷馬車は、ユウリちゃんを奴隷にしていたおじさんの、荷馬車だ。そのおじさんは、今はこの世にいない。ボクが、荷馬車の裏に回ると、そこに腐った死体が1つあり、それがそのおじさんだ。
「……」
ユウリちゃんは、それを見て顔をしかめた。それから、その死体に近づいて行く。
「ゆ、ユウリちゃん、あんまり、見ないほうが……」
「……ふ。いい気味です」
その行動をとめようとした時、ユウリちゃんは笑った。
「ふふ……あはははは!私を、奴隷にして、かと思えば、こんな無様な姿で死んで、今の気分はどうですか!?醜い!本当に、醜い!貴方のような男に、相応しい末路です!地獄で、一生苦しんで罪を償いなさい!」
ユウリちゃんが、歪んだ笑顔を浮かべながら、その死体の顔面を、蹴り飛ばした。腐っていたので、首は簡単に取れて、転がっていく。
ボクはそれを見て、安心した。勢いに紛れて、このおじさんを殺してしまったボクだけど、それはユウリちゃんにとって、いい事だったみたい。だって、ユウリちゃん嬉しそうだもん。
「はっ。ご、ごめんなさい、お姉さま……わ、私は、こんな事……」
「何で、謝るの?」
ボクは、訳が分からなくて、首を傾げた。
「悪いのは、ユウリちゃんやボクに、やらしい事をしようとした、このおじさんだよ!ユウリちゃんは、何も悪くない!だから、もっとやっちゃおう!」
「お姉さま……お姉さまは、やっぱり、最高です!大好きです!愛しています!」
ユウリちゃんは、そういってボクに抱きついてきた。それから、耳元で愛してると囁きながら、ボクの色んな所をやらしい手つきで触ってきて、やめてと言ってもやめてくれないので、奴隷紋に命令させて、止めさせました。その際に、地面に押しつぶされる形になったユウリちゃんだけど、その顔はやっぱり、幸せに満ちていた。
それから、ボクは荷馬車から、物資をアイテムストレージに回収した。商人なだけあって、色々な道具が積まれている。おかげで、売ればそれなりのお値段になりそうです。
本当は、馬もいれば馬車に乗って帰れるんだけど、辺りにこの馬車を引いていた馬はいない。どこかへ、逃げていったようだ。まぁ繋がれたままここにいたら、今日まで生きていられる訳もないので、仕方ない。
あと、そんな物資の中から、服が何着か見つかった。男物だけど、一時的に着るだけなら問題ないはず。
ボクは、来たときと同じようにユウリちゃんを腕に抱いて、急いでレンファエルさん達の元へ戻った。
「あ、あぁ、でも、ネモ様の服が……」
「いいから、返してください。貴女にはこの、むさ苦しい男服がお似合いです」
そう言って、ユウリちゃんがレンファエルさんが着ていた、ボクの服を剥ぎ取って、返してくれた。その際に、レンファエルさんの服がめくれて、色々な所が目に入ってしまったけど、それよりもフードの服が戻ってきた事が嬉しい。
「ほわぁ」
やっぱり、落ち着きます。もう一生、手放せません。
「いや、それよりも……」
「だな……ネモの、あのジャンプ力……人間かい?」
そんなボクを、メルテさんと、ネルエルさんが、呆然とした目で見ていたけど、フードのおかげであまり気にならない。
とはいえ、そんなに見られると、やっぱり恥ずかしい。ボクはそっと、ユウリちゃんの背後に隠れました。




