宴の始まり
「ようこそいらっしゃいました。メギド様。クナイ様」
竜の姿で現れた2人に、1番迷惑をこうむったはずの聖女様が、にこやかに2人を迎え入れてくれました。他のシスターさん達も、驚きながらも頭を下げて2人を迎え入れてくれます。
シスターさん達は、おっかなびっくりと言った様子です。世界最強の存在を前にして、その緊張感はマックスとなっているようで、身体がかちこちで、びくびくとした様子まで伝わってきます。
「そうかしこまるでない。わしとクナイは人に危害を加えたりはせんし、我が友の名声に傷をつけるような真似もせん」
「メギドの言う通りだよ。もっとリラックスしてくれないと、落ち着けないよ」
柔らかく笑いながら言うメギドさんとクナイさんのおかげで、シスターさん達の緊張は若干ほぐれた様子です。
ただ、シスターさん達はいいけど、竜の2人の登場にもっと緊張している人がいました。
「め、めめ、メメルテテテ、竜!竜よ!あの伝説の存在の、メギドとクナイが私たちの目の前にいるのよ!?なんで寝てるの!?なんで寝ていられるの!?」
声を震えさせ、膝の上で眠るメルテさんの首を締めながら、ネルさんが訴えかけます。だけど完全に酔いつぶれてしまったメルテさんは、未だに起きる気配がありません。
「りゅ、竜の話は、聞いたことがある。本当にこの二人が、竜なのか?」
「は、はい。物凄く偉くて強い方々です。エーファお嬢様が失礼を働いたら、一瞬で町が一つ吹き飛んでしまいますよ。だからエーファお嬢様は、黙ってニコニコとしていてください。いいですね。世界のためですからね」
「お、おうっ……」
ロステムさんに指示されたエーファちゃんは、言われた通り口を閉じてぎこちのない笑顔になりました。あのエーファちゃんですら、ロステムさんに指示されておとなしく従ってしまう程、竜の存在は大きな物なんです。
でも確かにエーファちゃんはあまり口はよくないけど、もっと口が悪いのもいるから大丈夫だよ。それに、ちょっと口が悪いくらいで怒ったりする2人じゃありません。魔王と違って、その器は大きくて優しい人達です。
「──二人揃って来て、いいのですか?貴方達が接触する事は、女神によって禁じられているはずです。世界の秩序を守るべき者が、課せられたルールを乱すのはどうなんでしょうねぇ?それとも、ルールの事を忘れるくらい、ボケてしまったんですか?だったら丁度いいです。ここには医者もいるので、診てもらいなさい」
ロガフィさんの膝から降り、長いすにふんぞり返って座りなおしたイリスは、揃って訪れた竜の2人をあまり歓迎していないようです。いきなりの喧嘩腰な態度に、戦々恐々としているのはシスターさん達やネルさんです。
「そのルールに関しては、女神であるラスタナ様によって解除された。故にわしとクナイの接触は許されている。イリスティリア様は、存外細かい事を気にするようじゃ」
「ああん?」
「ええ、すみません。イリスは態度だけ変わらず大きく、立場をあまりわきまえられていないのです」
「ああぁん!?」
そう言って竜の2人に謝った聖女様に、イリスは思いきりメンチを切りました。あまり迫力はないけど、目つきだけは悪くて怖いです。
「ホントに、ごめんなさい。イリスには私の方から、きつく優しくねっとりぐっちょりと言い聞かせておきますね」
「……」
ユウリちゃんに対しては、メンチを切る事はありませんでした。むしろ態度を和らげて、黙り込んでしまいます。
ホント、ユウリちゃんの言う事だけは聞くよね、イリスって。
「い、いいな。私もイリスに、きつく優しくねっとりぐっちょりと言い聞かせたいな……」
「では、メイヤさんも一緒にしましょう!」
「いいのか!?」
「是非!」
盛り上がるユウリちゃんとメイヤさんは、堅く握手を交わしました。
ここにイリスの身体を狙う2人の同盟が組まれた訳で、それはイリスにとって最悪の同盟となります。
「ん……。なんですか、セレン。私の方をじっと見つめて……」
最悪の同盟から目を背けたイリスが、じっと見つめているセレンに気が付きました。セレンはもじもじとして、言いにくそうにしながらも何かをイリスに訴えかけます。
「何?私の中の居心地がいいから、中に入りたい?はぁ……。好きにしなさい」
イリスの許可を得たセレンが、イリスの胸の中へと飛び込みました。セレンの姿はイリスの中へと吸い込まれて消えて、イリスに変化はないけどイリスに取り込まれた形でその中にいます。
イリスの中って、そんなに居心地が良いんだ。どんな感じなのか興味はあるけど、人間のボクには真似ができません。
「貴殿がこの町の聖女、ラクランシュ殿であるな。お初にお目にかかる。わしはメギド。竜じゃ」
「同じく竜のクナイだよ。よろしく頼む」
「ご丁寧にありがとうございます。わざわざ遠方まで足をお運びいただき、ありがとうございます」
一方で、メギドさんとクナイさんが、聖女様に対して挨拶を済ませていました。聖女様はニコやかに2人を迎え入れ、メギドさんとクナイさんもニコやかに聖女様と接していてとてもいい雰囲気です。
「なに。空を飛べる我らにとって、短き距離だ。それにネモの頼みとあれば、来ぬ訳にはいかんからな。貴殿が気にする事はない。のう、クナイ」
「その通りだよ。聖女殿が気にする事ではない。それより、私とメギドとで勇者リルに関しての資料をまとめてきた。是非とも役立ててほしい」
クナイさんが聖女様に差し出したのは、一冊の本です。一枚一枚の紙が紐でまとめられただけだけど、立派な本となっているそれを聖女様は大事そうに抱きかかえます。
「ありがとうございます。魔王様からも、資料の提供を受けています。それらを纏めて、勇者リルに関しての新たな伝承を発行する予定でございます。完成したら、是非ともお二方にも見ていただければと思います」
「うむ。楽しみにしておこう」
「さて。堅苦しい事はこれまでにしておこうではないか。なぁ、メギド」
「それもそうじゃな。では、宴を開くとしよう。勇者リルを称え、皆で思いきり楽しむのじゃ」
「そ、それは……」
「その通りでございますね。思いきり楽しみましょう!」
突然そんな事を言われても、聖女様が困っちゃうよ。ボクは盛り上がる2人をなだめようとしたんだけど、聖女様は以外にも乗り気でした。
「竜の言いなりは癪だが、それには賛成だ。魔界から土産の酒や食物を大量に持ってきている。宴に使うと良いだろう」
「私も、里の名産の野菜を持ってきているわ。是非皆で食べて」
「こちらでも、皆さんに振舞おうと思って食材を用意してあります」
魔王と、ヘレネさんと聖女様は、どうやらそのつもりで準備をしてきていたみたいです。
それなら、何も言う事はありません。せっかく皆で集まったんだし、ボクも何かしたいと思っていたんです。朝食を食べたばかりでお腹はあまり空いていないけど、皆で宴を開けばそれはとても楽しい思い出になると思います。
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