聞いたことのある名前
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この世界において、勇者リルは魔王に敗北した勇者として、千年前に人々から弾圧を受け、そして殺されました。普通なら、例え魔王に敗北したとしてもその功績を称えられるべきなのに……リルは、守ろうとした人間に殺されてしまったんです。
オマケに、リルは現在に至るまでに愚かな勇者として語り継がれていて、その話は根も葉もない話ばかりで聞いていてイライラしました。どうして勇者として頑張ったリルが、そこまで言われなくてはいけないんだろうと、怒りを覚えます。
そんなリルは、当然のようにその功績をたたえられる事もなく、現在まで来ました。だったら、ボク達がその功績を称えようと思い立ったのは、つい先日です。始めは冗談半分で言ったボクなんだけど、それがレンさんから聖女様へと繋がって、皆を集めてやってみようという事になったんです。
「ふん。人間の勇者の功績を称えるなど、魔王の立場から言わせてもらえば、場違いにも程があるな。やはり、我は来るべきではなかったのでは?」
確かにその通りなんだけど、魔王も色々と今回の件に関わっているしという訳で、呼ばせてもらいました。
「しかし、お手紙を見てあんなに喜んでいたではないですか。お召し物はどうするとか、お土産はどうするとか、どういう態度でいればいいかとか。あと、ディンガランに出発する日の前日は、楽しみで眠れなかったと言っていたではないですか」
「別に喜んでなどはいない。普通だ。いい加減な事を言うと、その首をはねとばすぞ」
魔王って案外ツンデレなのかなと、ジェノスさんからの情報を聞いて思いました。
でも、何故だろう。圧が強すぎて全く可愛くないんだよね。正気に戻ってからは悪い人ではないと思うんだけど、やっぱり魔王は魔王だと思います。
「はぁはぁ。イリス。いつまでも寝ぼけている、イリス。可愛い。お、襲いたい。骨の髄までしゃぶりつくしたい。ぎゅーちゃんも、良い。幼女のぎゅーちゃんの、全身を嘗め回したい。はぁはぁ」
いつまでも寝ぼけているイリスを、膝の上に抱いているロガフィさんを隣に置き、メイヤさんが興奮した様子でイリスを見つめています。更にその反対側にはぎゅーちゃんを置いて、幼女に挟まれたメイヤさんは興奮した様子を隠しません。息を荒くして、双方の幼女を今にも襲わんばかりの勢いです。
「……」
そんなメイヤさんに、メイヤさんの言っている事の意味が分かっているのいないのか、ぎゅーちゃんはニコニコと笑ってメイヤさんの隣に座っています。普通なら、変質者が隣に座ってきたら気が気じゃなくなるはずだけどね。
「うっ……寒気が……て、ここはどこですか。私の美しすぎる姿があるんですけど、もしかして楽園ですか」
身の危険を感じたイリスが、ようやく目を覚ましました。
「は、はぁはぁ……イリス。今日の下着は、何色だ?」
「……最悪の寝ざめですね」
自分の銅像の姿を見て、感想を述べたのもつかの間。目の前には息を荒くするメイヤさんがいて、すぐに顔を青く染めて危険な状況を把握しました。
「ここは、教会。ネモがこれから、スピーチをする。だから、静かに」
「ロガフィさんの言う通り、皆さんお静かに願います。これからネモさんが、勇者リル様に贈る言葉を述べるので、ご静聴願います」
「ああ、そう言えばそんな事をするとか言っていましたね。そんな事をする暇があるなら、私を褒め称えればいいのに暇なれんちゅ──もがっ」
聖女様の願いを無視したイリスの口を、ロガフィさんが手で塞ぎました。
興奮気味だったメイヤさんも、深呼吸をして息を整え、両隣の幼女へと熱い視線を送りつつも静かになります。
「え、えと……リルは、悪い人じゃありません。とても良い子で、この世界を救うために頑張ったと思います。魔王を討伐する旅は、本当に孤独で、果てしなくて……その先に何が待つのか不安に駆られる事もあります。それでもリルは最後まで逃げずにやり遂げようとしたんです。それは、凄く凄い事なんです。だけどこの世界の人たちはそんな事を忘れて、リルを見捨てました。その上今この時代には、リルの悪いお話まで出ていたりします。そんなリルの悪い噂を、ボクは正しく直して広めたいと思っています。始めは、ここにいる人たちだけでいいです。でもいつかは世界中の皆が、勇者リルに憧れを持ったり、感謝をしたり……そんな世界になってくれたらなと思います。……い、以上です」
「もう、よろしいですか?」
「は、はい」
ボクは、精一杯長く喋ったつもりです。隣に立つ聖女様にもう良いのかと聞かれると不安になるけど、これ以上喋る事はないです。
「ふっ。まぁ、ネモにしてはよく頑張りました。褒めてあげますよ」
そう言ってボクに拍手を送ってくれたのは、イリスです。そこから皆も拍手をボクに送ってくれて、ボクは安堵しました。
お役目を終えたボクは、そそくさと壇上を降りようとしたけど、それを止めて来たのは聖女様です。ボクの腕を掴むと、その場にボクを留まらせました。
「私達の方で、千年前に何があったのかを今一度精査しているところです。勇者リルの、捻じ曲げられた伝承を正しく直す。そのためにも、魔族の方々の伝承もお聞きしたりして、勇者リルの正しい伝承を、今一度世間に広めたいと思っております」
聖女様はそう言って、魔王の方を見ました。ボクとくっついてボクを拘束したままで、ボクはまだ壇上を降りる事を許されません。
「分かっている。既にこちらも、用意できる限りの資料を用意してきている。しかし、千年前と言えば魔王ギルガルドの時代か。あまりに長き時を遡る必要が──」
「魔王。今、何て言った?」
ボクはその名前を聞いて、頭を殴られたかのような衝撃を受けました。魔王に今一度聞き直し、今出た名前をもう一度その口から聞こうとします。
「資料を用意してきている。千年前。魔王ギルガルドの時代。長き時を──」
「ギルガルド……!」
その名前を、ボクは知っています。
それは、千年前。リルが魔王に敗けて、この世界を救えなかった時の世界をモチーフにした、とあるゲームの世界に出てくる主人公の名前です。
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