本当の家族
結局、魔王もヘレネさんと変わらない。そのぶつけようのない怒りを、魔王の場合はただロガフィさんに向けただけで、ヘレネさんは魔王に対してぶつけようとしていただけです。
ロガフィさんは、アスラに植え付けられた憎悪によって魔王と自らのお母さんを殺してしまい、魔王はアスラから授けられた力によって支配され、大勢を殺してしまった。憎しみの連鎖ができてしまっていて、それをどこかで止めなければこの世界はとても悲しい想いに包まれてしまいます。
「……」
ヘレネさんは、黙り込みました。魔王は尚も頭を下げ続け、ヘレネさんに許しを請い続けています。
「……もう、良い」
やや時間をおいて、ヘレネさんはそう呟きながら魔王に背を向けました。
「赦した訳じゃない。でも、貴方の置かれていた立場を理解した。……本当は、悔しい。大事な物を奪った上に、ロガフィ様を苦しめた貴方を殺したいくらい憎んでいる。でもその元凶は全て、アスラだと分かった今……ロガフィ様の言う通り、全ての罪を貴方だけに被せるのは間違っているのかもしれない」
「……すまなかった」
魔王は改めて、謝罪の言葉を述べました。
「その想いを、私以外の魔族にもしっかりと伝えて。全員が貴方を赦す訳ではないでしょう。だけど皆が赦してくれたらその時は、今度こそ立派な魔王となって見せて。それが、貴方が奪った命に対しする贖罪であり、その家族に対する謝罪となる。だから私は、その時まで貴方を赦さない」
魔王に背を向けているヘレネさんが、崩れ落ちました。そして嗚咽をあげて苦し気に泣きだします。
「ヘレネ……!」
そんなヘレネさんを、カーヤさんが抱きしめました。
これでようやく、ヘレネさんも憎悪から解放されたんだと思います。魔王を深く恨んでいたヘレネさんだけど、それを我慢して魔王に付き従い、復讐の機会を伺っていたヘレネさんの心労は、計り知れません。
結局魔王を殺して両親の仇をとるという目的は果たせなかったけど、それはヘレネさんの言う通り、別の形で仇をとる事になると思います。
「ありがとう、ヘレネ」
ロガフィさんはそんなヘレネさんにお礼を言いながら、未だにヘレネさんに向かって頭を下げ続ける、魔王の片方しかない腕を引っ張り上げました。
ロガフィさんに起こされた魔王は、どこか居心地が悪そうに目を伏せています。
「お兄ちゃんにはこれから、もっと忙しくなってもらう。崩れたお城の建築。バラバラになった魔族の心を纏める。これまでの強硬路線をかえて、平和に向かってこの魔界を作り変えてもらう」
「……その前に、もう一度だけ聞きたい。お前の角を折り……それだけではない。お前に対して、我は多くの酷いことをした。それを我は、赦されるべきではない罪と考えている。それでもお前は、我を赦すと言うのか?」
「私は良い。私はお兄ちゃんの家族だから、赦すとか、そういう関係じゃないと思っている」
「そうか……。では、この腕を切り落とされた事も、赦すとしよう」
「それは、意地悪」
魔王が冗談ぽく言って、ロガフィさんも冗談ぽく返しました。
本来であれば、腕を切り落とされたらこんな冗談ぽく済むような事ではありません。だけど2人にとっては些細な事らしく、2人とも表情は硬いけど、笑い合っているように見えました。
2人のその姿は、初めて本当の家族のように見えて、心に温かい物を感じました。
「まとまった所ですみませんが、セレンも凄く怒っているようです……」
遠慮がちに手を挙げながら言ったのは、ユウリちゃんです。
イリスから移ったセレンは、まだユウリちゃんの中にいるみたいでユウリちゃんを介してその意思表示をしました。
「精霊の子だな。それについては、私がなんとかしよう。精霊の命は、この世界が存在する限り無限だ。いつかは自然と復活できるだろうが、それには多くの時を必要とする。それを速めてやる事を約束しよう。私に免じて、怒りを鎮めてくれないか」
「……ラスタナ様に免じて、赦すそうです。ありがとうございます」
「礼を言われるまでもない。……ところで、私が授けた幸運の加護は役にたったか?」
「はい。おかげさまで、とても」
ラスタナ様に対し、ユウリちゃんは笑顔で答えました。ユウリちゃんに幸運の加護を授けたのは、ラスタナ様だった。ユウリちゃんはそれを隠そうとしてたみたいだけど、ボクはなんとなくそれを察していました。
だから親し気に話す2人を見て、ボクは別に驚いたりはしません。
「幸運の加護は、諸刃の剣だ。自らの幸運の代償に、愛する者達に不幸が訪れる。私自身も所有している力だが、私自身に幸運が降りかかる代わりに愛する者達に不幸が降りかかり、心が痛いよ」
「愛する者とは、誰ですか!?女の子ですか!?」
「ユウリちゃん……」
そこに食いつくユウリちゃんに、ボクは呆れます。
「ラスタナが愛する者は、人間です。だから慈愛の女神ラスタナに愛される人間には、不幸が絶えない」
「失礼だな、イリス。それではまるで私が、不幸を運ぶ疫病神のようではないか」
「そう言っているんです」
「だから身を粉にして、頑張っているんだよ。様々な世界の人間に訪れた不幸を、私が導いて福となす。私はそのために存在する。という訳で私は忙しいので、コレで失礼する。また会える機会を楽しみにしているよ」
レンさんの姿をしたラスタナ様は、そう言って一瞬目を閉じて力が抜けたようになったかと思うと、目を開いて崩れた足を踏ん張って立ち直りました。
「……ネモ様」
そしてボクの名前を笑顔で呼んだのは、レンさんです。ラスタナ様は有無を言わさず、あっという間に立ち去ってその気配を消してしまいました。
気づくとアスラもその場にいなくなっていて、全てが一瞬すぎて混乱してしまう程です。本当に、最初から最後までいきなりすぎて、マイペースな女神様だなと思いました。




