温かい
「──待って!ボクは貴女に、この世界を好きになってほしいんだ!まだ消えちゃダメだよ!」
ボクがそう訴えるけど、リルの身体は尚も霧となって消え続けています。消えゆく場所を手で押さえたけど、効果はありませんでした。
ちなみにそれは太もものあたりだったけど、偶然です。不可抗力です。別にセクハラをしようとした訳ではありません。
「無駄。私は倒され、私は消える。……ようやく、この身を焦がすような憎悪から解放される事ができた。それは貴女のおかげ。だから、喜んでほしい」
「喜べないよ……!」
消えゆくリルを前にして、それはできません。ようやく、リルという人物を見る事ができて、世界を好きになってもらえると思った矢先の出来事に、ボクは悲しみます。
「……リル。貴女はよく戦いました」
とそこへ、ぎゅーちゃんの上に乗ってイリスがやってきました。ディゼとユウリちゃんも一緒です。
ディゼはユウリちゃんに肩を貸してもらって立っているような状況だけど、先ほどよりは復活しているように見えます。むしろ顔を真っ赤にして熱っぽく、僅かに身体をよじっています。
というか、肩を貸しているユウリちゃんの手の動きがやらしいです。そんな所を支える必要あるの?という場所に伸びた手が、のの字を描いてその感触を楽しんでいるようにしか見えません。
ディゼはセクハラを受けて、無理矢理復活させられているような状況にあるようです。
「貴女の戦いと、その行く末を、私たちは視ていました。でも私たちは、貴女を決して見捨てた訳ではありません。特にアスラは、魔王に敗北した貴女を助けるために、私情を押し切ってまで世界を作り変えてしまったのですからね」
「アスラ様が……?」
「ええ。全ては貴女のためです。ただ、作り変えられたその後の世界が貴女を否定してしまったのです。前の世界で死した貴女を、世界は受け入れなかった。それによって、新しく作られた世界のルールにのっとり、貴女は凌辱されて死ぬ運命となってしまったのです。その運命に、女神は干渉する事はできません。よって、ただ見守るしかなかったのです」
つまりは、リルも異世界からやってきたボク達と同じ状況になってしまったという事だね。
この世界では、外界からやってきた人は凌辱されたり、酷い目にあう運命に晒される事になっている。ボク達も、夜の町を出歩けばしょっちゅうそんなイベントに出くわして、何度か危ない場面もありました。
「世界が、私を……」
「貴女を追い詰めてしまったのは、私たち女神の軽はずみな行動です。貴女は本当によく戦ってくれました。最後に敗北こそしてしまいましたが、貴女は最期まで間違いなく勇者でしたよ」
「もう、いい。女神様が私を見捨てた訳ではない事が分かり、その上私の味方でいてくれると言ってくれた勇者もいた。倒されたからかもしれないけど、充分すぎるくらい私の中の憎悪は消え去っている。気がかりなのは、この身体の持ち主。私は己の憎悪によって、彼女を支配し彼女の大切な物をたくさん奪ってしまった。赦される事ではない」
「……」
それに関しては、ボク達の口からは何も言えません。リルがロガフィさんから奪ってしまった物は、あまりにも多すぎます。リルの意思ではなかったにしろ、その事態を招いてしまったのはアスラとリルです。
そこへ、どこからともなくスッと手が伸びて来ました。白くて、柔らかな肌の手です。その手が、リルの頭の上に乗りました。リルの頭を撫でつつ、愛おしそうに抱きしめます。
「ロガフィさんの、お母さん……?」
それはロガフィさんの記憶に出て来た、ロガフィさんのお母さんの姿でした。ロガフィさんのように真っ白な髪に、真っ白な肌。黒いドレスを身に纏い、長身のキレイな女性です。
アンリちゃんのように幽霊みたいに半透明状態の彼女は、ニコやかに微笑みながらそこにいます。
「貴女は……」
「……」
リルが問いかけようとしたけど、何も言う必要はないという風に、ロガフィさんのお母さんはリルを強く抱きしめました。
「……温かい」
最後にリルはそう呟いて、ついに消え去りました。ロガフィさんのお母さんに抱きしめられ、幸せそうな表情を浮かべていたリルの表情が、とても印象的でした。ロガフィさんのお母さんも、リルと共にその姿を消してしまって、その姿を見る事ができたのは本当に一時だけでした。一体なんだったんだろう。
それを考える間もなく、ボクはその光景を見届けて手が震えます。リルの最期は、ほんのちょっとだけ救われたようだけど、まだまだ足りなかった気がします。リルにはもっと色々な物を見て欲しかったな。
「……お姉さま」
震えるボクの手を、ユウリちゃんが握って来てくれました。暖かくて柔らかい、ユウリちゃんの感触がボクの心を慰めてくれます。
「何をしみったれているんですか。コレでロガフィは前世の憎悪から解放され、リルが残した負の遺産もなくなり、本当の意味でロガフィもリルも解放されたのです。喜びなさい」
「ひゃん!?」
イリスがちょっと強めにお尻を叩いてきて、ボクは声を上げました。別に痛くはなかったけど、変な感覚です。
「ロガフィさんのお母さんは、一体なんだったんでしょうか」
「ロガフィの記憶の中の、母親像が姿を現わしただけでしょう。彼女はきっと、この先もロガフィの心の中にあり続けて、ロガフィを見守るはずです」
死んでしまったけど、ロガフィさんの心の中でロガフィさんを見守ってくれるなんて、凄いお母さんです。外に出たら、ロガフィさんにも教えてあげなくちゃ。きっと喜ぶと思います。
「全て、終わったんだな」
「ディゼ。大丈夫なの?」
「平気だ。頭の中が、私を苦しめた者達への憎悪でいっぱいになってしまったが、もう治った。私には貴女達もついている。大丈夫だ」
ディゼは自分に言い聞かせるように言って、笑顔を見せてくれました。ボクも、ディゼや皆がいるから何が起きても大丈夫です。そう答えるようにして、ボクも笑顔を返しました。
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