白い狼
ボクは、ステータス画面を開いて、確認。
名前:シニスターウルフ
Lv :49
シンプルに、名前とレベルだけが表示されている。あと、HPとマナ容量も表示されているけど、マナはゼロを示しているから、魔法は使えないのかな。
見た目は、まんま大きな狼。見方によっては、犬とも言える。けど、大の男の人の上半身を、一瞬で噛み千切れてしまうくらいの、大きさだ。普通の狼よりは毛が少し長めで、暑苦しそう。鋭い目つきは、赤く輝いていて、口からはこれまた大きな大きな牙が、2本飛び出ている。
彼らは、ゲームの中でもお馴染みの、雑魚モンスターだ。雑魚モンスターなので、群れをなしで出てくる。それはゲームと同じのようで、ボク達の周囲はいつの間にか、薄暗い森の中に輝く、赤い瞳でいっぱいだった。
「ま、まま、マズイですよ、ネモ!私、どうしますか!?どうしたらいいですか!?」
イリスが、ボクの身体にくっついて、揺さぶってくる。怖いのは分かるけど、守ってあげるから、何もせずにおとなしくしていてほしいです。
「に、逃げろ!こんな所で死んでたまるか!」
恐怖に染められたのは、イリスだけじゃない。冒険者達の何人かが、四方にバラけて逃げ出した。
えー。そっちにはたくさんのシニスターウルフがいるのに……。
「ぎゃー!」
「た、たすけっ、ぎゃああぁぁぁ!」
「ひいいいぃぃ!」
冒険者達が消えていった森の中は、阿鼻叫喚。姿は見えないけど、叫び声が響いてきて、それが彼らの身に、何が起こったのかを物語っている。やがて、叫び声はやんで、いつもの静けさを取り戻しました。
「臆するな!陣形を取り、身を寄せ合え!私を中心にして、四方を囲むのだ!」
──グルルルルル。
指示を飛ばすメイヤさんに、先ほど男の人の頭を食べたシニスターウルフが、呻って襲い掛かった。それに呼応するようにして、上半身を食べた方のシニスターウルフも、メイヤさんの背後から襲いかかる。
本能的に、メイヤさんがリーダーだと、判断したのかな。だとすれば、本当に頭が良い。ボクは、感心しました。
「メイヤさん!後ろからも来ます!」
ユウリちゃんが慌てて叫んだけど、肝心のメイヤさんは、ゆったりとした動きで腰を深く下ろし、刀に手を当てて息を深く吐く。
そこからが、素早かった。一瞬にして刀を抜いたメイヤさんが、刀を水平に切りつけると、それがメイヤさんを中心に囲って円形の斬撃を作る。それにより、メイヤさんに挟撃をしかけたシニスターウルフが、2匹とも真っ二つに切り裂かれた。その次の瞬間には、メイヤさんの刀は鞘に納まっている。そこまでかかった時間は、コンマ数秒の世界。凄く、凄い。
でも、凄いだけじゃない。その動作のひとつひとつが凄くキレイで、思わず見惚れてしまった。
「風弥大車輪」
メイヤさんが、技名を呟いた瞬間、血まみれのシニスターウルフの死体が、地面に落ちた。
風弥大車輪は、刀のウェポンスキルのひとつで、効果は今見たとおり。全体攻撃のスキルで、威力は小さ目かもしれないけど、一撃で落ちるような雑魚に対しては、かなり有効なスキルだ。ゲームのレベル上げで、けっこう使わせてもらったので、記憶は鮮明。
「さ、さすがに、ギルドマスターと呼ばれるだけの事は、あるようですね」
落ち着きを取り戻したイリスが、ボクの身体に引っ付いたまま、そう呟いた。
「ふ。そう思うのなら、私の処女をもらってくれないか、イリス」
イリスの言葉を聞いたメイヤさんは、恥らう乙女のように、そう言った。その仕草自体は、凛々しいメイヤさんの姿とのギャップで、可愛いと思う。でも、言っている事が破滅的だ。
