休ませてください
現れた女の人も、ボロい布キレを身にまとい、非常にセクシーな格好だ。ただ、その佇まいが凄く堂々としていて、露になっている見事な腹筋が、輝いて見える。いや、腹筋だけではない。全身の筋肉が凄く立派で、まるでボディビルダーみたい。
そんな、マッチョな女の人は、ボクが抱き起こしているレンファエルさんに歩み寄ると、お姫様だっこで持ち上げた。
「こんな所じゃ、なんだ。とりあえず、ついてきな」
そういって、今来た方向に歩き出す、マッチョな女の人。ボクとユウリちゃんは、一旦顔を見合わせてから、頷きあい、その女の人に付いていく事にした。
しばらく洞窟を進んでいくと、どんどん洞窟が狭くなって、人が2人並んで通るのが、やっとの幅になった。それに伴い、天井もどんどん低くなっていき、圧迫感を感じ始める。そんな時、目の前にのれんが出現した。
「ただいま」
その、のれんをくぐって、マッチョな女の人が、そう言った。
それはまるで、お家に帰ってきたかのよう。
「メルテ!と、レン様!?」
のれんの中へ入ると、そこにも女の人。彼女は、少し小柄な女性だった。けど、胸が大きい。彼女もまた、ボロ切れを身にまとっているけど、その胸が異彩を放っている。
「安心しな。いつもの、発作だ」
「こっちへ!」
のれんの奥の世界は、洞窟の中なんだけど、洞窟じゃない。広がったその空間は、まさに家。まず、岩を削ってできた穴には、水が溜まっている。その水はどこから来たのかというと、水の魔法石があるから、そこから出しているみたい。その傍には、洗ったばかりだと思われる、木の器がある。歪な形の器だけど、それが食器だと言う事は、すぐに分かった。更には、壁際に火の魔法石がある。それで火が起こせて、傍にあるちょっと焦げた網で、色々と焼いているみたいだ。火の魔法石が置かれている場所の天井には、人が通れないくらいの大きさの、穴があいている。その穴のおかげで、煙やらが充満しないようになっているのは、考えられている。更に、奥の方にはベッドルームがある。わらを敷いた上に、布を被せているそれは、眠るのに十分すぎる性能だろう。
そこで、洞窟は行き止まり。奥の方には、魔力結晶鉱石を少なく、薄暗くして、入り口の方に多めに置いてあり、明るい。ちゃんと、機能を考えられており、ここはまさに、お家と呼ぶに相応しいと思う。
「さて……それで、あんたたちは、レンを助けに来た冒険者という事で、いいんだよね?」
奥のベッドに、レンファエルさんを寝かせたマッチョな女の人が、入り口で突っ立っていたボクとユウリちゃんに、そう尋ねて来た。
レンというのは、レンファエルさんのあだ名かな。ちょっと長いので、その方が呼びやすそう。
「そうです。私達は、キャロットファミリーの一員。行方不明のレンファエルさんを、助けに来ました」
「……そうかい。今は、探索何日目だ?」
「今日が、初めてです……緊急のクエストと言う事で、冒険者が集められて、皆で探しに……」
「今頃になって、緊急クエストとか……くそっ!」
マッチョな女の人は、何かに憤慨して、壁を強く殴りつけた。その衝撃で、岩でできた壁に、ヒビが入る。
大きな音もして、ユウリちゃんは、驚いてボクに寄り添って来た。
「あ、あぁ、すまん。あんたたちに怒った訳じゃないんだ。驚かせて、ごめん」
それを見て、マッチョな女の人は、素直に謝った。ちょっと怖そうな人だと思ってたけど、別に、悪い人ではなさそう。
「……訳を、聞かせていただけますか?」
「私達は、はめられたんだ。レンの父親の、ブラッド・E・ヘンケルにね」
「父親に?どうして……」
