真っ黒な勇者の剣
「──ウェスタトニス!」
叫んで魔法を発動させたのは、レンさんです。自らに炎を纏わせたレンさんは、怒りの表情を浮かべてアスラへ襲い掛かりました。
背には、炎の翼。手には炎剣を握ったレンさんに対し、アスラは微動だにしません。
「レンさん!」
ボクの呼びかけにも答えず、レンさんはアスラに炎の剣を向けました。しかしそれはアスラを守るように存在する白い壁に阻まれて、レンさんを弾き返しました。
まるで、レンさんの攻撃がそのままレンさんに返ってきたかのような衝撃で、レンさんは飛ばされてしまいます。
「っ……!」
でも、レンさんの背に生えた炎の翼のおかげで、体勢を整えてゆっくりと着地する事に成功しました。
「アスラアアアアァァァァ!」
レンさんに呼応するように、怒りに任せて叫ぶ魔王が立ち上がりました。未だに燃えているロガフィさんの闇の炎なんて、もう気にした様子がありません。
片腕のままアスラに向かって突進した魔王だけど、そちらもアスラを守る壁によって阻まれてしまいました。魔王も衝撃が自分に跳ね返って来て、レンさんと同じように吹っ飛んでいきます。こちらは壁に当たって壁を砕き、ようやく止まりました。
「外野は黙っていなさい。これは、私と勇者の賭けの話なんだから……。もう分かったわよね、勇者。私の力を授かったその魔王を倒しなさい」
「そ、そんなの……!」
出来る訳がない。ロガフィさんを傷つけるくらいなら、ボクの負けで良い。
「できないの?それなら私の勝ちという事になるけど……それじゃあつまらないわね。戦えるようにしてあげるわ」
アスラがそう言うと、地面に落ちていた魔王の勇者の剣が、ひとりでに動き出しました。巨大化した魔王の腕は姿を消して、そこから元のサイズの剣が現れると、こちらに向かって飛んできます。
ボクはロガフィさんを抱いたまま、片手で持った勇者の剣で向かってくる剣を受け止める体勢に入ります。でもそれは、突然ボクを力強く突き飛ばしたロガフィさんによって邪魔されました。
突き飛ばされたボクは、ロガフィさんから強制的に引きはがされます。直後に、勇者の剣がロガフィさんの手の中に納まりました。
「……やっぱり偽物じゃなくて本物が手にすると、迫力が違うわね」
ロガフィさんがその剣を手にした瞬間、勇者の剣は一瞬にして真っ黒に染まりました。更に、白かったロガフィさんの髪色までもが黒く染まり、その姿を変貌させます。折れてなくなっていた角も再生し始めると、大きく肥大化して立派な物となります。それとバランスを整えるように、もう片方の角も大きくなりました。
元のロガフィさんとは違い、禍々しい姿となってしまいました。
「な、何をしたの……!?」
「この子が恐れていた力を、解放させただけ。それにはやっぱり勇者の剣が必要だったけど、上手い具合に馴染んでくれたみたいで良かったわ。このままだとこの子は、この世界が終わるまで暴れるだけの化け物となる。それを止めたければ戦いなさい」
「……ロガフィさん。大丈夫だよ。その剣を捨てれば、きっと元に戻れる。だから──」
ロガフィさんに声をかけたボクに対して、ロガフィさんは剣で応えました。ボクに向かって剣を振りぬいて、同時に闇の斬撃が襲い掛かってきます。ドルチェットがボクに向かって放って来た物と似ているけど、威力が違う。違すぎる。
咄嗟に後ろに飛び退いて避ける事はできたけど、ロガフィさんは本気でボクを殺そうとしていた。
証拠に、ボクが直前まで立っていた場所に、不自然な切り傷が出来ています。それは、世界の空間が斬られた事によりできた裂け目で、裂け目の中は真っ暗な闇が広がっています。
世界そのものを切り裂いてしまうような剣の威力の持ち主は、初めて視ました。たぶんコレを食らったら、いくらボクでも無事では済みません。
生まれて初めてかもしれない。ボクは今、自分と同等か或いはそれ以上の力を前にしています。
「……」
近づかせてくれない。オマケにボクに向けられたロガフィさんの殺気に対して、構えずにはいられません。
「ネモ様!ロガフィさんと戦うつもりですか!?」
「ロガフィさんを今ここで止めないと、大変な事になる。ロガフィさんが力を解放しても、ボクが絶対に止めると約束したんだ。だからボクは、ロガフィさんを絶対に止めないといけないんだよ!」
「っ……!アスラ様!この事態を貴女が招いたと言うのなら、どうかロガフィさんを元に戻してください!彼女は本当に優しい方で、ネモ様と戦う必要などないお方です!」
止めるべきはボクでもロガフィさんでもなく、アスラだと判断したレンさんがそう訴えかけました。
「嫌よ。魔王は勇者と戦い、そして最後に残るのはどちらかだけ。勇者が勝てば、世界は平和に。魔王が勝てば、世界は終わる。貴女はその一部始終を特等席で見守る事のできる、運の良い人間よ。特別に、勝負がつくまで私が守ってあげるから安心して」
「……貴女は、この世界の創始者として存在する女神様です!その女神様が、この世界の者達を弄ぶような真似をして恥ずかしくないのですか!?」
「何も」
アスラは怒れるレンさんに対して、あまりにも呆気なく答えました。その答えを聞いたレンさんは、絶望します。
自分たちが信じていた、この世界で最も崇められるべき存在が、こんなだったんだ。ショックを受けるのも無理がありません。その性格の悪さはイリスを遥かに超えています。