「頭の中に蛆がわいてなければ、素直に褒めるのに」
蛆とは思わないけど、ボクも何かが湧いているんだと思います。
そんなメイヤさんの一撃のおかげで、シニスターウルフの攻撃に、戸惑いが生まれた。その隙を見て、ボク達はメイヤさんを囲い、陣形を作成。武器を持っている人は、武器を構え、いつでも戦える準備を整える。
「探知系のスキルを持っている者は、敵が襲いかかってくる方向を瞬時に報告!盾のスキルを持っている者は、少しでいい。時間を稼げ!その他の者も、周囲の警戒を怠らず、敵のくる方向をすぐに報告!および、盾役の援護に徹しろ!」
メイヤさんの指示が激しく飛び、皆が言われたことをしようと、気合を入れる。
そこへ早速、シニスターウルフが、襲い掛かってきた。それは、空から降ってくる。高い木を利用して、上から飛び降りてきたみたい。
「上だ!上から来るぞ!」
先程の、メイヤさんの言った、探知系のスキルを持っていると思われる冒険者が、そう叫んだ。
うーん。気づけたのはいいけど、遅すぎないかな?メイヤさんは、とっくに気づいて、空からの敵に向かい、地を蹴って空中で敵を切り刻んだ。
「後ろだ!……横からも──!」
メイヤさんが空中にいる間に、シニスターウルフが背後から奇襲をかけてきた。盾役の、腕に木の盾を装備した冒険者が、それを受け止めるけど、敵は1匹ではない。別の固体が盾のいない側面からやってきて、探知スキルを持っている冒険者の足に、噛み付いた。
「ひゃあああぁぁぁ!」
叫び声とともに、獲物を捕らえたシニスターウルフは、猛然と走り去っていく。
そこへ、空から帰ってきたメイヤさんが、盾役の冒険者に襲い掛かっているシニスターウルフの頭上に直接振ってきて、刀で頭を刺した。刀は、頭を貫通。シニスターウルフは即死して、その場に突っ伏した。
「次が来ているぞ!」
メイヤさんが叫び、すぐに駆け出す。
側面から来ていたシニスターウルフの爪を受け止めて、冒険者を庇った。
「この、くらいやがれぇ!」
メイヤさんが抑えたシニスターウルフに、冒険者が剣で、渾身の一撃を放った。その剣は、シニスターウルフの右前足を直撃。血を滴らせたシニスターウルフは、たまらずに引き下がり、森の奥へと退散していく。
でも、後から後から、キリがない。次々と襲い掛かってくるシニスターウルフに、ボク達の人数はどんどん減っていく。冒険者達の体力も減って行き、これじゃあジリ貧になって、いつかは負けてしまうだろう。
とは言え、食べられてしまうのは冒険者だけだ。メイヤさんは、他の冒険者達を守っているから、思うように動けないだけで、守るべき者が減れば、自由に動けるようになる。そうなればあとは、襲い掛かる敵を殺すだけ。
一方でボクは、他の冒険者を守る義理なんてないので、ユウリちゃんとイリスに襲い掛かってきたヤツを、返り討ちにする事に徹する。今のところは、そんなヤツいないけど……。
そこへ、ユウリちゃんに狙いを定めたシニスターウルフがいた。ボクの目は、誤魔化せない。そのシニスターウルフは、ちょっと高めの木の根っこの上に佇んでいるヤツだ。一歩でも踏み込んできたら、殺してやる。
──グルルルルル……。
そう思ったとき、突然、シニスターウルフが引き下がっていった。
突然の事に、呆然とする冒険者達。
「我々の、勝利だ」
だが、メイヤさんのその宣言で、一気に意識が戻ってきた冒険者達は、勝利の雄叫びを上げた。
「「いよっしゃあぁぁあぁぁ!」」
ボクは、どさくさに紛れて抱きついてこようとした冒険者を殴り倒し、胸を撫で下ろしたユウリちゃんと身を寄せ合って、勝利を喜び合いました。




