ショートヘア
飛び出したディゼに続いて、ぎゅーちゃんも闇の巨人へと向かって駆けだしました。
接近する2人に対して、闇の巨人は剣を振り上げるとそれを地面に這わせるようにして横に振りぬきます。すると大きな闇の霧が、まだ距離のあった2人に対して津波のように襲い掛かってきます。
その霧の効果は分からないけど、何が起こるか分からないので避ける事に越したことはないよね。
ディゼとぎゅーちゃんは高くジャンプしてそれを避けると、霧が通り過ぎてから地面に着地して再び駆けだします。
「──三重瞬撃」
地面に着地したディゼは、早速技を繰り出します。それを発動したことにより、ディゼが手にしている短剣が赤く輝くと同時に、ディゼの足も速くなりました。
「……!」
ぎゅーちゃんも負けていません。指先から触手をうねうねと伸ばし、ディゼよりも速く闇の巨人へと向かっていきます。
ところで霧なんだけど、留まる事をしらなくてボク達の方にまで向かって来ようとしています。
なのでボクは、皆より一歩前に出て立ちはだかると、向かい来る霧に向かって拳を突き出しました。今のボクは力が弱いので、ちょっとだけ本気です。
すると、霧はキレイさっぱり霧散してなくなりました。
「……こ、コレで、弱いんだよね、ネモさん」
「イリスと出会う前も、お姉さまはちゃんと強かったですよ。少なくとも私には、強くなってからの差が分からないくらいです」
アンリちゃんとユウリちゃんがそう言ってくれるけど、やっぱりちょっと弱くなっている気がします。完全に、イリスと出会う前のこの世界に来たての頃の力だね。
「弱いですよ。完全に、私の授けた力を失っています。やはり勇者の剣が必要ですね……」
「う、うん。ボクも、そう感じる……」
「ちょっとボクには分からない世界だね。ネモさんが弱いとか、信じられないよ」
「理解する必要はありません。そもそもネモは勇者の資質だけはとにかく高くて、女神にも匹敵するような力の持ち主でしたからね。その力を人間に理解しろという方が、無理があるというものです」
「わ、分かりましたから、早く剣を作ってください。ディゼとぎゅーちゃんが時間を稼いでくれている今の内ですよ」
闇の巨人の背後に回り込んだディゼが、足を鋭い一撃で斬りつけています。一瞬、足を失った事により倒れかける巨人だけど、すぐにその場所に霧が集中すると、足が再生して元通りです。
その一方で、伸ばした触手で攻撃を仕掛けたぎゅーちゃんが、剣を持つ巨人の腕を掴み取りました。剣を封じるつもりのようだけど、掴めてはいるものの力の差がありすぎて、闇の巨人はぎゅーちゃんの拘束をもろともせずに剣を振り上げます。
今はまだ、相手の動きが鈍いおかげで倒される事はないけど、倒す事はできなそうです。このままでは体力が尽きて、その時が危険だ。
「……ユウリ。剣を貸しなさい」
「剣ですか?どうぞ。でも気を付けてくださいよ。この白くなっている所に触れると、切れてしまいますからね。切れたら血が出てしまいますし、とても痛いんですからね」
「分かってますよ!子供扱いするのはよしなさい!」
ユウリちゃんから剣を受け取ったイリスは、鞘から剣を抜きました。
一体どうするのかなと思いながら見ていると、イリスは長い自分の髪の毛をまとめて、そこに剣を通しました。それにより、イリスの髪の毛が斬られて、短くなってしまいました。
「な、なな、なにをななななにをしているのですか、イリス!?」
唐突に髪の毛を切ったイリスに対して、ユウリちゃんが凄く取り乱して慌て出します。
「剣を作るのに必要なんですよ。私が普通に女神だった時は髪の毛一本で事足りたのですが、今はこれでも足りるか分かりません。……そもそも、作れるかどうかも分からない訳ですが」
イリスは切り取った自分の髪の毛を、地面に置いて纏めました。
髪が短くなったイリスは、イリスじゃないみたいだけどその美しさは変わりません。ショートカットのイリスも、充分魅力的で可愛いと思います。
だけどボクも、突然自分の髪の毛を切ったイリスには驚きました。せっかく長くてキレイだったのに、ちょっともったいない気もするけど、必要な事なら仕方ありません。
「い、イリス……髪の毛、大丈夫なの……?」
「は?髪が、なんですか。こんなのまたすぐ生えてきますし、気にするような事ですか?」
心配して聞いたけど、でも本人は髪の毛に対してあまりこだわりがないようです。
というか、勇者の剣って髪の毛から作ってたんだね。髪の毛って、そんなに丈夫な素材だったんだね。知らなかったです。
「……」
でも、髪の毛に対してこだわりがあるのか、ユウリちゃんは絶句して固まってしまっています。
そういえば、前に髪の毛切ろうかなとかほのめかしたら、全力で否定された事があったなと思い出しました。ユウリちゃんは長い髪の毛の方が、たぶん好きなんだね。ボクもどちらかと言えばそうかもしれないけど、イリスに関してはショートヘアーも似合っていて、可愛いと思います。
「それで、髪の毛からどうやったら剣が作れるの?」
「黙ってみていなさい。私の手にかかれば、三分でそれなりの勇者の剣を作る事ができますからね」
そう言って、イリスが地面に束ねた自分の髪の毛に、手を触れました。すると、髪の毛が白く輝きだし、一つの塊となって剣の形へと変化していきます。
でも、変化しただけでそれが固定される事はありません。一部はまだ髪の毛のままだし、このままでは使い物になりそうもありません。
「くっ……!」
やっぱり女神の力を失ったイリスでは、勇者の剣を作る事はできないのかもしれません。神経を研ぎ澄まし、頑張っていたイリスが悔し気に声を漏らした事で、そう感じました。
「ああ。そう言えば、ディレアトが持っていたアスラの勇者の剣があるんだけど、これじゃあダメなのかな?」
「……」
ボクがそう呟いた瞬間に、イリスが髪の毛から手を離して、呆けた顔でボクを見て来ました。
「だから、そう言う事はもっと早く言いなさい……」
イリスはもう、怒ったりはして来ませんでした。その代わりに、かなり呆れて疲れ果てたような顔でそう呟きました。
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