伝授
幼い姿のロガフィさんは、アンリちゃんと手を繋いでボク達を先導するように歩き出しました。本当はユウリちゃんもロガフィさんと手を繋ぎたいみたいだけど、アンリちゃんに遠慮しているのか力づくでどうこうしようとはしません。
アンリちゃんは、触れる事ができるのが嬉しくてたまらない様子だからね。それを邪魔するのは本当に気が引けます。
その代わりと言わんばかりに、ユウリちゃんはボクと腕を組んで胸を強く押しあてて来ます。ユウリちゃんの胸の感触……小さいけど柔らかくて確かにそこにあって、心地良い……。さりげなくお尻を揉んで来ているけど、その手は掴んで止めさせました。
「ぬふふふ。可愛いなぁ、ロガフィさん。このままボクと、あの世行っちゃう?」
ロガフィさんと手を繋いでいるアンリちゃんが、そんな不気味な事を囁いています。
それに対してロガフィさんは、ニコリと笑うだけで拒否したりはしません。幽霊のアンリちゃんが言うと、まったくジョークには聞こえないので普通は全力でお断りさせてもらう場面だよ。
「バカですか。ロガフィの精神をあの世に連れて行くなど、不可能です」
「軽い冗談だよぉ。イリスさんは冗談が通じないなぁ。困ったお姉さんだね、ロガフィさん」
真に受けて言ったイリスを、アンリちゃんが小ばかにしたような顔で言い放ちました。それに倣い、ロガフィさんも同じような顔をしてイリスを見ます。
「お、落ち着くんだイリスさん。そんな怖い顔をしたら、美人が台無しだぞ」
「……」
ディゼがなだめるけど、イリスは眉間にシワを寄せて不機嫌モードに変わってしまいました。
「……!」
その時でした。突然、ぎゅーちゃんが暗闇の向こうを指さして飛び跳ねだしました。
「ど、どうしたの!?」
突然のぎゅーちゃんの行動に、ぎゅーちゃんが指さした方向を見て身構えるけど何も見えません。でもぎゅーちゃんが意味もなくそんな行動に出るとは思えない。だからそう尋ねたけど、ぎゅーちゃんが何かを訴えるその理由が分かりません。
でもそれは、すぐにやってきました。
「のわぉ!?」
「霧!?イリスさんは私に任せてくれ!」
黒い霧が暗闇の向こうからやってきて、それがボク達を包み込んだんです。黒いから見えなくて、分からなかったよ。ぎゅーちゃんは暗闇の向こうからやってくるこの霧が見えて、それをボク達に訴えていたんだね。
不機嫌モードとなっていたイリスは、咄嗟にディゼが抱きしめて回収してくれました。アンリちゃんも手を繋いでいるロガフィさんを守ろうと、咄嗟に庇って抱きしめている姿が見えました。
『──フィーちゃんは、とてもいい子ね。将来きっと、立派な魔族になれるはずよ。お兄ちゃんとどちらが魔王に選ばれるかは分からないけど、どちらが魔王になっても仲良くするのよ?』
『うん。仲良くするー』
霧に包まれた中で、そんな柔らかな会話が聞こえて来ました。
一つの声は、とてもおしとやかそうな、大人の女性の声です。とてもやさし気な声で、安心感を与えてくれます。
もう一方は、幼い子供の声です。まだ少し舌足らずで、でもその一生懸命さから元気を与えてくれるような声です。
恐る恐る目を開くと、暗がりの向こうに光が見えて、それがうっすらと人の形を作っていました。ぼやけてはいるけど、長身の女性が女の子を抱いているのが見えます。真っ白で、キレイな髪を床近くまで垂らした女性です。黒のドレスに身を包んだその姿は、まるでどこかの国のお姫様のように可愛くて、目を奪われてしまいます。
『お母さん。大好き』
『はい。私も大好きですよ。ちゅ』
見知らぬ白い女性は、そう言って抱いている女の子にキスをしました。
『ひゃはっ。なに?』
嬉しそうにそのキスを受け止めた女の子が、不思議そうに尋ねます。
『ふふ。コレは、仲良しのちゅーです。私とフィーちゃんが、仲良しである証ですよ。将来フィーちゃんが大きくなって、大切な人が出来たら同じように仲良しのちゅーをしてあげてください』
『うん。わかった!仲良しのちゅー!』
コレは、ロガフィさんの記憶だ。抱かれているのは、ボク達の前に突然現れた、幼いロガフィさんと同じ年頃のロガフィさんです。
それじゃあ、ロガフィさんを抱いているのは?先ほどロガフィさんが呼んだ通り、ロガフィさんのお母さんです。
このシーンは、仲良しのちゅーをロガフィさんに教えてあげた、貴重なシーンだね。こうしてロガフィさんは、お母さんから仲良しのちゅーを伝授されたみたいです。
たぶん意味合い的には、ロガフィさんのお母さんは好きな人にちゅーをして欲しかったのだと思うけど、それが勘違いしたまま来てしまったみたいです。
幸せな、ロガフィさんの記憶。それを垣間見たのも束の間で、シーンが突然変わりました。
『フィーちゃん……』
『……』
正気を失った様子の幼きロガフィさんが、血まみれで立ち尽くしています。その目を見開き、憎悪に歪んだ表情を浮かべています。可愛げな女の子だったあの姿からは、想像もできない表情です。
その傍には、床に倒れているロガフィさんのお母さんの姿があります。彼女のお腹や背中には、激しい裂傷が出来ていてそこから血があふれ出ているようです。
凄く大きな怪我で、苦しいはずなのに必死にロガフィさんに手を伸ばし、ロガフィさんを止めようとしている事が分かります。
『……』
でも無情にも、ロガフィさんは手にした剣でお母さんに止めを刺す仕草を見せます。
それを察知したのか、ロガフィさんのお母さんは最後の力を振り絞り、ロガフィさんに飛び掛かりました。襲い掛かった訳ではありません。攻撃の意思は、彼女には全くなかったと思います。
ロガフィさんに飛び掛かったロガフィさんのお母さんは、ロガフィさんと唇を重ねました。それは、仲良しのちゅーです。
『……お母さん?』
『よく聞いてフィーちゃん。貴女はこれからも、その憎悪に支配されてしまう時があるかもしれない。そんな時は、お母さんとの仲良しのちゅーを思い出してください……。そうすれば、貴女はいつでも元の優しい女の子に戻れる……その憎悪から解放される日は、いつかきっと来るはずだから……貴女を大切に想ってくれる子が、いつかきっと貴女を助けてくれるはず……だから頑張って……お母さんはずっと、貴女と一緒にいるから……』
そこで黒い霧が晴れて、僅かに見えていたロガフィさんの記憶の断片も、一緒に消え去りました。
気づけばボク達は元の真っ暗闇の空間にいて、皆の姿もそこにあります。ただ先ほどまでとは少し違う事があって、アンリちゃんが庇っていたロガフィさんの身体が、少し大きくなっていました。
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