小さくなった
ボク達を乗せ、洞窟の中を、黒い物体のぎゅーちゃんが駆け抜ける。ぎゅーちゃんの身体は、ぶにぶにとした、ゴムのような感触。滑るので、生えている触手に身体を押さえてもらい、それによって落下防止となっている。
「モルモルガーダー。古くは、100年ほど前に、当時の勇者パーティが洞窟で遭遇。勇者と数名を除き、全滅させられ、以後高額の賞金がかけられているモンスター。ここ10年間は目撃情報すらなかったけど、長きに渡って、この禁断の森において、最高位の危険度に指定されている」
「……危険なモンスターなのですか?」
「そのはず。とある村は、丸々呑み込まれてしまったとか、国を一つ、滅ぼした事もあると聞いた事がある。また、この触手からは、人の頭を狂わす、毒液を吐き出すとも」
レンファエルさんは、そっと、身体を押さえてくれているぎゅーちゃんの触手から、手を離した。
確かに、初めて出会ったときに、ぎゅーちゃんがボクに飲ませてきた液体は、その香りだけで人の頭をぱーにしてしまうような、危険な物だ。ユウリちゃんやレンファエルさんに、飲ませていいような代物じゃない。でも、大丈夫。ぎゅーちゃんには、よく言いつけてあるから。
「しかし、その危険なモンスターに運ばれて、洞窟脱出とか、笑える冗談だねぇ」
そういうメルテさんだけど、いつもみたいに、がははとは笑い飛ばさない。引きつった笑いを浮かべている。
「……本来であれば、討つべきモンスター。だけど、私達が適う相手ではないし、こうして丁重に運んでもらっている。今の気持ちを、どう表現すればいいっていうのよ」
ぎゅーちゃんの事を、詳しく語ってくれたネルエルさんも、複雑そうな心境で、笑った。
「今は、感謝しましょう。ぎゅーちゃんさんに……そして、ネモ様に!」
「その通りです。それもこれも、お姉さまの人徳のおかげ。深く考える必要なんてなく、ただお姉さまに感謝しておけば、それでいいんです。いちいち突っ込んだり気にしていたら、負けですよ」
「えへへ」
ボクは、ユウリちゃんに褒められて、照れました。
それからしばらくして、ボク達は洞窟の出口に辿り着いた。そこは、背の高い木々の広がる、禁断の森の中。相変わらず日が差し込まない、薄暗い光景だけど、洞窟の中よりは明るい。そんな景色にも関わらず、レンファエルさん達3名は、眩しそうに目を細めた。無理もない。数日振りの外だもの。むしろ、いきなり太陽の光に晒されなくて、良かったよ。目に悪いからね。
「はああぁぁ」
ぎゅーちゃんから降りたメルテさんが、大きく息を吐いて、膝に手をついた。
「安心するのは、この森を出てからにして。ここはまだ、危険地帯なんだから」
「……分かってる。それにまだ、帰ってからの事もあるからね」
「そういう事よ」
ボクも、ぎゅーちゃんから飛び降りて、地面に立つ。腕には、ユウリちゃんを抱いていて、一緒に、1日ぶりの土の地面に降り立った。
そんなボクらに続いて、レンファエルさんも飛び降りたけど、着地の際にバランスを崩して倒れそうになってしまう。けど、それを止めたのはぎゅーちゃんだった。触手が伸びてきて、バランスを崩したレンファエルさんを支えてあげる。
「あ、ありがとうございます、ぎゅーちゃんさん」
「ぎゅー!」
レンファエルさんにお礼を言われて、ぎゅーちゃんも嬉しそう。
「この子、言葉が分かるのかね……大丈夫かい、レン?」
「はい。ちょっと、一瞬力が抜けてしまいました。私も、外に出られて嬉しくて。油断しすぎですね」
すぐに、メルテさんが駆け寄って、レンさんの身体をさりげなく支えてあげた。
「さて、ネモ。どっちに行けばいいのか分かる?」
ネルさんに尋ねられて、ボクはマップを開く。確認したのは、町のある方向。ボクは、そちらを指差した。
「早速、行きましょう。出来れば、今日中に町まで行くつもりで」
「んじゃ、気合いれて行きますか」
「ぎゅー……」
歩き出そうとしたボク達だけど、ぎゅーちゃんが寂しそうな声を出して、それを聞いて止まった。
あんな、薄暗い洞窟の中で1人ぼっちなんて、嫌だよね。かといって、こんなデカくて、伝説級のモンスターであるぎゅーちゃんを、連れて行く訳にはいかない。もし町に連れて行ったら、間違いなくパニックだ。
「一緒に、来たいんですか?」
「ぎゅう……」
ユウリちゃんの問いかけに、ぎゅーちゃんはしっかりと頷いた。
でも、一緒に来たいからといって、連れて行く訳にもいかない。生き物を持って帰る時は、ちゃんと責任が取れるかどうか、考えないといけません。考えた結果、お家に持って帰る事は、不可能。
「お姉さま……」
「ぎゅーちゃん。ボク達についてきても、ぎゅーちゃんが可愛そうな目に合っちゃうだけだと思うんだ。だから、ごめんね。連れて行く事は、できない」
ボクは、ぎゅーちゃんの身体に触りながら、そう告げた。可愛そうだけど、コレばっかりは仕方ないんだ。
「ぎゅう」
ぎゅーちゃんは、そっと、静かに頷いた。
「ぎゅーちゃん……」
ユウリちゃんは、そんなぎゅーちゃんを見て、目に涙を浮かべる。でも、ぎゅーちゃんは触手でユウリちゃんを回れ右させると、その背中を押して、早く行くように促してきた。
その健気な行動に、ボクの心も痛む。
「せめて、もっと小さくて目立たなければねぇ……」
「ぎゅ!」
そんな、メルテさんの何気ない言葉を聞いたぎゅーちゃんが、突然煙に包まれた。煙はすぐに収まると、そこにぎゅーちゃんの姿はない。……と、思ったけど、いた。そこにいたのは、小さくなったぎゅーちゃん。掌に収まるくらいのサイズになり、そこにいた。
「小さくなった……」
「ぎゅう!」
ぎゅーちゃんが、地面を飛び、ユウリちゃんが差し出した、手の上に乗って跳ねる。
これならいいでしょ?とアピールするような行動が、可愛らしい。
「お姉さま!」
「う、うん。これなら、連れて行けるね」
「やった!」
「ぎゅー!」
喜び合う、ユウリちゃんとぎゅーちゃん。
「まさか、小さくなれるとはね……」
「ぎゅーちゃんさんには、驚かされます……」
「──ダメよ!」
喜び合うユウリちゃんと、ぎゅーちゃんを、咎めるように、ネルエルさんがそう言い放った。
「モンスターを、あの町に連れて行くなんて、何を考えているの!」
ネルエルさんの目には、怒りの炎が宿っている。そんな、ネルエルさんの突然の怒鳴り声に、ボク達は呆然とした。