「知らないよ。でもヤツは、私達に同行させた冒険者に、私達をオークの餌にするように仕向けさせた。見事に策略にはまった私達は、森のど真ん中で武器も服も取り上げられた上に、鎖で拘束。オークに浚われて、ヤツらの巣であるこの洞窟の、奥深くに連れ込まれた。なんとか逃げる事はできたけど、帰り道が分からなくて、ここで篭城中って訳」
なるほど。よく分からないけど、レンファエルさんのお父さんが、悪者だと言う事は分かった。
「それで、あんたたちは、私達を助けに来たんだよね?」
「その通りです」
「……二人で?」
「ここに来たのは、偶然です。パーティとはぐれてしまい、ここへ辿り着きました」
「あんたたち、ランクは?」
それを聞かれて、ボクもユウリちゃんも、口を塞いで、視線を逸らした。ここで、素直に答えようものなら、恐らく絶望をプレゼントする事になるだろう。
「……どうしたんだい?」
「じ、ぃひいぃランクですぅ」
ユウリちゃんが、くぐもった声で、誤魔化すようにそう答えた。凄く、苦しい。
「へぇ、Cランク!若いのに、たいしたもんだ!道理で、こんな洞窟の奥深くまで、無事で辿り着ける訳だと思ったよ!感心、感心!」
マッチョな女の人は、何の疑いもなく、そう納得してくれた。その純粋な反応に、逆に心が痛む事態となってしまうけど、仕方ない。
「あ、そうだ。自己紹介が遅れたね。あたしは、メルテ。Bランク冒険者だ。それで、あっちの小さいけど胸だけ大きいのが──」
「余計な事、言わないで。私は、ネルエル。同じくBランク冒険者。よろしく」
ベッドに眠る、レンファエルさんを看病していた、小柄な女の人も、こちらに合流。そう自己紹介をしてくれた。
小柄な女の人は、赤い髪を、後ろでリボンで結んで、1つにまとめている。リボンが少し子供っぽいけど、小柄故によく似合っている。でも、年齢は多分、ユウリちゃんよりも上かな。顔つきが、大人って感じだから。ついでに、胸も大きいから。
「私は、ユウリです」
「ぼ、ボクは……ネモ、です」
ボクは、フードを深く被り、俯きながらそう言った。上手く、喋れたぞ。それもこれも、このフードのおかげである。
マッチョな女の人が、メルテさんで、小柄な女の人が、ネルエルさん。2人共、Bランク冒険者と言う事は、それなりに強いのかな。そう思い、ステータス画面を開いてみる。
名前:メルテ
Lv :43
職業:冒険者
種族:人間
名前;ネルエル
Lv :40
職業:冒険者
種族:人間
やっぱり、2人共レベルが、それなりに高い。大抵のオークなら、負ける事はないだろう。でもそれには、武器がいる。いくらレベルがあっても、人間は素手じゃ戦えない。勿論、一部を除いて。
「それでは早速、ここから逃げましょう。善は急げ、です」
「……そうしたい所だけど、あんた少し、疲れてそうだね」
マッチョな女の人……メルテさんが、ユウリちゃんを見て、そう言った。それは、ボクも少し気がかりだった。
ユウリちゃんは、かなり消耗している。それは、見るに明らかで、これ以上は無理をさせたくない。
「だ、大丈夫です。早く、帰らないと、皆が心配しますし、問題ありません」
「ダメだ。ちゃんと疲れを取って、それから行動を開始しよう。それに、うちのレンがあんなだからね……少なくとも今は、動けないよ」
「行動を起こすなら、体調は万全にしておいた方が良い。ゆっくりと、疲れを取っていくといいわ。と言っても、こんな場所だけど」
メルテさんと、ネルエルさんも、そう言ってくれている。ここは、その申し出をおとなしく受けるべきだろう。
「ですが──」
ボクは、尚も反論しようとするユウリちゃんの口を、塞いだ。
「少しだけ、休ませてください……」
「ああ、ゆっくりしていってくれ」
ボクの申し出を、メルテさんはニコやかに笑って、そう返してくれました。




