世界を明るく包み込むような笑顔
黒い霧でできた魔王は、おぞましい姿をしています。まるで、悪魔を具現化させたかのような姿は、ボクが過去に倒した魔王に少しだけ似ています。見た目ではなくて、雰囲気がです。
たぶんコレは、リルが作り出した幻影だ。本物の魔王ではないけど、リルが恐れる物を具現化させた物で、リルにとってコレは悪の象徴であり、倒せなかった物なんだ。
本当に、凄く強そうでおぞましい魔王です。リルはコレに敗けて、壮絶な最期を迎えてしまったんだね。その恨みを晴らす、いい機会と言えばそうかもしれません。リルの前で、リルが倒せなかった物を倒してあげられれば、少しはリルの憎悪も晴れるかもしれません。
「……アレを倒したら、リルもこの世界を好きになってくれる?」
「努力する」
そう答えてくれて、ボクはやる気が出ました。
抱いていたリルを手放すと、ボクは魔王の方へと駆け寄ります。そして間合いに入った瞬間に、間髪入れずに剣を振りぬきました。
横に振りぬいた剣は、魔王に避けられました。魔王は思いのほか俊敏な動きを見せ、後方宙返りをしてボクの剣をかわしました。
宙返りを終えて、地面に着地した魔王がボクの方へと突っ込んできます。大きな剣を槍のようにして突き出し、ボクを容赦なく貫こうとする一撃です。
ボクはその剣を、膝を折って屈む事で回避しました。剣はボクの頭上を通り抜け、魔王の身体も上を通過しようとします。ボクはそんな魔王の、足を掴み取りました。
片手で握りつぶさんがばかりの力で握り、通り過ぎようとした魔王の身体が空中で制止します。それは一瞬で、ボクは魔王の身体を振り上げると背中から地面に叩きつけました。
「……!」
魔王が地面に倒れた事により、地面がへこみます。それだけの勢いで叩きつけたのにも関わらず、魔王は驚いた顔をしただけで元気なままです。
ボクは足を掴んだままの状態で、魔王は立ち上がる事ができません。暴れて掴んでいない方の足で蹴り飛ばそうとしてくるけど、それはボクに当たったとしても痛くもかゆくもない。じたばたとして暴れる魔王は、みじめに見えます。
可愛そうなので、手を離してあげる事にしました。その瞬間、立ち上がるとすぐにボクに向かって大剣を振り上げて来ました。
ボクはそれを、身体を横にずらしてかわします。地面にめり込んだ魔王の大剣は、地面を真っ二つに切り裂きました。たった一撃ではるか先の地面まで斬り刻んだそれは、まぁまぁの威力だと思います。
「はあぁ!」
ボクは魔王に向かい、剣を振りぬきました。地面を斬りつけた大剣を避けた事により、魔王の身体はがら空きです。避ける間もないので、受け止めるしかありません。
「……」
魔王は、本当にボクの剣を受け止めました。ただし、手で受け止めた事によってその手が吹き飛びました。片手を犠牲にしてまで生き延びた魔王は、怯む事もなくすぐに反撃に出てきました。剣を振りぬいたボクの隙を狙ったつもりなんだろうけど、全然隙はないからね。
ボクはそう示すように、魔王の剣を手で受け止めました。こちらは、魔王が受け止めた物とは違って手が吹き飛んだりはしません。軽く受け止めて握り、動かないように固定します。
「終わりだね」
最後にボクはそう呟いて勇者の力を込めた剣を振りぬき、魔王の頭から胴体を真っ二つに切り裂きました。光が真ん中を走り、次の瞬間には真っ二つです。
真っ二つになった魔王が崩れ落ち、そして霧となって飛んでいきます。呆気なく勝っちゃったけど、彼の力は中々のものでした。たぶん、リルの憎悪に包まれたロガフィさんくらい強かったです。リルはそんなのを相手にして、頑張って戦ったんだね。
「勝ったよ、リル」
魔王を倒したボクは、すぐにリルに駆け寄って勝利宣言をしました。
「……ありがとう。勇者ネモ。アレは、私が作り出した幻影。私が恐れる物を、具現化した悪魔。それを倒した貴女は、本当に私にとっての勇者様。……そんな貴女がいる世界なら、少しだけ好きになってもいいと思えた」
「えへへ」
そう言われると、ちょっと照れます。
心なしか、リルの表情も和らいだ気がして可愛くなった気がします。本来この人は、こういう表情を見せてくれる人なんだなと知る事ができて、嬉しいです。
「とはいえ、私が敗れた魔王をこうも呆気なく倒してしまったのは、少しだけ複雑。貴女がどれだけ強いのか興味があるけど、それを知る時間はもうない」
「時間が、ない……?」
よく見るとリルの身体が少しずつ、霧となって消えて行っています。足や手の先端から少しずつ、闇の霧が漏れ出て光の粒子となって消えていくその姿は、死に行くように見えます。
「り、リル……?身体が、消えていってるよ?」
「貴女が倒してくれた魔王は、私。私が私の恐れる物を具現化しただけだから、アレを倒したら私も消える」
「そ、そんな……!」
それってつまり、ボクがリルを殺してしまった事になる。そんな事、ボクはしたくなかった。リルには世界を好きになってもらえるまで、一緒にいるつもりだった。だからそれを聞いて、後悔します。
「でも大丈夫。後悔はない。貴女が私が恐れる魔王を倒してくれて、嬉しかった。本当にありがとう、勇者ネモ」
リルが伸ばして来た手が、ボクの頬を触れて来ます。それは暖かくて、柔らかな、女の子の手です。その手を握り返したボクに、リルが微笑みかけて来ます。全てを憎み、全てを諦め、世界を破滅に導こうとした女の子だけど、その笑顔は世界を明るく包み込むような笑顔でした。




