その節はありがとうございます
歯をむき出しにした笑顔で、ボクに迫ってくるおじさん。ちょっと、何で近づいてくるの?あと、気持ち悪いよ、主に顔が。ボクは地面に腰を下ろしたまま後ずさりして、おじさんから離れる。
「ユウリ。捕まえろ」
おじさんに命令されたユウリちゃんが、ボクの頭に抱きついてきて、動きを封じてきた。
「ひゃあ!?」
突然の出来事に、ボクはうろたえずにはいられない。
ユウリちゃんが、ボクに抱きついてる!正直言うと、汚らしい格好なのに、何故か良い匂いがした。あと、色々柔らかい。これ、たぶんボクより絶対に胸が大きいや。その感触で、確信しました。
「バカな女だ。身体が上手く、動かないだろう?それは、さっきユウリが持ってきた水に仕込まれた、麻痺薬だ。ちなみにオレは、奴隷商人をやっている者でな。悪いがお前を売り飛ばし、一儲けさせてもらう」
「ど、奴隷……!」
それは、このゲームの世界では、ありふれた存在だ。実際ボクも、プレイヤーとして奴隷を買って、あんな事やこんな事をして楽しんだ物である。奴隷商人さんには、けっこうお世話になった。
「そ、そそ、その節は、どうもありがとうございます……!」
「は?」
せっかく勇気を振り絞ってお礼を言ったのに、首を傾げられてしまった。
というかね、ユウリちゃん。いつまでボクの頭に抱きついてるのかな。振りほどくのは簡単だけど、力ずくというのも、気が引ける。
「おとなしくしていれば、すぐに済むぞ。お前にはこの、隷属の首輪をつけてもらう」
おじさんはそう言って、懐から重厚な首輪を取り出した。それは、奴隷に装着される、一時的な契約書みたいなもの。確か、正式な奴隷になると、お腹やお尻に魔法の紋章を刻まれ、魂までもが奴隷になってしまうとかなんとか……でも、紋章を刻むには奴隷商館に行かないとできなくて、そこに行くまでの繋ぎとして、簡単に装着できる隷属の首輪がある。この首輪を装着すると、紋章と比べて制限はあるが、装着した者の奴隷になってしまうのだ。と、説明で見た気がする。
「ぐへ。ぐへへへへへへ!売るまでは、たっぷり可愛がってやるからな」
涎を垂らす、おじさん。舌なめずりをして、こちらに近づいてくる。
コレの奴隷?可愛がられる?絶対に嫌だよぉ。でも、ボクはさっき飲んでしまった麻痺薬のせいで……動ける。そういえばボク、弱体完全耐性を持ってるんだった。
「えい!」
手短にあった小石を、おじさんに向かって投げつける。
「ぷぎっ」
その石は、ボクの小指の先程の、小さな石だ。それが、おじさんのおでこに当たり、貫通し、おじさんは血を垂れ流して死んだ。
あ……あわわわわあわわ、どど、ど、どどどどど、どうしよう!!死んじゃった!!殺しちゃった!!
だってまさか、これくらいで死ぬなんて、誰も思わないじゃん!
「……うそ」
頭に抱きついていたユウリちゃんが、ボクから手を離して、呆然とした顔で呟いた。
そ、そうだ!ボクは、ユウリちゃんのお父さんを殺してしまったんだ!いくら、気持ち悪くて顔も声もデカイおじさんでも、ユウリちゃんのお父さんなのに変わりはない。お、怒ってるよね、絶対に。ボクはユウリちゃんに、仇として一生、命を狙われ続けるに違いないよ。
「や……やったー!」
「ごめんなさいっ!」
ユウリちゃんの声と、ボクの声は重なった。
え?なんて?恐る恐る顔を上げると、ユウリちゃんは嬉々として、おじさんの死体を蹴っている。死体を粗末にするのは良くない事だけど、とりあえずボクが怒られる事はないようで、安心した。
「ありがとうございます、ネモさん。実を言うと私は、このじじいの奴隷だったの。親子っていうのも、コイツにそう言えと言われて仕方なく言っただけだから、違います」
「そ、そうだったんだ……」
ボクは、胸をなでおろした。
「あ、そうだ」
最初から、ステータスを開いて確認すればよかったんだ。ボクはそう思い、ユウリちゃんのステータス画面を開く。と、いつもの画面が出てきた。レベルは、1。職業は、主を失った奴隷。名前は……本庄 有理……?漢字表記は、おかしい。というか、コレはボクの引きこもり時代の時の、国の人の名前だ。
て、あれ?ユウリちゃんのHPバーが、ちょっとずつ減ってるぞ。よく見ると、何かステータス変化がついている。なになに……奴隷決壊?本契約の済んだ奴隷は、主人が死ぬと、死ぬ……。
「なんだってー!」